魔王を崇拝する教団 3
ワインで汚れたドレスを脱ぎ捨てたあの後、侵入者達にエリスを人質に取られた。
私だけならいくらでも切り抜ける術はあったけど、それをしたらエリスの命の保証は出来ない。だから私は、素直に連中に従う決断を下した。
――結果、私は馬車で連れ去られ、倉庫街にある古びた屋敷の一室に閉じ込められた。
私の魔術を警戒しているのか、ロープで縛られ、猿ぐつわをされている。いつもの服装なら暗器の一つも持っていたけれど、ドレスの下に来ていたキャミソール姿ではそれもない。
でも、それでも、私一人逃げ出すくらいならどうとでもなる。
だって、私の習得スキルはほとんどがレベル6だ。
そしてレベルが6あれば英雄にだってなれる。レベル10の魔王には遠く及ばないけれど、魔王を崇拝する教団のメンバーに後れを取るつもりはない。
だから、問題なのはエリスが人質に取られていること、なんだよね。
敵が隙を見せたらエリスを救出して逃げようと思っていたのに、敵はそれを警戒しているかのように、最後までエリスから目を離さなかった。
そうして屋敷に連れ込まれたいまも、別々の部屋で拘束されている。
いますぐにでもエリスを助けたい。
でも、一度でも失敗したら今以上に警戒される。チャンスは一度きりだと思った方がいい。だから焦燥感を抑え込み、エリスを助けられる機会をうかがっていた。
そしてほどなく、状況に動きがあった。
私を閉じ込めている部屋に、誘拐犯の仲間とおぼしき者達が姿を現したのだ。
やってきたのは二人だ。一人は教団の司祭らしき男性で、もう一人はフード付きのローブで顔を隠している。シルエットからしておそらくは女性だろう。
「いままで手を焼かせてくれたな」
司祭が声を掛けてくるけれど、猿ぐつわをされたままの私は喋れない。それに気付いたのか、司祭が私の猿ぐつわを外した。
「――エリスはどこ? 彼女は無事なの!?」
「エリス? あぁ、あの女なら、他の部屋に閉じ込めてある。そして、無事かどうかという質問だが……もちろん無事だ。聖女、おまえが大人しくしているあいだは、な」
「――っ」
思わず唇を噛んだ。
司祭は私が聖女であることを知っている。その上で、エリスが私の人質として有効なことまで知っていた。それはつまり、私の情報を漏らした人間がいる、ということだ。
……まさか、アルトさん?
違う……と思う。
だけど、アルトさんは魔王の名を継ぎし者――つまりは魔王だ。彼がこの件にかかわっていない可能性を否定する材料はなに一つとして存在しない。
「……どうして私が聖女だと知っているの?」
「なぜ? あの事件のときからそれは周知の事実だ。もっとも、知っているのは、俺を含めても数えるくらいしかいない。上層部の者だけだがな」
「……そう。なら目的は? 私を攫った目的はなんなの?」
「目的? そんなものは決まっているでしょう。魔王様を復活させることよ」
答えたのは、司祭の横にいたフード付きローブを目深く被った女性だ。彼女はその言葉と共にフードを脱いだ。その下から出てきた頭には小さな角があった。
――魔族だ。彼女の容姿は、伝え聞く魔族の特徴に一致している。つまり、魔族が魔王を復活させようとしている、ということになる。
普通なら、その事実に恐怖するか、あるいはたちの悪い冗談として信じようとしないだろう。だけど、私は……
「なにを笑っている? 魔王の復活と聞いて、恐怖で気でも触れたのかしら?」
魔族に指摘されて、私は自分の頬が緩んでいることに気が付いた。
でも……仕方ないよね。
彼らとアルトさんが無関係だって分かったんだから。
「魔族のくせに、魔王のことをなんにも知らないのね」
魔王の敵として、聖女を排除しようとするなら分かる。だけど魔王を復活させたいのなら、私ではなく、魔王であるアルトさんにコンタクトを取るべきだった。
なのにそうしなかった。
それはつまり、彼らがアルトさんの存在を知らない、ということに他ならない。
「魔族である私に向かって、魔王様のことを知らないと、そう言っているのかしら?」
「あら、そう聞こえませんでしたか?」
「ならば、貴女はなにを知っているというのかしら?」
「それ、は……」
今更ながらに口を滑らせたことを自覚する。
魔王を崇拝する教団がアルトさんのことを知らないのなら、そのまま隠すことで大きなアドバンテージを得ることが出来る。なのに、私はなにをやっているのよ。
「……なにか隠しているようね。痛い目に遭いたくなければ素直に話しなさい」
「お断りよ」
「そう。なら仕方ないわね。……せいぜい後悔しないことね」
魔族が司祭に意味深な視線を送った。それを受けた司祭が私に近付いてくる。
どうしよう? サーチの魔術で、エリスが捕まっているであろう場所はたぶん分かる。でも、この状況からエリスを助けて逃げられる?
……ダメ。私はそこまで自信家じゃない。
でも、このままじゃ……っ。
「くくっ、聖女の悲鳴は、さぞかし魔王様の糧になるでしょうな」
司祭の手が私の頬に触れた。
気持ち悪い。いますぐにも魔術で拘束を焼き払い、司祭の顔をぶん殴りたい。でも、そうしたらエリスがまた人質に取られるかもしれない。
私は、どうしたらいいの?
「……誰か、助けて」
そう呟いた瞬間、廊下へと繋がる扉が蹴破られた。
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