魔王を崇拝する教団 4

 リディア達を乗せた馬車は、町外れの倉庫街にある屋敷の敷地に入っていった。それを確認した俺は、後から来た騎士団に分かるように目印を付ける。

 そうして満を持して、二人を助けるために屋敷へと忍び込んだ。


 ここは魔王を崇拝する教団のアジトの一つなのだろう。信者らしき者達が何人も屋敷に詰めている。それを掻い潜り、まずはエリスを救い出した。

 見張りを昏倒させた俺は、エリスを抱えて二階の窓から飛び降りる。そうして少し離れた場所にまでエリスを抱えて運び、猿ぐつわと拘束を解いた。


「アルト様、リディアお嬢様を助けてください!」

「心配するな。もちろんそのつもりだ。……あぁ、それと、後から騎士団が来るはずだから伝言を頼む。中に魔王を崇拝する教団の連中がいる。俺がリディアを助けたら合図するから、突入して連中を捕まえてくれって」

「かしこまりました。どうか、お嬢様をよろしくお願いします」


 エリスに見送られ、俺はエリスを逃がした二階の窓から屋敷の中へ再潜入を果たした。サーチの魔術で見回りを回避して、リディアが捕らえられている部屋の前へと到着する。


 部屋にはリディア、それに誘拐犯の一味が二人いることを確認済みだ。出来れば、彼らが部屋から出た後にリディアを助けたい。

 そう思ってドアの隙間から部屋の中をうかがう。

 その瞬間にそれは起こった。

 誘拐犯の手がリディアの頬に触れた。それを目の当たりにした瞬間、俺は後先考えずに扉を蹴破っていた。リディアに手を伸ばしていた司祭が驚いて振り返る。

 その横で、ローブを纏った女が即座に警戒態勢を取った。

 ――って言うか、魔族!?


「な、何者だ!?」


 俺が魔族に驚いている一瞬の隙、祭慌がリディアを盾にするように俺から距離を取った。

 ……失敗した。各スキルレベルが10のリディアがどうにかなるはずがない。なのに俺は、司祭の手がリディアの頬に触れたという理由だけで貴重な機会をドブに捨てた。


 ――いや、落ち着け。

 リディアが大人しくしているのはエリスが人質に取られていると思っているからだ。エリスを解放したことを教えれば、リディアは敵を蹴散らすだろう。

 まずは司祭の気を逸らすところからだ。


「俺は彼女の護衛だ」

「護衛? 外にいた連中はどうした?」

「さあな。居眠りでもしてるんじゃないか? あぁそれと、エリスは助け出した」


 後半はリディアに伝えるために付け加えた。これで、リディアが遠慮する必要はなくなる。

 そう分かってはいた。

 分かってはいたんだけど……


「貴様のような護衛がいるのは計算外だ。だが……考えてみれば当然か。この娘は――」


 司祭がみなまでいうより早く、いきなりリディアが立ち上がった。

 彼女を拘束していたロープは焼き切れている。


「なっ、縄を焼き切っただと!? くっ、さすがはせ――」

「黙りなさいっ!」

「――ぐはっ!?」


 司祭は聖女と言いたかったのだろう。

 でも、それより早く、司祭の顔面にリディアのグーパンがめり込んだ。

 ……って言うか、グーパンって。エリスが人質じゃなくなったと知れば、リディアは動くとは思っていたけど……グーパンはさすがに予想外だ。


「ま、待て、小娘、それでも、せい――」

「黙ってって、言ってるでしょ――っ!」


 リディアが司祭をぶん投げた。

 どう見ても怨恨があるようにしか見えない。……っていうか、え? リディアって、ここまで魔王を崇拝する教団に恨みを抱いていたのか?


「……リ、リディア? 彼らに、なにかされたのか?」

「え? あ、その……これは、その。違うんだよ!」

「そう、か? その割には……その、なんというか、私怨っぽいけど。魔王を崇拝する教団に対する恨みじゃなければ、その……魔王を怨んでいるとか?」


 もしも魔王のこともそれくらい怨んでるなら、俺は今夜中に荷物を纏めて夜逃げする。なんて思っていたら、リディアは首を大きく横に振った。


「ま、まさかっ。魔王に私怨なんてありませんよ! ほんとです、絶対です!」

「……本当に?」


 ムキになって否定する辺りが逆に怪しい。


「はい、私は魔王に恨みなんてありません! いまのは……そう。司祭が、アルトさんに攻撃しようとしていたんです! だからそれを防いだだけなんです!」

「そう、なのか?」

「はい、そうに決まっています!」

「……そっか」


 リディアの習得スキルは10だ。6の俺が気付かなかっただけで、リディアは司祭の敵意に気付いたんだろう。……なんて、さすがに思うはずがない。

 けど、これ以上の追求は自分の首を絞めそうだから納得した振りをしておこう。


「リディア……その、助けてくれてありがとな」

「い、いえ、気にしないでください」


 リディアが小さくはにかんだ。司祭を殴ったときの返り血が頬に付いていなければ、その笑顔に惚れていたかもしれない。いや、違う意味でドキドキさせられたけどさ。


「……貴方達、私のことを忘れてないかしら?」


 魔族の女性が口を開いた。

 だけど、俺に視線を向けた直後に目を見張った。

 ……あ、これ、ヤバイやつだ。


「あ、貴方様はもしや、ま――」

「黙れ!」


 鳩尾にグーパンを叩き込んで魔族の口を封じる。


「かはっ!? な、なにをするのですか、まお――」

「黙れって言ってるだろ! この、魔王を崇拝する教団の手先めっ!」


 腹部に当て身を喰らわせて口を封じ、当て身の衝撃でくの字になった彼女の懐に飛び込んで投げ飛ばす。受け身を取ることも出来ず、魔族の女性は昏倒した。

 

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