魔王を崇拝する教団 5
……あ、危なかった。
俺が魔王なんてバラされたら、聖女のリディアに殺される。
リディアは否定したけど、さっきの行動は魔王を崇拝する教団に恨みがあるようにしかみえなかった。少しは仲良くなったと思うけど、あの恨みを上回れるほどとは思えない。
魔族が俺の正体をバラすまえに昏倒させられて本当によかった。
「あ、あの、アルトさんはもしや、魔王を崇拝する教団に恨みがあるのですか?」
「え? あ、いや、その、それのは……」
や、ヤバイ。ここはなんて答えるのが正解だ?
私怨で殴ったと思われるのは心証が悪い。でも、相手は魔王を崇拝する教団だ。聖女相手に、彼らを庇うのもまた心証が悪いかもしれない。
「……もしかして、聖女にも恨みがあったり?」
「はっ!? な、なぜそんな話に?」
「あ、いえ、いまのはちがくて、思わずというか……その、わ、忘れてください!」
「わ、分かりました」
――と口では納得をしたフリをするけれど、納得なんて出来るはずがない。リディアは思わずと言ったけど、それには思わず口にしてしまうような理由があるはずだから。
だけど、リディアは俺が魔王であると知らない。だから、魔王である俺に、聖女をどう思っているかこのどさくさで聞いた、なんてことはあり得ない。
――つまり俺の行動を見て、聖女に恨みを抱いているかもと思った、ということになる。どうしてそう思ったかは分からないけれど、このままだとよくないことだけはたしかだ。
なにか理由、リディアを納得させられるだけの理由が必要だ。
「その……この魔族がリディアを攫ったと思うと、つい」
「それはつまり、私のために怒った……ということですか?」
聞き返されると恥ずかしい。
でも、完全な嘘という訳でもない。最初に部屋に飛び込んだのは、リディアが司祭に触れられているのを見てかっとなったからだった。
だから――
「まあ、その……そういうことになる、かな?」
「そう、ですか。その……ありがとうございます」
どうやら納得してもらえたようだ。
ひとまず、一難は去った。だけど、まだ俺の正体を知っている魔族が残っている。こいつが捕まると、俺が魔王であるとリディアにバレてしまう。ゆえに、理想は口封じに消してしまうことだ。リディアを攫い、俺を破滅に追い込むような魔族に手加減をする必要はない。
だけど、リディアが見ている状態で、無抵抗の相手を殺すのは難しい。
さっき始末しておくべきだった。だけどいまになって悔やんでも遅い。これからどうするべきかと考えていると、リディアが俺の腕の中に飛び込んできた。
「アルトさん、助けてくれてありがとうごいざいます」
「え? あぁ、どういたしまして。でも、いきなり、どうし――」
みなまで言い終えるより早く、倒れていたはずの司祭が飛び起きて入り口から逃げていった。それに驚いた瞬間、魔族までもが飛び起きた。しかも、魔族はまっすぐ窓に向かって駈け出した。とっさに追い掛けようとするが、リディアに抱きつかれている俺は動けない。
リディアを振りほどいてでも追い掛けるべきか? ――と、逡巡した一瞬の隙、魔族はあっという間に窓から外へと逃げてしまった。
「……ああっと……リディア?」
「あ、その、ごめんなさい。タイミングが悪かったですよね?」
「いや、まぁ……そうだな」
タイミングとかいう問題だろうか? まるで、リディアが司祭や魔族を逃がそうとしたかのようだけど……あの怨みっぷりを考えるにそれはあり得ない。
やはりタイミングが悪かっただけだろう。
でも……考えようによっては最悪を免れたとも言える。あいつが他の魔族に俺の正体をばらす危険はあるけれど、あの場で俺の正体をリディアにばらされるよりはマシだ。
ひとまず、俺は窓から見を乗り出して合図を送る。
「アルトさん、なにをしているんですか?」
「ああ、リディアには言ってなかったな。そろそろ、外にホーリーローズ伯爵家の騎士団が来てるはずなんだ。だから、たぶん――ああ、突入してきたな」
俺の合図を受けて、騎士団が屋敷に突入を開始した。
「え、じゃあ、この屋敷は包囲されているんですか!?」
「ああ。だから、魔族はともかく、司祭は捕まえられるんじゃないかな?」
「そんな、困ります!」
リディアが思わずといった感じで声を上げた。
っていうか……
「困るって?」
「え、あ、いや、その……そう! 『捕まえられるかも』じゃ困るっていう意味です! いますぐ見つけ出して殺――いえ、捕まえましょう! 私は探しに行きますね!」
「え? あ、ちょ、リディア!?」
呆気にとられているあいだに、リディアは部屋から飛び出していった。
……まあ、リディアのスキルレベルを考えれば、魔王を崇拝する教団の信者程度にやられることはないと思うけど……そんなに、魔王を崇拝する司祭に恨みがあるのか?
……当分、自分の正体は明かせそうにないな。
そんなことを考えながらリディアの後を追った。
それからほどなく、屋敷に騎士団が雪崩れ込んで来る。魔王を崇拝する教団の信者達も抵抗するが騎士団は強く、あっという間に制圧してしまった。
だけど、そうして捕らえられた者達の中に、司祭と魔族の姿はなかった。もっとも、窓から逃げた魔族の姿がないのは無理もない。だけど、司祭の姿がなかったのは意外だった。
リディアがゼルカの報告に疑念を抱く。
「ゼルカ、本当に司祭は見つからないのですか?」
「申し訳ありません、リディアお嬢様。どうやら、非常用の隠し通路から逃げてしまったようです。いまその通路をたどらせていますが、捕まえられるかは……」
「そうでしたか。逃げてしまったのなら仕方ありません」
仕方ないと言いつつ、その顔に浮かんでいるのは笑顔。でも、状況を考えれば喜んでいるはずがない。ということは、あれは作り笑いだろう。
……マジで、あの司祭は一体リディアになにをしたんだ?
もしかして、頬を触る以外にも不埒なことをしたのか? サーチの魔術で確認した限り、そんな機会はなかったはずだけど、もしかしたら言葉によるセクハラがあったのかもしれない。
そう考えるとふつふつと怒りがわいてきた。
「……リディア、なんなら俺が探そうか?」
「ふえっ!?」
「俺ならサーチの魔術で司祭を探せるかもしれない。だから、生きたままリディアのまえに引きずり出して、色々と尋問を――」
「ひ、必要ありません!」
「でも……」
魔王を崇拝する教団への恨みは魔王を崇拝する教団へ。司祭への恨みは司祭へ返して欲しい。その恨みを募らせて、魔王に向けることがないように――と。
「お願いだから止めてください。いえ、その、今日は私の側にいてください」
「……分かった」
失敗した。いくらリディアが聖女で、チート級のスペックの持ち主だったとしても、彼女の中身が心優しい女の子であることには変わりない。
エリスを人質に取られ、自分もまた危機に瀕し、心が傷付かないはずがない。
もう少しリディアを気遣うべきだった。
「気付かなくてごめんな。もう大丈夫だから」
「司祭のことを諦めてくれるんですね!」
「……ん?」
「あ、いえ、側にいてくれるんですね。ありがとうございます!」
――とまあそんな訳で、リディアが攫われたこの一件はひとまず幕を閉じた。
だけど、潰したのは魔王を崇拝する教団が所有するアジトの一つ。司祭や魔族には逃げられているし、捕らえられたのは大半が末端の連中だ。
メインストーリーは終わっていない。
むしろ始まったばかりだ。
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