魔王を崇拝する教団 10
アルトさんにとって、気になる女の子は私だけだから妬かなくていい――という意味だと思って照れていたら、ヴィオラが好意を抱いているのは私――という話だった。
正直、女心を弄ぶアルトさんは死ねばいいと思う。
いや、殺そうとしても死なない相手だってのは分かってるけどね。
というかさ? 私の理想を体現した男の人が、私の女心を弄ぶとか、それはもう犯罪だと思うんだよね。そう思って恨みがましい目を向けていたら平謝りされた。
きっと、アルトさんは私がどうして起こっているかも分かっていない。アルトさんにぜんぜんその気がないと分かって虚しくなる。
「……それで、重要な話って、なに?」
「あぁそうだった。エリザベスさんから聞いたんだけど、捜索していたアジトで、司祭や魔族の姿を確認したらしい」
「……え?」
びっくりした。
尋問で連中が使っているアジトの一つを聞き出した、という話はお母様から聞いていた。でも、捕虜から情報が漏れることは、司祭だって承知しているはずだ。
なのに、逃げずにそのアジトにいるなんて、なにを考えているんだろう?
「もしかして、罠じゃないかな?」
「その可能性は高いと思う。とはいえ、教団の連中がそのアジトにいるのもまた事実だ」
「そっか、そうだよね」
そうなると、放置は出来ない。
と言うか、ホーリーローズ伯爵領の、それも領都の近くにアジトがあるのを見過ごせるはずがない。お母様なら、すぐにでも騎士団を派遣するだろう。
「……あ、ヴィオラの件で私に話って、もしかして?」
「ああ。リディアとパジャマパーティーをしたらどうかって勧めたんだ。それで、リディアの部屋に結界を張っておけば、万が一にも安心だろ?」
「……そうだね」
前回のように、大切な人を人質に取られる――なんて失態を繰り返す訳にはいかない。そういう意味では、一ヵ所に集まって結界で守ってもらうというのは正解だ。
だけど……私、あの司祭や魔族がアルトさんの前に引きずり出されるのは、なんとしても防がなくちゃならないんだよね。
司祭は言わずもがな、私の正体を知っているからだ。アルトさんの前で、私の正体を暴露されたら困る。と言うか、私がアルトさんに殺されるまであり得る。
もっとも、そうはならないかも? とは思い始めている。
いまのアルトさんは思ったより魔王っぽくない。というか、ヴィオラと私の仲を取り持ったり、攫われた私を助けに来てくれたりと、かなりのお人好しだ。
そして、あの魔族が言っていた、私を殺して魔王を復活させる――という話。
アルトさんの持つ称号は、魔王の名を継ぎし者だった。それは、キャラメイクをしたときに確認している。能力を上げる過程で、魔王の後継者からランクアップしたのだ。
でも、アルトさんの性格はどう見ても魔王っぽくない。つまり、心という面で、アルトさんはまだ魔王として覚醒していない、という可能性がある。
ついでに言えば、あの魔族、アルトさんが魔王だって気付いたみたいだしね。このままアルトさんと魔族を引き合わせたら、アルトさんが魔王として覚醒してしまうかもしれない。
それを防ぐためには、私がこっそりあの魔族や司祭を始末するしかない……よね。
でも、ヴィオラと一緒にいたら、屋敷を抜け出せない。どうしようかな……と、私は屋敷から抜け出す算段を立てつつ、ひとまずアルトさんの申し出を了承した。
その後、私はエリスに準備をお願いして、ヴィオラをパジャマパーティーに招いた。そうして世話係という名目でエリスを同席させた。またエリスが狙われたら困るからね。でも、アルトさんが結界を張ってくれたので、この部屋にいる限りは安全だ。
そうして三人でパジャマパーティーを始める。
「という訳で、リディア様に本心を告げられたのはアルトさんのおかげなんです!」
お酒は出していないのだけど、ヴィオラはもう何度目かも分からない話を繰り返している。
内容は少しずつ変わっているけれど、本当は私に憧れていた。でも素直になれなくて悪口を言ってしまっていた。なのに、アルトさんのアドバイスで素直になれた――というものだ。
私への憧れは嘘じゃないと思う。
でも、いまはそれと同じかそれ以上にアルトさんに憧れているのは一目瞭然だ。なのに、アルトさんはまったく気が付いていないんだよね。手作りクッキーの試食だって、アルトさんである必要はないって……分かりそうなものなのにね。
まあ……鈍感だから、私があれだけ攻めても落ちないんだと思うけど。……いや、ちょっと待って。まさか、私が好みのタイプじゃないから、とかじゃないよね?
ちょっと心配になってきた。
「リディア様、聞いていますか?」
「聞いているわよ」
そう言いながら時刻を確認する。そろそろ頃合いだろう。
そう思った私は、魔術を使ってヴィオラとエリスを眠らせた。
「……これでよしっと」
二人をベッドの上に運ぶ。二人は揃って穏やかな寝息を立てている。これで、この部屋で騒がない限り、朝まで目を覚ますことはないだろう。
それを確認した私はパジャマを脱ぎ捨て、黒を基調とした動きやすい服に着替える。目的はアジトに忍び込んで、魔族と司祭の口を封じることだ。
……正直、不安がないといえば嘘になる。
聖女である私は、魔族に特化した能力を持っている。反面、人間に対しては攻撃力に乏しい。防御面では問題ないけれど、大規模な戦闘になれば不利になる。
見つからないように忍び込んで、司祭と魔族を始末する……出来るかな?
分からない。けどやらなくちゃいけない。最悪なのは、アルトさんが魔王に覚醒し、性格が変わってしまうこと。それだけは……絶対に阻止しなくちゃいけない。
だから――と、私は部屋の窓を開け放ち、その身を虚空に躍らせた。
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