魔王を崇拝する教団 9
ひとまず、俺がリディアの正体を知っている事実を、リディアに知られるという最悪の事態は避けられた。だけど、エリザベスさんの話はそれで終わりではなかった。
あの後、逃げた司祭と魔族の手掛かりを摑んだ――と聞かされたのだ。
「……魔族の行方が分かったのですか?」
「ええ。捕虜を取り調べた結果、東にある森の中にもう一つアジトがあることが分かったので先遣隊を出したのですが、二人の姿を確認した。という情報が入りました」
「それは……怪しいですね」
捕虜が知っているアジトなら、相手も襲撃を警戒しているはずだ。一介の信者ならともかく、司祭や魔族がそんな危険なアジトに留まるのは不自然だ。
「アルトさんの仰るとおり、罠という可能性は高いと踏んでいます。ですが……」
「アジトが実際にある以上、行かないという選択はないでしょうね」
「ええ。夜明け前に、騎士団を差し向ける予定です」
当然の結論だ。
罠だとしても、教団の力を削ぐチャンスを見逃す理由はない。
それに、俺個人としても見過ごせない。魔族が騎士団に捕まり、俺の正体をリディアのまえで口にする、なんて事態は絶対に阻止しなくてはいけない。
だから――
「分かりました。俺も参加します」
「いいえ、貴方は留守番よ」
参戦を拒絶されると思っていなくて困惑してしまう。
「ど、どうしてですか?」
「さっき言ったでしょう。狙われているのは娘だと。貴方には娘の護衛をお願いしたいの」
「……あぁ、なるほど」
と言うか、最大戦力のリディアを留守番させるつもりなんだ。もしかして、聖女であることは知っていても、世界最強クラスの力を持っていることまでは知らない、とか?
……さすがにそんなこと、ないと思うんだけどな。
でも、リディアが留守番なのは事実だ。
……困ったな。騎士団が敗北したら、リディアが魔王に恨みを抱くだろう。だけど、魔族が捕まったら、俺が魔王であるとバレてしまう。
でも最悪なのは、騎士団に被害を出しながらも魔族を捕らえることだ。その場合、リディアが魔王に強い恨みを抱いた直後、俺が魔王であると知られることになる。
そんなことになったら確実に殺される。
……騎士団に任せる訳にはいかないな。
ひとまずこの場は指示に従う振りをして、騎士団を出し抜く方法を考えよう。
エリザベスさんのもとを離れた俺は、まずはヴィオラを訪ねた。
幸いなことに、彼女はまだ屋敷に滞在している。
「あら、アルトさん。さきほどはありがとうございました。おかげさまで、リディア様に対し、素直な気持ちを打ち明けることが出来ました」
「それはヴィオラががんばったからだ。それより、もう一歩踏み込んでみないか?」
「もう一歩、ですか?」
「ああ。出立するのは明日なんだろう? なら、せっかくの機会だ。リディアにパジャマパーティーでも申し込んでみたらどうだ?」
「パジャマパーティー、ですか?」
小首をかしげるヴィオラはパジャマパーティーを知らないらしい。まぁそうか、貴族が知る訳ないよな。という訳で、俺はパジャマパーティーがなにかをざっと説明した。
「なるほど、パジャマで夜更けまでおしゃべりですか、いいですね! さっそくリディア様に申し込んでみます。アルトさんも参加なさいますか?」
「え、俺?」
「はい。リディア様と仲直りさせていただいたお礼と、あのとき平民と見下してしまったお詫びです。それに、リディア様のパートナーを務めるほど仲がいいのでしょう?」
反射的にパジャマ姿のリディアを思い浮かべてしまう。
……ヤバイ、意識を持っていかれそうになった。
「アルトさん?」
「あぁいや、遠慮しとくよ。ご令嬢達のパジャマパーティーに、男の俺が混ざる訳にはいかないからな。それに、今夜は少し所用があってな」
「そういえば、さきほどから慌ただしいですね。……なにかあったのですか?」
ヴィオラが声をひそめる。リディアが攫われたことは一般には伏せられている。けど、現場を目撃したヴィオラはその事実を知っている。不審に思うのは当然だろう。
「ここだけの話だけど、リディアを攫った連中の残党が見つかったんだ」
「まあそうでしたの? では、騎士団は?」
「ああ。想像の通りだ」
「それでは、リディア様の安全のために、側にいればいいんですね?」
俺の提案をそう解釈したらしい。でもそれはちょっと違う。
「屋敷の警備は強化してあるし、リディアの部屋には結界を張る予定だ。だから、心配はいらない。純粋にリディアとおしゃべりを楽しんでくれ」
俺の本当の目的は、リディアを部屋に足止めして、俺が屋敷を抜け出してもバレないようにすることだから――とはもちろん口に出さない。
「分かりました。では、リディア様に伝言は――」
「俺が引き受けるよ」
「分かりました。お願いいたします」
という訳で、ヴィオラと別れた俺はその足でリディアの部屋を訪ねた。
扉をノックするとエリスが扉を開けてくれた。
「アルト様、このような時間にどうなさいましたか?」
「少しリディアに話があるんだ」
「――かまわないから入ってもらって」
俺達のやりとりが聞こえていたのか、部屋の中からリディアが答えた。
「しかしリディア様、そのような恰好で」
「なんのために買ったと――いえ、なんでもないわ。とにかく大丈夫だから」
「……かしこまりました」
どこか諦観したようすのエリスが、どうぞと部屋に招き入れてくれる。そこには、ベッドサイドに腰掛けたリディアの姿があった。
しかも――リディアは薄手のネグリジェを身に着けていた。
うっすらとだが、手足やお腹の辺りが透けている。というか、柔らかい生地のせいで、彼女の身体のラインが浮かび上がっている。なんというか……すごい破壊力だった。
「……アルトさん?」
「え、あぁ、似合ってるよ」
「ふえっ!? あ、その……ありがとう。それで、アルトさんはこんな時間にどうしたの? 私はかまわないけど、他の人に見られたら誤解されちゃうわよ?」
「え? ああ……そうだった。実はヴィオラからの伝言で」
なぜか急に寒気がした。
なんだ、風邪でも引いたのかな?
「――へぇ、つまりアルトさんは、さっきまでヴィオラと一緒だった、ということかしら? こんな時間に? 二人っきりで?」
あ、あれ? なんかリディアが怖い。なんか地雷踏んだ? まるでヴィオラと二人っきりだったことに嫉妬してるみたいな反応だけど……いや、そんなはずはないか。
いや、でも、手作りクッキーのときもおかしかったし……そうか、ヴィオラに嫉妬してるんじゃなくて、ヴィオラをとられるかもって、俺に嫉妬してるのか。
まあそうだよな。リディア様が好き! とか言った側から、ヴィオラが俺に手作りクッキーを作ったり、夜におしゃべりしてたとか聞いたら嫉妬するのも無理はない。
ライトな百合、尊い。
「大丈夫。リディアが心配することなんてなに一つないぞ」
「えっ、それって……っ」
ヴィオラが好きなのはリディアだ――という意味を込めて頷く。
とたん、リディアの頬がほのかに赤く染まった。
「そ、そうなんだ。……どれだけ押しても手応えがないと思ってたけど、以外と効果があったのかな? ふふ、そう考えると少し嬉しい、かも」
「押す? 向こうがツンツンしてただけの話だろ?」
「……え、なんの話?」
「だから、ヴィオラはリディアが好きって話だけど?」
俺がそういった瞬間、リディアの表情がすん――と抜け落ちる。
「……アルトさんさ。将来、私に刺される未来とか想像したこと……ある?」
「どういう意味だ!?」
え、怖っ!? まさか、俺が魔王の後継者だってバレた!?
い、いやいやいや、おかしいだろ。俺はヴィオラがリディアに好意を抱いているって話をしてただけだぞ? なのになんで、いきなりそんな話になってるんだ!?
というか、刺される未来を想像したことがあるか、だって?
そんなの、ありまくるに決まってるだろ!?
「ま、待て、落ち着いて話し合おう」
「うん、私はとても落ち着いてるよ?」
「なら、笑顔で握りこぶしを作るのは止めてくれ!」
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