魔王を崇拝する教団 8

 リディアともっと仲良くなりたい――と、ヴィオラに相談された俺は、自分でクッキーを焼いてみたらどうかと、ヴィオラに進言した。

 クッキーは比較的簡単に作れるお菓子であり、なおかつリディアが好んで食べているからだ。それを教えてやると、ヴィオラはすぐに厨房を借りてクッキーを作った。

 ついでに、リディアの好みを知るであろう俺に味見をお願いしてきた。そうして俺から合格をもぎ取ったヴィオラは、リディアにクッキーをプレゼントした。


 それをリディアが受け取るまでは予想通り。

 だけど、リディアまでもが、お返しに手作りクッキーを作るのは予想外だった。


 ついでに言えば、リディアも試食係に俺を指名したのも予想外だ。一瞬、本当に一瞬だけ、試食を口実に俺に手作りクッキーをプレゼントしてくれたのかな? なんて思った。

 だって、ゲームとかラノベじゃ、王道の展開だからな。


 ……なんて、俺みたいに前世の記憶がある訳じゃないし、リディアがそんなことをするはずもないか。たぶん、ヴィオラのクッキーを試食した俺の意見が欲しかったのだろう。


 もっとも、これは俺の推測だ。

 実は俺にクッキーを焼く口実という可能性も零じゃない。けれど……その場合はなんの問題もない。俺の目的は、俺を殺せなくなるほど、リディアを俺に惚れさせることだから。

 多少の好意程度ではどうにもならない状況だ。


 だから、俺の正体がばれるまえに、そして出来れば、俺がリディアの正体を知っていると、リディアにバレるまえに、いまよりも強い絆を結ぶ必要がある。

 そう思っていたから――


「アルトさん、実のところ、娘は聖女なのです」

「な――っ!?」


 俺はエリザベスさんの告白に咳き込んだ。


 ここはエリザベスさんの執務室。手作りクッキーの騒動があった日の夕方、エリザベスさんに呼び出された俺が顔を出すと、開口一番にそんなことを言われたのだ。


「驚くのは無理もありません。ですが、娘が聖女としての素質を持っているのは事実です。だからこそ、あの子は魔王を崇拝する教団に狙われているのです」


 繰り返されたエリザベスさんの言葉に、俺は心の中で待ってくれと悲鳴を上げる。

 俺が魔王の後継者であるという、絶対に隠しておきたい事実がバレた訳じゃない。だけど、その次に隠しておきたいことと言えば、俺がリディアが聖女だと知る事実だ。


 最悪、俺が魔王であることを隠し、聖女に取り入ろうとした――と思われかねない。少なくとも、いつか俺の正体がばれることを考えれば、知っているとバレてはいけない事実だった。

 なのに、エリザベスさんから教えられてしまった。

 これはむちゃくちゃピンチなのでは?


「……あの、リディアはそのことを隠しているのではありませんか?」

「ええ、その通りです。特にアルトさんには知られたくないと思っているようです。おそらく、貴方を危険な運命に巻き込みたくないと思っているのでしょう」


 リディアなら考えそうなことだ。そして、そのおかげで俺はリディアの正体を知らないフリを続けられた。それなのに――と、エリザベスさんに視線を向ける。


「どうして俺にその事実を話したのですか?」

「貴方には悪いと思っているわ。でも、今回の一件で再びあの子が攫われた。だからなりふり構っていられないのよ。あの子を護って欲しくて、この秘密を打ち明けました」

「……それは」


 分からなくはない。リディアを護ることを考えれば、事情を知っている方がいいだろう。でも、俺はリディアが聖女であると知ったことで行動が制限されてしまう。

 リディアの正体を知りながら、己の正体を隠して側に居続けた。一体なにを企んでいたのか――と、そんな疑いを持たれないために出来ることは限られている。

 たとえば、リディアのもとを離れる――とか。


 もちろん、それがよくない結果を招くことは分かっている。でも、魔王の俺が、リディアが聖女であると知りならが側に居続けた。そんな事実が後になって発覚するよりはマシなはず。

 だから――


「あぁ、言い忘れていましたが、もちろん私があの子の正体を明かしたことはここだけの秘密にしておいてください。それがあの子の望みですから」

「――分かりました。俺は貴方からなにも聞いていません」


 光の速さで応じる。と言うか……九死に一生を得た。これなら、俺がリディアの正体に気付いていると、リディアに知られることはない。

 ある意味で現状維持と言える。


「ええっと……そのように安請け合いしていいのですか? 教えておいてなんですが、あの子が聖女であると言うのは、とても重い事実です。その事実を知りながら、あの子にも知らないフリを続けるのは、とても苦しいことだと思うのですが……」

「問題ありません」


 もとからそんな状況だから――とはもちろん口に出さない。


「覚悟は出来ている、と?」

「はい。いつか彼女が自分で話してくれたとしても、既に知っていたと打ち明けることはありません。ですから、エリザベスさんもそうしてください」

「……分かりました。貴方の言うようにいたしましょう」


 ――しゃあっ! これで、俺がリディアの正体を既に知っていた――という事実は闇に葬ることが出来る。首の皮一枚で繋がった!


「アルトさん。これからも娘の護衛をしてくださいますか?」

「もちろんです。魔王を崇拝する教団にはこれ以上、リディアに指一本触れさせません」


 そうして、俺の死亡フラグを絶対に叩き折ってやる。

 

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