魔王を崇拝する教団 7
あのヴィオラが、会うたびに私に突っ掛かっていたヴィオラが頭を下げた。
それはたしかに衝撃だった。でもそれよりも、続けられた言葉『ヴィオラが素直になったのはアルトさんのおかげ』という話の方が衝撃だった。
というか、私が知っている限り、二人の関係は最悪だったはずだ。
なにしろ、ヴィオラはアルトさんを平民だと見下して、事故とはいえワインまで浴びせるところだった。半ば本気で、ヴィオラが暗殺されたらどうしようと心配してたくらいだ。
なのに……私はなにを見せられているの?
いまも、ヴィオラはアルトさんのおかげで勇気を出せませた! みたいな顔をして、アルトさんはアルトさんで、よくがんばったな。みたいな顔をしている。
え、もしかして本当に一目惚れ?
そ、それはダメよ!
あ、いえ、その……嫉妬じゃなくて。
これは……そう、私の命を守るため。アルトさんには、私に惚れてもらわないといけない。なのに、ヴィオラとアルトさんがくっついたりしたら困る、という意味だ。だから決して、助けに来てくれたアルトさんが格好よかったとか、そういうのとは関係ないのよ!
って、誰に言い訳してるのよ私は。
これじゃまるで、私がアルトさんに惚れてる見たいじゃない。
違うからね。そもそも、私の目的は、アルトさんを私に惚れさせ、惚れた弱みで死亡フラグを叩き折ることだ。命が懸かっているのに先に惚れるとかあり得ない。
……と、少し落ち着こう。
ええと、まずは……そう。ヴィオラを許さなきゃ。
「と、取り敢えず、貴方の謝罪は受け入れます。いままでの言動が愛情の裏返しというのは、にわかには信じがたいことでありますが、それはこれからの貴方を見せていただきます」
だから、これからは、アルトさんに相談しないでくださいね――と、心の中で念じる。
なのに、彼女は「ありがとうございます」と私に笑顔を向けた後、「アルトさんのおかげです!」と彼の手を握った――って、どうしてそこで手を握る必要があるのよ! しかも、正面から近付くなんて、さてはパーソナルスペースを意識してるわね!
……そう、分かったわ。これは私をダシにアルトさんと仲良くなる作戦ね。
アルトさんは騙せても、私は騙されないわよ!
私が攫われた事実は箝口令が敷かれ、表向きはなにごともなく平和な日々が進む。こうして、私が誘拐された事件はひとまず閉幕となった。
とはいえ、すべてが終わった訳じゃない。教団が再び私を攫おうとする危険はあるし、またエリスや家族が人質に取られるかもしれない。
だけど一番危険なのはアルトさんのことだ。
魔王を崇拝する教団は、私を生贄にすることで魔王を復活させるといった。
でも、私がキャラメイクで様々な能力を好き勝手に上げた結果、アルトさんの称号は『魔王の名を継ぎし者』となっていた。であれば、すでに魔王は復活していることになる。
だから、彼らの言い分は的外れだ――と、あのときは思った。
だけどよくよく考えると、いまのアルトさんはちっとも魔王らしくない。正体を隠していることを加味してもお人好しがすぎる。いまの彼を魔王とは呼べない。
でもそれが、魔王としての意識が覚醒していないからと考えれば辻褄があう。
つまり、アルトさんに惚れた弱みを作るだけじゃ弱い。私が生き延びるには、アルトさんの魂だけでなく、その心までもが魔王に変わることを阻止する必要がある。
そのためにも、魔王を崇拝する教団は潰すべきだ。もともと、私の正体を知る者達でもあるし、世界を混沌に陥れようとする悪の組織でもある。
だから、まずは魔王を崇拝する教団について調べる必要がある。
そう思った私は、午後からエリスを伴って資料室へと向かう――道の途中、中庭でお茶とお菓子をまえにおしゃべりしているアルトさんとヴィオラを見つけた。
「……エリス、どうしてヴィオラがまだここにいるのかしら? 今朝の一件のあと、帰ったんじゃなかったの?」
「なんでも、昨日の一件で馬車を壊されたそうで。代わりの馬車を手配するあいだ、この屋敷に滞在させて欲しいと、エリザベス様にお願いしたそうですよ」
「……それは、口実ね」
考えるまでもない。
彼女は子爵の中でも裕福な家の娘だ。馬車の一台や二台、すぐに替えを用意することが出来る。それなのにそうしていないのは、この屋敷に留まるために違いない。
「まぁ……そうでしょうね。彼女はずっと昔から、リディアお嬢様に不器用な好意を向けていましたから。……なんて、言うまでもないでしょうが」
エリスはこう言っているが、私の耳には「私の作ったクッキー、どうですか?」なんて、アルトさんに感想を求めるヴィオラの声が聞こえてくる。
ヴィオラの目当てがアルトさんであることは明白だ。
「エリス、貴方……意外と恋の機微に鈍感なのね」
「リディアお嬢様にだけは言われたくないセリフですね」
「はあ? 私のどこが鈍感だって言うのよ?」
「どこもなにも……」
エリスが答えようとするのとほぼ同時、私に気付いたヴィオラが飛んできた。彼女の手には、ラッピングされた小さな包みが収められている。
「リディア様、お詫びの印にクッキーを焼いてみたいんです。アルトさんにも味見をしていただいたので、味は大丈夫だと思います。ぜひ、食べてください!」
私に向かって捲し立てる。ヴィオラの頬がちょっぴり赤い。……なるほど、アルトさんに迫っているところをみられて焦っているのね。
私に渡すお礼のクッキーの味見を口実に、アルトさんにクッキーを食べてもらう。上手い手ではあると思うけど、あいにくそういうのがゲームやラノベでは定番なのよ。
アルトさんやエリスは騙せても、私は騙せないわよ!
――と い う 訳 で、ヴィオラからクッキーを受け取った私はお礼を言って立ち去り、行き先を資料室から厨房へと変更した。
目的はもちろん、手作りクッキーを作るためである。
……え、どうしてそうなるのかって?
それはもちろん、ヴィオラにお礼のクッキーを渡すためよ。別に、ヴィオラの小賢しい手を真似して、味見を口実にアルトさんに手作りクッキーを渡すのが目的じゃないからね!
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