魔王と聖女は生き残りたい 2
ヤバイ、凄くヤバイ!
目の前にいるのは間違いなく、俺がキャラメイキングしたチートスペックの聖女様だ。外見は俺が設定したとおり可愛いけれど、問題は中身の方だ。
というか、俺が魔王の後継者であることがバレたら速攻で殺されてしまう。
ど、どどどど、どうしよう!? 戦う? いや、あのトンデモスペックの大聖女様とまともに戦って勝てるはずがない。だとしたら、いますぐ逃げるしか方法が――
「――コホン」
不意に響いたのは、彼女の後に続いて降りてきた若いメイドの咳払いだった
それを聞いてハッと我に返る。
そうだ。
俺は彼女が聖女だと知っているけど、彼女は俺が魔王の後継者だと知らないはずだ。ここで怪しい行動を取るのは下策だ。正体を隠し、なんとか無難にやり過ごそう。
俺がそう決断するのとほぼ同時、女の子が口を開いた。
「た、助けてくださってありがとうございます」
「い、いえ、俺は当たり前のことをしただけなので、貴女が感謝する必要はありません」
「そ、そうですか。このご恩は一生忘れません。では、そういうことで」
女の子はそう言って踵を返す。
な、なんだ? えらく素っ気ないけど、ただお礼を言いたかっただけか? いや、これで切り抜けられるし、よかったと思うべきだ。
そう安堵した直後、若いメイドが女の子の腕を摑んだ。
「いやいやいや、リディアお嬢様、なにを仰っているんですか! 命の危機を救ってくださった方にお礼の言葉だけで済まそうとするなんて、お母様に叱られますよ!」
「そ、それは……そうなんだけど、ね?」
女の子はリディアと言うらしい。俺が設定した名前と同じだ。やっぱりこの子、俺がキャラメイキングした聖女様に間違いない。
正体がばれるまえに逃げよう。
「ええっと、俺のことならお構いなく」
「いえ、そういう訳にはまいりません」
逃げようとする俺に、メイドはきっぱりと言い放った。とても若い――おそらくは二十代前半だろう。なのに、言い知れぬ迫力がある。
「貴方のおかげで、お嬢様だけでなく、重傷を負った騎士も助かりそうです。このまま帰しては主に顔向けできません。どうか、私が仕えるホーリーローズ伯爵家にお越し下さい」
「うぐ……」
深々と頭を下げられてしまった。
しかも、彼女はその頭を下げたままだ。これは、俺がハイと言うまであげそうにない。どうすればいいんだと、視線を彷徨わせた俺は、リディアと目があった。
「その、さきほどは失礼いたしました。ぜひ、我が家でおもてなしさせて下さい」
なんか、そう申し出たリディアの顔が引き攣っている気がする。というか、いまにして思えば、リディアも最初から様子がおかしかったよな。
……まさか、俺の正体に気付いている?
い、いや、バレるような行動は取っていないはずだ。
それとも、魔王の後継者っぽいオーラが出てたりするのか? ……少なくとも、俺はリディアから聖女っぽいオーラを感じたりはしないけど……
レベル差を考えれば、ないとは言い切れないな。
でも、怪しまれているだけなら大丈夫。
ここで下手に逃げて『恩人に恩を返さぬなど貴族の名折れ。彼の素性を調べて探し出しなさい!』みたいなことになったら目も当てられない。
ここは素直に従うべきだろう。
大丈夫、堂々としていれば大丈夫――な、はず!
「分かりました。じゃあ……その、お言葉に甘えます」
こうして、俺はリディアの実家を訪ねることになった。
その後、リディアは負傷者を癒やして回る。思ったよりも時間が掛かっていた気もするけれど、やはり俺が設定したスキルは使えるようだ。
なお、襲撃犯の生き残りはいなかった。残された物はすべて自害してしまったらしい。詳しくは聞けなかったけど、ただの盗賊という訳ではなさそうだ。
とまぁそんなことがあった後、俺はリディアと同じ馬車に乗り込んだ。向かいの席に座り、リディアやそのメイドとともに馬車に揺られる。
なんでこんなことになったんだろうな?
……なんて、理由は分かりきっている。あのキャラメイキングを始めるまでの記憶が思い出せないけど、あの時点で各種説明や注釈を確認することはできた。
せめて、説明書だけでも読んでいたら、もう少しマシな状況、少なくとも、天敵であるチート聖女と同じ馬車に乗る、なんてことにはならなかったはずだ。
というか……と、リディアの姿を盗み見る。
さすが、俺が自分好みにキャラメイキングしただけあって外見が可愛い。その中身が、俺の天敵じゃなければ言うことはなかったんだけどな。
とか思っていたら、同じように顔を上げたリディアと目があった。慌てて視線を外せば、彼女も同じように明後日の方を向いた。
「ふふっ、青春ですね」
メイドのお姉さんがクスクスと笑う。
というか、メイドが主人に対してそんなことを言っていいんだろうか? いや、俺がメイドと思っているだけで、侍女とか側仕えとか、そういう身分なのかもしれないけど。
どっちにしろ、青春に見えるのは目が腐ってるだけだと思う。
リディアが俺をチラ見してるのはたぶん、俺を警戒しているからだ。そして俺がリディアをチラ見しているのは、自分の正体がばれないかと警戒しているからだ。
断じて、青春みたいな甘酸っぱい状況じゃない。
この世界にも胃薬があるといいんだが……
なんてことを考えながら胃を抑えていると馬車が大きな街の中へ。そのまま表通りを進み、街の中心にある大きなお屋敷へとたどり着いた。
「私はお母様に報告に行くわ。エリス、貴女はアルト様の案内をお願い」
「アルト様? ……ああ、この方のお名前ですか。かしこまりました」
エリスと呼ばれたメイドがぺこりと頭を下げる。
というか……アルトって俺のことか? そんな名前だったっけ? そう意識すると、たしかに自分の名前はアルトだという記憶が甦る。
でも、俺が自分の名前を認識したのはいまだ。俺は絶対に名乗っていない。なのに、なんで俺の名前を――と視線を向けると、リディアはやらかしたと言いたげな顔で去っていった。
え……なんだ?
待てよ。たしか、鑑定のスキルがあったはず。ってことは、俺のステータスやプロフィールを確認した!? え、じゃあ、俺が魔王の後継者であると言うこともバレバレなのでは!?
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