魔王と聖女は生き残りたい 3

「それではご案内いたします。どうか私についてきてください」


 エリスが先導を始め、俺は焦りながらもその後を追い掛ける。そうして歩きながらも、考えるのは、リディアが俺の名前を知っていた理由だ。


 十中八九、鑑定で俺の名前を確認したんだろう。問題は、鑑定でどこまで確認できるのか、ということだ。最悪は、俺が魔王の後継者だとバレている可能性もある。

 だとしたら、次に彼女が俺のまえに現れるときは、騎士団を引き連れているかもしれない。


 どうしよう? やられるまえにやるか? いや、待て。落ち着いて考えよう。慌てて墓穴を掘る訳にはいかない。まずは、鑑定で確認できる内容を調べよう。

 ちょうどいいから、エリスで試させてもらおう。


【エリス】

 リディア付きの側仕え。

 リディアの腹違いの姉で、母親はお手つきになったメイドである。父親はホーリーローズ女伯爵の婿養子であるため、エリスは家名を名乗ることを許されていない。

 いつか、リディアにお姉ちゃんだと名乗れる日が来ることを夢見ている。


 ――お姉ちゃんだと名乗れる日が来ることを夢見ている。


 軽い気持ちで確認したらなんか重い設定があきらかになった。

 え、いや、ええっと……待ってくれ。ただでさえ混乱してるのに、これ以上事態をややこしくしないでくれ。ひとまず、エリスの件は後回しだ。


 スキルレベルはもちろん、プロフィールまで確認できている。

 でも、抵抗系のスキルがある場合はその限りじゃないんだよな……って、あれ? そういや、俺は鑑定スキルの効果について知ってたな。

 色々とありすぎて忘れていた。


 鑑定は……そうだ。

 鑑定のレベルと、抵抗のレベルの差で、どこまで情報が見えるか変わるはずだ。


 リディアの鑑定は10レベルのはずだけど、俺もレベル6の抵抗系スキルを持っている。魔王の後継者であることまではバレていない、かもしれない。


 でも、実際のところは分からない。そもそも、レベル10なんて化け物とあったことがないから、10の鑑定と、6の抵抗でどうなるか調べようがない。

 どうする? いまからでも屋敷から逃げ出すか? でも、バレてなかった場合は、完全に墓穴を掘ることになる。かといって、いま逃げなければ手遅れになるかもしれない。

 ……くっ、どうしたらいいんだ。


「――こちらのお部屋でお待ちください」


 迷っているあいだに、目的の部屋に到着してしまった。とりあえず彼女の案内に従って部屋に入り、進められるままにソファに腰掛ける。

 彼女は他のメイドに飲み物を用意するように言付けると、俺の向かいに立った。


「大変申し訳ありませんが、お嬢様がお戻りになるまでしばらくお待ちいただけますか?」

「ああ、分かった」


 いや、分かったじゃなくて逃げなきゃ。

 ……でも、俺がここで逃げたら、エリスの立場が悪くなるよな。いつか、リディアに姉と名乗れる日を夢見て頑張っているのに。――あぁもう、鑑定なんてしなきゃよかった!


「ところで、アルト様……とお呼びしても?」

「え、あぁ、はい、もちろんかまいません。そちらはエリスさんですよね?」

「どうぞ、エリスとお呼びください。敬語も必要ございません」

「分かったよ、エリス。なら、そうさせてもらうな」


 本当なら、そんな呼び捨てなんて――とか言いたいところだけど、いまはそんなやりとりをしている余裕がない。俺は軽く相槌を打ちながら窓の位置を確認した。窓はちょうど背後にある。ここは二階だから、魔術を使えば飛び降りることも可能だ。

 もしも、リディアが騎士達を引き連れて戻ってきたら、あの窓から逃げよう。


「――と思っているのですが、いかがでしょう?」

「え、あぅ……うん、いいんじゃないかな?」

「本当ですか? それならお嬢様もお喜びになると思います!」


 えっと……なんの話だろう?

 考えるのに一杯一杯で話を聞いていなかった。


「あっと、悪い。実は――」


 話を聞いてなかったと俺が口にするより早く、扉がノックされた。それに応じてエリスが扉を開けると、リディアと顔立ちが似たお姉さんが部屋に入ってくる。それから、しぶしぶといった顔のリディア、それに護衛の騎士が一人、お姉さんの後に続いて入ってくる。

 ……これは、どっちだ? 騎士が後方に控えていると言うことは、まだ正体はばれてない、ということか? ひとまず、ぎりぎりまで様子を見よう。


「貴方がアルトさんですね。わたくしはエリザベス。ホーリーローズ女伯爵です。このたびは娘の窮地を救っていただき誠にありがとうございます」

「いえ、そんな、大したことは……というか、娘、というのは?」

「もちろん、リディアのことですわ」

「……え???」


 エリザベスさんは高めに見積もっても二十代半ばくらいにしかみえない。でも、彼女はそんな反応にも慣れているのか、気にした風もなく話を続ける。


「そういう訳だから、貴方へのお礼を考えていたの。なにか希望はあるかしら?」


 俺を殺さないように娘さんを説得してください――とか言えたら楽なんだけどな。さすがに、そんなことを言っても、話がややこしくなる未来しか見えない。

 ここは、適当な報酬をもらって、さっさと逃げるのが正解――


「エリザベス様、実はその件で提案があります」


 俺の思考を遮ったのはエリスだった。


「提案、ですか?」

「はい。さきほど、アルト様から色々と話をうかがいました。その上で、アルト様はもちろん、エリザベス様やリディア様にとっても利のある提案がございます」

「いいでしょう、言ってみなさい」

「剣客として、お屋敷に滞在していただくのはいかがでしょう?」

「はあああああぁぁあぁあぁあっ!?」


 ――と、叫ばなかった自分を褒めてあげたい。とっさに口を押さえた俺は、かろうじて声を出さずに済んだ。ちなみに、さっき叫んだのはリディアである。


「リディア、そのように叫び声を上げるなんてはしたないですよ」

「ご、ごめんなさい、お母様」


 エリザベスさんはリディアをたしなめ、それからエリスへと視線を戻した。


「娘の恩人である彼を屋敷に滞在していただくことに問題はありません。でも、なぜ剣客なのですか? それがアルトさんの望みを叶えることになるのかしら?」

「もちろん。アルト様も望んでいることですから」


 ――俺はそんなこと、望んでないんだけど!?

 断言するエリスに心の中でツッコミを入れる。


「そうなのですか?」


 エリザベスさんに問われるけど、俺はとっさに答えられなかった。望む望まない以前に、そんな話をした記憶がなかったからだ。

 そうして困惑する俺を他所に、エリスが再び口を開く。


「アルト様は一人旅をしていて、ちょうど働き先を探しているそうです」


 ……あ。

 不意に思い出したのは、ついさっきのやりとりだ。考え事をしていた俺は、エリスの質問に生返事を返していた。もしかしたら、あのときにそんな話をしたのかもしれない。

 というか、たぶんしたのだろう。


「アルトさん、そうなのですか?」

「ええっと……はい。働き先を探しているのは事実です」

「なるほど。では、剣客として雇いましょう」

「い、いえ、そんな。伯爵家の剣客だなんて、俺では力不足です。何処かの田舎町での働き口などを紹介していただければ……」


 間違っても、このお屋敷に留まりたくはない! と、提案する。


「謙虚ですね。ですが、あなたの実力は騎士達から聞いています。ぜひ、剣客として屋敷に滞在してください。――それとも、なにか滞在できない事情が終わりですか?」


 空気が凍った気がした。

 いや、実際にそんなことはない。これは俺の感覚の話だ。でも、ここで強固に断って事情を探られたら、魔王の後継者であることを知られてしまうかもしれない。

 ひとまず、大人しく従う振りをした方がよさそうだ。そう判断した俺は「そこまで言ってくださるのであれば喜んで」と笑顔で応じて心の中で泣いた。

 さっきの俺に全力で言ってやりたい。

 人の話はちゃんと聞け! と。

 

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