魔王と聖女は生き残りたい 4

「……あれ? 私、どうして……」


 いつのまにか、目の前にキャラメイキングの光景が広がっていた。

 それも、簡単な髪型や色から選ぶ程度のシステムじゃない。あらゆるパーツの形や大きさを自由自在に操ることができる最先端のシステムだ。

 しかも、グラフィックがとんでもなく綺麗。


「こんなの、格好いいお兄さんを作るしかないよ!」


 念のために言っておくけど、私は別に男性になりたい訳じゃない。ただ、ゲームで操るのは自分の分身じゃなく、相棒のような感覚なんだよね。という訳で、説明らしき項目があったけど無視して自分好みのお兄さんを作ることにした。

 こういうのは感覚で大丈夫。説明書は分からなくなってから読めばいいんだよ。


 という訳でキャラメイキングを始める。

 髪はサラサラの黒、瞳は右目が水色、左目が金色のオッドアイ。全体的に線は細くて、顔立ちは整っている。可愛い系ではないけれど、女装が似合いそうな美青年。

 各パーツの細かい形まで設定していく。


 私が考えた格好いいお兄さん。年齢は一つ上の十七歳に設定。衣装は残念ながらこの段階では選べないみたい。私は続けて自分好みのイケボを選択。

 名前は――アルトという名前が思い浮かんだ。


「うん、アルト様って感じだね!」


 ちょっと中二が入った外見がまた格好いい。外見は中二っぽいけど、中身はそうでもないって感じになれば最高だ。まあ、操作するのは私なんだけどね。


 という訳で、次を押すとステータスが表示された。

 称号は魔王の後継者。魔王の魂を持つ人間というので固定されていた。職業を選べないのは残念だけど、魔王の魂を持つ人間っていうのは私好みの設定だ。


 次は――と、スキルを選択していく。そして――よく分からないけど、習得可能なスキルすべて最大レベルで設定できちゃった。しかも、悲しい生い立ち、不幸な始まり、多彩な才能という三つの特性で、様々な能力が強化された。

 結果――


『魔王の名を継ぎし者』

 様々な魔術を高位のレベルで使いこなすばかりか、更なる高みへと至る可能性を秘めている。すべての耐性を持ち、わずかな経験で大きな結果を得ることが出来る。

 彼のまえには天敵の聖女すらも膝を屈するでしょう。


 ――という訳で、魔王アルト様が爆誕した。と言うか、どうして聖女なんだろう? こういうのって普通、勇者とかじゃないのかな?

 よく分からないけど、このキャラクターを早く操りたくて仕方がない。

 次というボタンを押すと、虚空に警告メッセージが出た。


『了承を押すと、もう戻れません。規約と説明を確認の上、各項目にチェックを入れて、了承を押してください』


 そんなの、見てる場合じゃないよ! チェックチェック、全部チェック!

 私は確認したという項目にテンポよくチェックを入れ、最後に了承を押す。


『本当にかまいませんか?』


 いいから、早くプレイさせて! と虚空に浮かんだ『はい』に指先を押し付けた。

 刹那、視界が歪んでいく。

 これでゲームが始まるんだ、楽しみ! そう思った直後、脳裏に声が響いた。


『それでは転生のシークエンスを開始します』


 ――え、転生? ちょっと待て、ゲーム開始じゃないの?

 転生って……まさか!?


『制作されたデザインに従って人体を変換中。現在30%……』


 待って待って待って! ゲームじゃなくて異世界転生なの!?

 じゃあ、さっき頑張って作ったのって私の身体!?


『人体の変換中。現在70%……』


 止まって、止まってってば! キャンセルだよ! 私、格好いいお兄さんと一緒に冒険をしたいとは思ってるけど、自分が男の子になりたい訳じゃないんだよ!


『人体の変換が終了しました。続いて転生時の状況設定をおこないます』


「だから、ちょっと待って――」


『悲しい生い立ちが選択されています。貴方は攫われた過去を持ちます。また、不幸な始まりが選択されています。貴方は序盤から魔王の後継者に殺される可能性があります』


「ねぇ、待って! それってどういう意味なの? 説明、せめて説明してよ!」


 叫び声も虚しく、私の視界は真っ白に染まった。



 そうして、気付いたら私は馬車に揺られていた。

 ……って、どうして馬車? っていうか、揺れる揺れる、凄く揺れる。

 座り心地が悪いのは、馬車の技術が進んでないから、かな?


 分からないけど、視界も、お尻から伝わる振動も凄くリアル。これがVRゲームだなんて思えない。と言うことは、本当に異世界転生しちゃったの!?

 ということは――


 慌てて自分の胸に両手を添える。

 ……ある。ちょっぴり縮んだ気がするけど、両方にほどよい膨らみがあった。


「よ、よかったぁ……」

「……リディアお嬢様、なにをなさっているんですか?」


 予想外の声に顔を上げると、馬車の向かい側にメイド服を身に纏った女性がいた。誰だろうと思った瞬間、彼女の情報が脳裏に浮かび上がった。


 彼女の名前はエリス。栗色の髪と緑色の瞳を持ち、とても優しい顔立ちをしている。私より六つ年上の二十二歳で、私が物心着いた頃からずっと側にいてくれる側仕えだ。


 ――って、どうして彼女のことを知ってるの?

 うぅん、それだけじゃない。リディアとして過ごした日々は思い出せるのに、キャラメイクをするまえのことを思い出せない。

 まるで、私は最初からリディアだったかのようだ。


 どういうこと? ……うぅん、それより先に考えることがあるわ。脳内に直接語りかけてきたあの声。あの声はたしか最後にこう言った。


『貴方は序盤から魔王の後継者に殺される可能性があります』


 どうして――と考えたのは一瞬、自分が聖女の素質を持っていることを思い出した。そのことは家族にも隠しているけれど、魔王が私に気付けば、間違いなく殺しに来るだろう。

 しかも相手は、私が設定したあのチートスペックだよ。魔王の後継者から、魔王の名を継ぎし者にまでパワーアップしたアルト様。

 私も聖女として、常人ならざる数のスキルを身に付けているけれど、レベルは大半が6。必要に駆られて身に付けた護身術に至っては2しかない。

 習得スキルすべてが10レベルのアルト様に勝てるはずがない。


 うぅ、やばいよぅ。

 あんなチートキャラに命を狙われるとか、命がいくつあっても足りない。

 でも幸いなことに、私は伯爵令嬢だ。

 聖女である事実を知っているのもお母様を始めとした一部の人間だけ。

 聖女として目立ったりせず、令嬢として大人しく暮らしていたら、魔王の後継者に目を付けられることもないはずだ。

 そうだ、それがいい。

 これからも正体を隠して暮らそう――と思った瞬間、馬車が急停止した。


「なにごとですか!?」


 エリサが馬車の外に向かって問い掛ける。即座に「襲撃です。絶対に馬車の外に出ないでください!」という護衛の声が帰ってきた。

 しゅ、襲撃!?


「ま、まさか、魔王が私を殺しに来たの!? どうしよう、エリス。私、殺されちゃう!」

「――リディアお嬢様、あのときのことをまだ……っ! 大丈夫です、リディアお嬢様。もう二度と、あなたを攫わせたりしませんから!」


 エリスが私の身体をぎゅっと抱きしめてくれる。その気持ちは嬉しい――けど、相手が魔王、あるいはその部下なら安心なんて出来るはずがない。


 どうしよう、どうしたらいい? そんな風に怯えているあいだも戦闘は続く。でも、戦闘が長引くことで、相手が魔王本人かもしれないという恐怖は消えた。

 いくら護衛の騎士達が優秀でも、アルト様相手には一分と持たないはずだから。


 でも、魔王が来ていないからといって安心は出来ない。魔王が私の存在に気付いて部下を送りつけてきた可能性もあるし、そうじゃなくても私を狙っている可能性は高い。

 私も戦った方がいいのかも――と思い始めた矢先。


「魔術師は討ち取った! 死にたくなければ投降しろ!」


 頼もしい声が聞こえてきた。

 続いて味方の歓声が上がり、あれよあれよという間に状況が変わっていく。それからほどなくして、敵を撃退したという報告が入った。

 よかったぁ……と、私は椅子にもたれ掛かった。


「ところで、さっきの声は?」

「通りすがった少年が加勢してくれました。彼が現れなければ危なかったかもしれません」

「そう、なんだ」


 さっきの声の主かな? なんか凄く、ゲームのイベントっぽい。もしかして、その男の子と協力して、魔王に対抗しろってことなのかも?


 そうだよ、そうに決まってる。それに、助けてもらってお礼を言わないとかあり得ない。ひとまずお礼を言って、仲間に引き込めないか話してみよう。


「その方にお礼を言わせてください」

「かしこまりました。少年を呼んでまいります」


 騎士はそう言って男の子を呼びにいった。いきなりの状況に驚いたけれど、異世界転生っぽいイベントが始まった気がする。

 きっと、ここから私の物語が始まるんだ――と、馬車から降りた私は目を見張った。そこにいたのが、私がキャラメイクしたチートキャラ、アルト様だったからだ。

 ……私の物語、始まって早々に終わっちゃうかも。

 

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