魔王と聖女は生き残りたい 5

 目の前にいるのは間違いなく、私がこだわり抜いてキャラメイクしたアルト様だ。私が頑張って作っただけあって、その外見は凄く格好いい……けど、問題なのは中身だ。

 彼は、聖女である私の天敵だ。

 脳裏に響いた声も、序盤から彼に殺される可能性があると言っていた。


 まさか、私を殺しに来たの?

 どうしよう? 戦うのは絶対ダメ。逃げるのもたぶん無理。じゃあ、泣き叫んで許しを請うてみる? ……うぅん、魔王に通用するのかなぁ?

 無理な気がする。どうしよう、やっぱりここで終わっちゃうかも。


「――コホン」


 追い詰められていた私は、エリスの咳払いで我に返る。

 そうだ、お礼を言おうとしていたんだった。

 ……あれ? お礼? ちょっと待って。この人、私を助けてくれたんだよね? もしかして、私が聖女だって知らないんじゃないの?

 そうだ、そうに違いないよ!


 キャラメイクをした私は、アルト様が魔王の名を継ぎし者だって知ってる。けど、アルト様が私が聖女であることを知るはずはない。

 つまり、これは偶然の邂逅。上手くやり過ごすことが出来るはず!


「た、助けてくださってありがとうございます」

「い、いえ、俺は当たり前のことをしただけなので、貴女が感謝する必要はありません」


 当たり前のことって、魔王のくせになに言ってるの? もしかして、魔王だからといって、存在そのものが悪、って訳でもないのかな?

 いや、いまはそんな検証をしてる場合じゃない。私は感謝の言葉を伝え、「では、そういうことで」と話を打ち切ろうと踵を返す。

 一刻も早く、この場から逃げ出さないと。

 そう思っていたのに、エリスが私の腕を摑んだ。


「いやいやいや、リディアお嬢様、なにを仰っているんですか! 命の危機を救ってくださった方にお礼の言葉だけで済まそうとするなんて、お母様に叱られますよ!」

「そ、それは……そうなんだけど、ね?」


 違うの、エリス! この人、歴代最強クラスの魔王なの! 私達なんて、一瞬で全滅させられるくらいヤバイ力を持ってるんだから!

 なんて言えるはずもなく、私は言葉を濁した。


 直後、アルト様が「お構いなく」と立ち去ろうとする。

 どうやら、彼も早々にこの場を立ち去りたい見たいだ。ぜひ、さっさと立ち去ってくださいと思ったのに、エリスは理由を付けてアルト様のことを引き止めてしまった。

 お願い待って、その人のことを刺激しないで!


 そんな願いも虚しく、アルト様は私の家まで同行することになってしまった。うぅ、どうしよう。このままだと、お父様やお母様まで殺されちゃう。


 どうしよう? どうしたらいいのかな?

 馬車で向かいの席に着いた私は、アルト様の姿を盗み見る。

 ここまでなにもされないということは、まだ私の正体には気付いてないよね? それに、私の正体を知らないとはいえ、助けてくれたことには変わりない。

 少なくとも、見境なく人間を殺すような人物ではなさそうだ。


 とはいえ、同行を嫌がってたのも事実なんだよね。気が変わったと言うよりは、エリスの押しに負けたって感じだし……もしかして、正体を隠しているのかな?


 そうかもしれない。

 なら、私が正体を隠し通せば、このまま何事もなく切り抜けられるかもしれない。幸いなことに、私が聖女であると言うことは、お母様を始めとした限られた人間しか知らない事実だ。

 今日一日くらいなら、隠し通すことは出来るはずだ。


 うん、頑張ろう。

 そうして小さく握りこぶしを作った私は、もう一度アルト様に視線を向ける。

 ……うぅん、頑張ってキャラメイクしただけあって外見はやっぱり格好いい。なのに、どうして私の天敵なんてキャラになったのかなぁ? なんて思っていたら目があった。

 私は慌てて視線を逸らす。

 気配で、アルト様も視線を逸らすのが分かった。


「ふふっ、青春ですね」


 エリスがクスクス笑うけど、笑い事じゃないんだよ!

 私の正体がばれたら、みんな殺されちゃうんだからね!


 うぅ、胃が痛い。この世界に胃薬ってあったかなぁ……

 後で主治医に聞いてみよう。

 なんてことを考えているあいだにお屋敷に着いちゃった。


「私はお母様に報告に行くわ。エリス、貴女はアルト様の案内をお願い」

「アルト様……ああ、この方のお名前ですか。かしこまりました」


 その瞬間、私は物凄いミスをしたことに気が付いた。

 私、アルト様の名前をまだ聞いてない。

 しかも、アルト様って……脳内で呼んでたままに呼んじゃった!


 やばい、アルト様がいぶかしむ様な顔をしてる。これ以上ここにいたらバレちゃう! と、私は全力でその場から逃げ出した。


 というか、どうしよう?

 なにか言い訳を……と、そうだ。鑑定スキルがあるじゃない。あれで名前を見たことにすれば……って、それだと彼の正体に気付いたことになるのでは?

 ああああ、詰んだ、詰んじゃった!?


 うぅん、落ち着くのよ私。

 鑑定スキルはレベルによって見える範囲が変わってくる。それに、魔王なら鑑定をレジストするスキルだって持ってる――というか私が習得させた。

 かろうじて名前だけ見えた、ということにすれば大丈夫なはず!


 という訳で、私はお母様に襲撃されたこと、そしてアレン様が助けてくれたことを報告する。その辺りの詳細については、同行している護衛騎士の隊長が話してくれた。

 そうして、私達はアレン様のいる応接間へと足を運んだ。


 この場さえ、この場さえ乗り切れば、誰も死なせずに済むはずだよ!


 ――と思っていたのに、


「剣客として、お屋敷に滞在していただくのはいかがでしょう?」


 エリスの一言ですべてがひっくり返った。

 というか、私の天敵、将来私を殺す存在を屋敷に滞在させるなんてあり得ない。思わず、私が淑女らしからぬ悲鳴を上げたのも無理はないと思う。


 絶対ダメよ! とエリスに向かって目で訴えかけるも、彼女は分かっていますよと言いたげに、お母様を上手く丸め込んでしまう。今日に限ってどうしてそんなに察しが悪いのよ――と考えた瞬間、私の過去の発言が思い浮かんだ。


 エリスに男性の好みかを聞かれ、思うままに好みの外見を語ったことがある。

 そしてその外見こそ、私がキャラメイクしたアルト様そのものである。


 あぁぁぁあぁぁ、私の馬鹿!

 なんでそんなこと言っちゃったのよ!


 うぅ、どうりでエリスが変な気を回すはずだよ。なんて考えているあいだにもトントン拍子に話は進み、アルト様は私の指南役として屋敷に滞在することになってしまった。

 私、このままじゃ殺されちゃう。でも、せっかく転生したのにそんなのは嫌だ。

 絶対、ぜえええったい、生き残ってやるんだから!

 

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