魔王と聖女は生き残りたい 1

 気付いたら街道にいた。林の中を縦断する、ただ踏み固められた道だ。まさにファンタジーゲームの世界。これがリアルなVRゲームの中だったのなら、感激していただろう。

 でも……違う。頭に手をやってもゴーグルの感覚がない。なにより、肌に感じる風や、木々の匂いがリアルすぎる。どう考えてもここは現実世界だった。


「なら、次の問題は……」


 俺は恐る恐る、自分の胸元を見下ろした。

 そこには俺が設定した、大きすぎず、小さすぎもしない胸の膨らみが――ない。


「……あれ? 男の身体だ。男の身体だぞ!?」


 ちょっと体格が変わった気はするけど、間違いなく男の身体だ。さすがに顔までは分からないけれど、少なくとも髪が長くなったと言うこともなさそうだ。

 それを確認した俺は思わずへたり込んだ。


「助かった~っ! ……けど、あの身体で転生するんじゃないなら、なんでキャラメイキングなんてさせられたんだ? もしかして、何処かで登場する……あっ」


 思い出したのは、転生間際に脳内に直接響いたメッセージ。


『貴方は序盤から聖女に殺される可能性があります』


 聖女に殺される可能性……聖女?

 いや、いや、まさか、そんな……待とう、ちょっと待とう。そうだ、ステータス。俺のステータスとか、プロフィールとかは表示できないか?

 ――はっ、出た。

 ステータスを開こうと思ったら、虚空にステータスが表示された。


 攻撃魔術全般と、敵を弱体化させるデバフ系の魔術が一通り。それに近接戦闘のスキルが揃っていて、他にも耐性や経験値倍加、鑑定のような特殊スキルが並んでいる。

 スキルの習得数だけなら聖女にも劣らないけど、レベルは6と劣っている。

 そして一番の問題はプロフィールだ。


『魔王の後継者』

 魔王の魂を持って生まれた人間。現時点でも一流の技量を身に付けているが、成長した彼は最強へといたり、魔族の天敵である大聖女すらも跪かせるだろう。


 おぉう……マジか。なんか凄いことが書いてある。

 けど、魔族の天敵である大聖女って、どう考えても俺が頑張ってキャラメイクしたあの子だよな? ってことは……自分で作った最強のキャラが自分の天敵ってこと!?

 俺は自分の天敵を頑張って最強に仕立て上げたのか!?


「そ、そんな馬鹿なことが……」


 あるはずがない……と言いたいけど、他の可能性なんて思い付かない。まさか、説明欄にその辺りのことが書いてあった、のか……?

 マ、マジか……

 いまからでも説明を読めたりは……っ。


「求む説明! 説明書オープン、説明書を読ませろ!」


 うわん、説明書、開け、開けよ! 叫んだり願ったり、色々と試してみるけれど、どんなに頑張っても説明書が表示されることはなかった。

 ま、まずい。冷静、冷静になれ。

 せめて、いまのうちに思い出せることを確認しよう。


 俺が設定したあの子の能力はたしか……聖女が覚えられるあらゆる魔術を最高レベルでマスターしていて、更にその限界を突破する素質を持っている。あとは……そうそう。あらゆる耐性を持っていて、身体能力も高くて、成長速度も二倍になっている。


 うん、ヤバいな。

 もし自分がそのキャラに転生してら、完全に無双が出来るチートキャラだ。

 そのチートキャラが自分の敵とか……馬鹿じゃないの!?

 いや、でも、自分のプロフィールにも、聖女に習得させたのとまったく同じ特性がある。それはつまり、この身体も潜在能力では負けてない、ということだ。


 でも……無理だ。

 だって、俺が設定した聖女、俺と同じくらい成長率が高いんだぞ? 現時点で俺より遥かに強いのに、成長速度まで同じなら、いまの差をひっくり返すのはほぼ不可能だろう。


 ということは、命を狙われないように自分の正体を隠し通すしかない。何処かの田舎にでも引き籠もっていれば、正体がばれる可能性は低くなるだろう。

 だけど、それで本当に隠し通せるのだろうか?


 正直、難しいと思う。というのが俺の見解だ。

 だって、俺は魔王の後継者という称号を持っている。田舎で暮らしていたら平和な一生を終えられる――とは、とても思えない。絶対、魔族とかが迎えに来るパターンだ。


 となれば、聖女には敵わずとも、出来るだけ力を付けた方がいい。

 つまり、生活費を稼げて、強くもなれる職に就く必要がある。


 異世界転生の定番と言えば、冒険者ギルドに加入しての無双だろう。だけど、そんなことをすれば、すぐに色々な人に目を付けられ、いずれは正体がばれることになるだろう。

 もう少し目立たない感じで、こっそりと実力を伸ばす職業がいい。

 ……って、そんなのあるか?


 いや、あるな。

 貴族みたいな権力者に雇われれば、個人の名を広めずに活動できる。主が権力者なら手を出される可能性も低くなるし、魔王の後継者であることも隠しやすいはずだ。

 少なくとも、冒険者とかで名前を売るよりは、だけどな。


 問題は、権力者に雇われる方法だ。

 普通に考えれば、無名の俺が権力者に雇われるのは難しい。

 でも、ここは街道だ。


 異世界転生で街道スタートとくれば、魔物に襲撃されている馬車と出くわして、それがたまたま貴族令嬢の馬車とかで、助けたお礼に雇ってもらえる――みたいな王道パターンがある。

 ゲームみたいな始まり方だったし、それくらいのイベントは期待してもいいはずだ。


 問題は俺が戦えるかどうかだけど、その点は問題なさそうだ。

 思い出そうとすると、この身体での人生が思い浮かぶ。戦い方も覚えているし、腰には愛剣がぶら下がっている。いきなり実戦になっても、そこそこは戦えそうだ。


 まずは――と、周囲の状況を確認しようと探査系のスキルを使ったら、馬車の反応と、その周囲に多くの人の反応があった。どうやら、馬車が襲撃を受けているようだ。


 ……って、え? これ、マジで初期イベントじゃないか?

 聖女に殺される運命を回避するための第一歩。このチャンスを逃す訳にはいかないと思った瞬間、俺は自分の身体能力を強化して走り出した。



 森林の中にある街道を駆け抜ければ、周囲の景色が物凄い速さで流れていく。すべてのレベルが10の聖女には敵わないとしても、十分に人間を止めている。


 ――と、そんなことを考えているあいだに現場に到着した。

 まずは状況確認。豪華な馬車が一台と、その馬車を護るように騎士が十名……いや、三人が負傷で離脱して、残りは七名だ。

 対する襲撃者は、覆面で顔を隠した者達がおよそ二十人。既に半数近くが倒れているが、残っている者の中に手練れの魔術師が混じっているようだ。

 客観的に見て、戦力は互角と言ったところだろう。


 事情は分からないけれど、覆面をした襲撃者と、騎士に護られた馬車。どっちの味方をするかは考えるまでもない。まずは――と腰の剣を抜き、護衛の騎士と戦っている覆面の男に背後から襲いかかる。不思議とその行動に迷いは生まれない。

 俺の身体は人と戦うことにも慣れているようだ。


 俺は剣を振るい、襲撃者の足の腱を斬った。背後からの不意打ちに悲鳴を上げて倒れ伏す襲撃者。その向こう側に見えた護衛の騎士が驚きの表情を浮かべる。


「お、おまえは何者だ!」

「助太刀します!」


 彼らに味方すると宣言し、俺は襲撃者の中にいる魔術師――杖を携えた男に視線を向ける。


「おまえが襲撃犯のリーダーか?」

「だとしたらどうする、少年」


 少年――か。たしかに、この身体は十七歳だけど、俺の意識は――ってあれ? そういえば、この世界に来る前のことが思い出せない。覚えているのは、キャラメイキングの光景からだ。むしろ、記憶という意味では、この身体で過ごした時間の記憶の方がハッキリしている。


 なんてことを考えていると、不意に不快な感覚に見舞われた。

 思わず顔を押さえると、杖を携えた男が笑い声を上げた。


「はははっ! 戦場で考え事とは素人が! おまえ達、あの少年の動きを封じたぞ。いまのうちにやってしまえ!」

「「「――おうっ!」」」


 覆面の男達が無造作に襲いかかってくる。油断しているのか、元々の技量が不足しているのか、その連携はまるでなっちゃいない。

 俺は一人目は相手の一撃を剣で逸らして側面に回り込み、二人目の攻撃の盾に使う。そうして一人目と二人目がぶつかり合った隙に、三人目をカウンターで斬り伏せた。

 そうして相手に動揺が走ったその気を逃さず、残りの二人も斬り伏せる。


「馬鹿な、なぜ動ける!」

「残念だったな。耐性は高い方なんだよ!」


 口では強がるけれど、内心では結構ドキドキだ。相手の魔術をレジストできたからよかったけど、そうじゃなかったらこっちがやられていた。

 いまは、こいつらを倒すことに専念しよう。


「くっ、ならば攻撃魔術で押し切ってやる。おまえ達――」


 魔術師の男が、仲間に牽制をさせようと指示を出す。だが、それより早く、俺の放った氷の槍が、男の身体に突き刺さった。


「……なん、だと?」

「悪いな、俺は魔術も使えるんだ」


 魔術師相手に油断はしない。俺は続けざまに攻撃魔術を放ち、男を確実に無力化した。死んではないと思うが、戦闘続行をするのは確実に不可能だ。


「魔術師は討ち取ったぞ! 死にたくなければ投降しろ!」


 高らかに宣言する。次の瞬間、襲撃者達は視線を交わし、一斉に懐から取りだした魔導具らしきものを地面に投げた。途端、辺りに煙が広がっていく。


 煙幕で逃げるつもりか? だが、毒の類いの可能性もある。煙の中を突っ切るのは危険だと判断し、後退しながら魔術を放って煙を吹き飛ばす。

 そうして煙が晴れたその場に、戦える者の姿は残っていなかった。

 どうやら、動ける者はみな撤退したようだ。


 それより――と振り返れば、さきほどの騎士と視線が合った。警戒されるかもと様子をうかがえば、彼は好意的な笑みを向けてきた。


「助太刀に感謝する。おかげで被害を最小にすることが出来た」

「いえ、見過ごせなかっただけですから」


 というか、これで雇ってもらえたら――なんて下心があるので少し後ろめたい。なんて思っていたら、馬車の中に向かって声を掛けていた騎士が近付いてきた。


「お嬢様が恩人に直接お礼を言いたいそうだ」

「あ、はい、分かりました」


 来た来た、王道の展開が来た!

 お嬢様に気に入られて、貴族のお抱えになっての目立たずに自分を鍛える日々を手に入れてみせる! なんて内心はおくびにも出さず、俺は騎士の後に続いて馬車の前に立つ。


 ほどなく、騎士にエスコートされた女の子が、馬車のタラップに足を掛けて降りてきた。

 その女の子を目にした俺は思わず息を呑んだ。

 純白の衣を纏う、ブロンドの髪の女の子。歳は十五、六といったところだろうか? 愛嬌のある丸みを帯びた顔立ちながら、目元はキリリとしている。スタイルも絶妙で、まるで俺の好みを体現したかのような――って、体現したような……?


 ――はっ!?

 この子、俺がキャラメイキングで作った女の子じゃないか!


 そ、そんな、いきなり天敵と遭遇するとか……遭遇。遭遇? あああああああああああああああああああああああっ! 習得している『不幸な始まり』の効果!

 序盤から聖女に殺される可能性があるって、こういうことかっ!

 

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