魔王と聖女は互いに惚れた弱みを作りたい ~説明書は読んでプレイしろ!~

緋色の雨

プロローグ

 気が付けば、目の前にキャラメイキングの各種設定が広がっていた。

 キャラメイキングというのはあれだ。最近のゲームによくある、自分が扱うキャラの見た目をプレイヤー好みに変更するシステムのことだ。


 そのキャラメイキングの各種設定が目の前に広がっている。

 それも、髪型や髪の色、瞳や肌の色だけに留まらず、顔に納まる一つ一つのパーツの形、身長や体型、およそ考えうるすべての項目がずらりと並んでいる。

 しかも、そのグラフィックが異様なまでに美しい。まるで何世代もさきを行くヴァーチャルリアリティのように、目の前にリアルな光景が広がっていた。


 これだけのグラフィック。相当にお金を掛けなければ出来ないはずだ。そしてゲームの製作費にお金を掛ける場合、グラフィックにだけお金を掛けるなんてことはあり得ない。

 つまり、このゲームには凄まじくお金が掛かっている。

 完成度も必然的に期待できるはずだ。


 問題は、自分がいつこのゲームを始めたのか思い出せない、ということだけど――


「――ま、いっか。せっかく、こんなにリアルなキャラメイキングのシステムがあるんだ。やることは一つ。キャラを作ってみるっきゃないだろ!」


 説明らしき項目がたくさんあったけど、俺はいちいち説明書なんて見ない。ぶっつけ本番でキャラメイクを開始する。まずは、性別を女性に変えた。


 ……おっと、念のために言っておくが、リアルの俺は男だ。

 それに、女性になりたいという願望がある訳でもない。


 ゲームをする場合、大きく分けて二種類のタイプがいる。それは、操作キャラを自分の分身のように考えるタイプと、自分の相棒のように考えるタイプだ。

 前者なら大抵は同性キャラを操るが、後者は異性のキャラを操ることも珍しくない。

 だって、異性のパートナーと冒険するって、物語でも王道だろ?

 という訳で、俺は後者のタイプだ。

 相棒は、思いっ切り好みの女の子がいい。

 そんな理由で、キャラクターの外見を決めていく。


 ブロンドの髪に、アメシストの瞳。

 顔立ちは愛嬌のある丸顔で、だけど目元はキリリとしている。身長は低めながらスタイルはスラリとしていて、胸は大きすぎず小さすぎず、ほどよいサイズに設定する。

 大枠を作ったら、各パーツの位置関係や頬の丸み、二重まぶたの形まで設定していく。


 俺の好みを体現した、最高に可愛い女の子。そんなキャラクターを作り出した俺は、続けて衣装の項目を探す。ただし、衣装は既存の数着からしか選ぶことが出来なかった。

 あぁ、これはあれだな。

 いわゆる、ゲームにおける短期目標。

 この娘を着飾りたければ、ゲームを頑張って進めろ――ってヤツ。


 いいじゃん。釣られてやるよ。これだけ美麗グラフィックなんだ。衣装だって色々揃ってるに決まってる。この子を着飾るのは、後のお楽しみだ。


 続いて、声も決められるようだ。

 これは……声優さんかな? 聖女が似合いそうな、聞き覚えのある優しい声を選択する。


「名前は――リディアにしよう。後は、お、ステータスの各種を設定できるのか」


 パッと確認すると、称号が聖女となっている。

 どうやら、その部分は固定のようだ。いまどき、使うキャラの職業を選べないシステムって珍しいな。ゲーム開始後に転職できたりするのかな?

 まあいいや。とにかく、弄れる部分を設定していこう。


 まずは聖女が習得可能なスキルを表示する。

 ぱっと見た感じ、治癒系の魔術が一通り。それに、ほとんど攻撃力がないけれど、魔族や魔物に対する特攻効果のある神聖魔術。その他は自分や味方を強化する魔術や、基礎魔力なんかがアップするパッシブスキルに、鑑定のような特殊スキルがあるようだ。


 なんか注釈があるけど、わざわざ読んだりはしない。

 ひとまず、各スキルの最大レベルは10のようだ。

 まずは攻撃魔術を一つ習得し、レベルを最大まで上げる。

 続けて治癒魔術を習得し、レベルを最大へ。そこで、視界の端に表示されていた数値が減っていることに気付く。どうやら、これがスキルを習得するのに必要なポイントのようだ。

 それがなくなるまでは習得できるのだろう。

 そう思って、ポイントを確認しながらスキルを習得していく。

 そして――


「あと1レベルは……無理かな」


 高レベルになるほど必要ポイントが増える。もう一つレベルを上げるにはポイントが足りない。そう思いつつも、未練で虚空に表示されるレベルアップの文字を指でタップする。


「……え?」


 上げられないはずのレベルが上がった。

 その代わり、表示されていたポイントの色が変わり、マイナス表記になった。


 まさか、上げられる?

 お試しで習得可能なスキルをすべて選択し、レベルをマックスの10にまで上昇させた。スキルポイントは物凄いマイナスになっているけれど、問題なく上げられた。


「いや、どうせ完了を押せないんだろうな」


 とか言いつつ完了を押したら――これでよろしいですかという確認のメッセージ。

 いけるんだ……と呆れながらハイを押す。スキルポイントは盛大にマイナスだけど、習得可能なスキルはすべて最大レベルで習得できてしまった。


 マジかよ。バランス崩壊しすぎだろ。もしかしてバグ、なのか? 分からないけど、せっかくすべてのスキルを習得できたんだ。ひとまずこのまま進めよう。


「後は……なんか習得できる項目があるな。不幸な始まり、悲しい生い立ち、多彩な才能?」


 不幸な始まりは、序盤から困難に見舞われる代わりに、習得できなかった耐性スキルを得られるそうだ。ってか、序盤なんてどうせチュートリアルだろ? 取らない手はないな。


 次、悲しい生い立ちは、生い立ちが不幸に設定される代わりに、あらゆる行動で得られる経験値が倍加するらしい。……いや、ゲームをする上で、生い立ちとかほぼ関係ないし。

 これも取らないという選択はあり得ない。


 最後、多彩な才能はあらゆるスキルのレベル上限が解放されるらしい。

 ……もはやデメリットが欠片も存在しない。なんでこんなチート能力を、ポイントもなにも使わずに習得できるんだ? こんなの、習得しないヤツっているのか?


 よく分からないけど、俺はその三つをすべて獲得した。

 獲得した耐性は、他と同じようにレベルを最大に。ただし、上げられるレベルは従来の最大までで、解放された上限までは上げられないようだ。

 結果的に、習得したスキルはすべてレベル10になる。

 結果――


『大聖女』

 習得可能なすべての魔術を高位のレベルで使いこなし、更なる高みへと至る可能性を秘めている。すべての耐性を持ち、わずかな経験で大きな結果を得ることが出来る。

 彼女のまえには魔王すらも膝を屈するでしょう。


 ――というプロフィールを持つ、ハイスペックな聖女様が爆誕した。そうして、次というボタンを押すと、虚空に警告メッセージが出た。

 なになに? 『了承を押すと、もう戻れません。規約と説明を確認の上、各項目にチェックを入れて、了承を押してください』――あぁ、はいはい、いつものヤツね。

 俺は内容を確認せず、確認をしたという項目にチェックを入れ、最後に了承を押す。


『本当にかまいませんか?』


 答えは決まってる。

 早くゲームをやらせろと、俺は虚空に浮かび上がった『はい』に指先を押し当てた。

 刹那、視界が大きく歪む。

 いよいよゲームが始まるのだと期待に胸を膨らませた瞬間、脳に直接声が響いた。


『それでは転生のシークエンスを開始します』


 ――は? ちょっと待て、転生?


『制作されたデザインに従って人体を変換中。現在30%……』


 いや、待て。ちょっと待て。まさか、ゲームじゃなくて、異世界転生なのか? ていうか、さっきキャラメイキングしたのって、自分の身体!?


『人体の変換中。現在70%……』


 早い早い早い! 待って、キャンセル! というか、キャラメイキングやり直しさせてくれ! 俺が作ったのは相棒! 自分の身体じゃないから!


『人体の変換が終了しました。続いて転生時の状況設定をおこないます』


「だから、ちょっと待って――」


『悲しい生い立ちが選択されています。貴方は家も身寄りもない状態から始まります。続けて、不幸な始まりが選択されています。貴方は序盤から聖女に殺される可能性があります』


「は? 待って、それってどういう意味? 説明、せめて説明を!」


 俺の叫びは虚しく響き、視界は光に包まれていった。

 

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