魔王と聖女は義理を信じたい 1

 魔族との密談の場にリディアが入ってきた。

 そう思った瞬間、魔族が舌打ちをした。


「そうか、長話は仲間が来るまでの時間稼ぎだったのね。悔しいけど、おまえ達二人を相手にするのは、いまの私には荷が重いわね。だから、今回は勝ちを譲ってあげるわ!」


 魔族は言うが早いか窓を割り、背中に現れた翼を使って夜空へと舞い上がった。……ってか、いまの説明口調、リディアを騙すための演技だよな?

 そう理解した俺は形だけ追い掛ける振りをして見送った。

 魔族はあっという間に夜の闇に紛れてしまった。


「ア、アルトさん、いまのは……」


 背後から、リディアが擦れた声で呟いた。

 魔族は機転を利かせてくれたけど、この状況は色々とまずい。

 まず、屋敷にいるはずの俺が、ここにいるだけでもまずい。でも一番まずいのは、俺と魔族の会話を聞かれた可能性があることだ。

 最悪は、ここで殺し合いが始まってしまうかもしれない。


「リディア、いまのは……その」

「アルトさん、私に手を出すなって、そう言いましたよね?」

「……え? あ、あぁ……たしかにそう言ったな」


 俺が頷いた瞬間、リディアは下を向いた。

 この反応は……どっちだ?


「もしかして、それ……めに…………すか?」

「……え?」

「もしかして、それを言うために、魔族のいるアジトに乗り込んだんですか?」

「――リディアには、内緒にしておきたかったんだけどな」


 リディアの反応から、俺が魔王と呼ばれていたところは聞かれていない。そう判断した俺は、とっさに話を合わせることにした。

 リディアの頬がほのかに赤く染まる。


「アルトさん……その、ありがとうございます。でも、無茶はしないでくださいね?」

「ああ、その、悪かったよ」


 ひとまず、抜け駆けをした理由は誤魔化すことが出来た――けど、騎士団を出し抜いて、一人でアジトに押し入って、魔族を逃がしたことに代わりはない。

 ……って、あれ?


「そういえば、リディアはどうしてここに?」

「ふえっ!? そ、それはその……そう、アルトさんが屋敷を出るのを見かけて追い掛けてきたんだよ?」

「……そうなのか? 一応その辺りは気を付けたはずだったんだけど……というか、ヴィオラはどうしたんだ? 一緒にいたんだろ?」

「そ、それは……そう。魔術で眠らせて」

「魔術で眠らせた?」

「――じゃなくて! 魔術で眠らせたように寝ちゃったから、そのまま寝かせてあるよ」

「そ、そうなんだ」


 なんかすごい怪しいけど、ここで話を掘り下げて困るのは俺の方だ。取り敢えず納得した振りをして、なぜここにいるかという話は切り上げる。


「……ところで、これからどうする?」

「どうする、ですか?」


 リディアがこてりと首を傾げる。


「いや、魔族に逃げられちゃったしさ」

「あぁ、そうですね。……そういえば、司祭はどこでしょう?」

「司祭? あぁ、魔族が口を封じたとか言ってたな」

「……魔族が司祭を始末、ですか?」

「ああ、少なくとも、そう言ってたのは事実だ」


 その言葉を信じていいのか――という問題があるけど、俺を魔王様と崇めていたから、おそらく嘘は吐いていないだろう。俺が人間に紛れて生活していると判断して、その障害となり得る司祭を始末したんだと思う。

 俺の正体を誰にも話さなかった――というのもそれが理由だろう。


 仲間であるはずの、魔王を崇拝する教団の司祭をあっさり切り捨てる辺りが悪っぽいけど、俺の意志を汲んで、それに合わせる行動をとった辺り、部下としては優秀だ。

 俺が人間と共存の道を目指すといったら……どうなるかな?


 絶対とは言えないけど、あの魔族なら従うというかもしれない。もっとも、そんなことを言うなんて魔王様じゃないと、あっさり手のひらを返す可能性もありそうだけどな。

 そんなことを考えていると、同じように考え込んでいたリディアが小さく頷いた。


「分かりました。じゃあ、ここから撤退しましょう」

「……撤退?」

「はい。お母様が出撃を命じた騎士団がもうすぐ到着するはずです」

「……あぁ、たしかに。外に動きがあったな。魔族が飛び出したからかな」


 サーチの魔術によると、外にいる見張りが排除されたところだ。周囲を警戒しながら進んでいるけれど、屋敷に踏み込んでくるのも時間の問題だろう。


「では、隠し通路から逃げましょう」

「逃げる?」

「アルトさんも、ここにいるのがバレるとなにかとまずいでしょう?」

「……まあ、そうだな。というか、リディアは俺を責めないのか?」

「そんなことはしませんよ。それより急ぎましょう」


 リディアに促され、一階にある隠し扉へと走る。隠し扉を開けて隠し部屋へ。そこで俺は気絶したままの男を通路へと運び出す。そうして、手足の拘束も解いた。


「アルトさん?」

「顔は見られていないからな。外に放置しておけば捕虜になるだろ」

「それは……っ。急ぎましょう」


 リディアはなにか言いたげだったけれど、玄関の方から物音が聞こえてきたのを切っ掛けに身を翻した。俺もその後に続き、隠し扉を閉める。

 そうして、地下の通路を抜けて屋敷から脱出した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る