魔王と聖女は義理を信じたい 2

 俺とリディアは夜明け前にホーリーローズ伯爵家の屋敷に戻り、それぞれの部屋に戻って、何食わぬ顔で朝を迎えた。

 それからほどなく、エリザベスさんに呼び出されて執務室へと顔を出す。そこには既にリディアがソファに座っていた。エリザベスさんに勧められ、俺はリディアの隣に座る。


「……リディア、呼び出しの理由は聞いてるか?」


 昨夜抜け出したのがバレたのかと、言外に問い掛ける。それに気付いたのか、リディアは小さく笑って首を横に振った。


「話というのは、アジトを強襲した結果のことよ」


 俺達のやりとりを見ていたエリザベスさんがそう切り出した。


「……収穫があったのですか?」

「残念ながら魔族には逃げられたわ。でも、司祭の一人を捕まえることが出来たの」


 ……え? 司祭はあの魔族が始末したんじゃなかったのか?

 まさか、あいつ、俺のことを騙したのか? いや、たとえ俺と敵対していたとしても、そんな嘘を吐く必要はないはずなんだけど……


「あの、お母様。司祭を捕まえたのですか?}

「ええ。片方だけだけどね」

「……片方、ですか?」


 リディアが首を傾げる。


「どうやら、魔王を崇拝する教団の内部で抗争があったようなのよ。その結果、裏切り者の司祭が殺された、ということのようね」


 エリザベスさんは更に詳しい話をしてくれる。

 その話を纏めると、殺されたのはリディアを攫った方の司祭のようだ。そしてその司祭が、騎士団と内通しようとして始末された、ということのようだ。


 おそらく、魔族の謀だろう。

 あの魔族は、明らかに俺が来るのを予想して待ち構えていた。つまり、騎士団に痕跡を摑ませたのは魔族だ。その上で、それを司祭の仕業に見せ掛けて口を封じた、ということ。

 ……そうすると、俺が気絶させた男がもう一人の司祭だった、といったところか。であれば、あの司祭は俺にとって都合の悪い情報は持っていないはずだ。……たぶん。


「それで、その司祭からなにか聞き出せたんですか?」


 何食わぬ顔で問い掛ける。


「ええ。魔王を崇拝する教団のアジトがいくつも分かったわ。即座に騎士団を派遣して、領内のアジトは全部潰すことが出来たわ。だから、しばらくは安全なはずよ」


 うっわ。あの魔族、あっさりと魔王を崇拝する教団を切り捨てやがった。冷酷な部分はともかく、俺の意志をしっかりと汲む辺りは本当に優秀だな。

 ……って、あれ?


「では、リディアの護衛はどうするのですか?」


 俺が護衛についていたのは、リディアが狙われていたからだ。領内限定とはいえ、魔王を崇拝する教団を掃討したいま、俺の護衛は必要ないのかもしれないと不安になる。

 ……って、不安?


「それはこれからも続けてもらうわ。もちろん、あなたが嫌じゃなければ、だけどね」

「それは……」


 もともとは、リディアの側にいなくてはいけないから、惚れた弱みを作って命乞いをするという計画だった。でも、リディアの側を離れられるのなら、その必要もないのでは?


 ……たしかに、いまなら自然にリディアから離れることが出来る。

 でも、魔族に俺の正体を知られてしまった。このタイミングでリディアから離れれば、また魔族が暗躍するかもしれない。

 それに……と視線を向けると、少し不安げなリディアと目があった。

 今更、かな。


「リディアさえ嫌じゃなければ、これからも護衛を続けたいと思っています」

「よかった。なら、後は娘次第ね。リディア、どうしたいの?」

「私は……いままで通り、アルトさんに護衛をお願いしたいです」

「なら決まりね。アルトさんには、これからも娘の護衛をお願いします」


 二人に視線を向けられた俺は、こちらこそと頭を下げた。



 こうして、自分の天敵を護衛するという、奇妙な生活は継続することになった。

 リディアの護衛をしつつ、護身術の訓練も欠かさない。もちろん、リディアに惚れた弱みを作る計画も継続中だ。

 そんなある日の夜更け。

 気配を感じてベッドから身を起こせば、開け放たれた窓のまえに魔族の女性が立っていた。


「……おまえは」

「これは名乗るのが遅くなりましたことをお許しください、魔王陛下。私はリズベット。どうか、リズとお呼びください」


 どうして魔族と仲良くしなくちゃいけないんだという思いと、彼女は話が分かる魔族だから、出来れば交友関係を築いておくべきだという、相反する感情を抱く。


「……そのまえに一つ聞かせろ。お前の目的なんだ? 自分の望む魔王を、この世界に降臨させることか? それとも、魔王である俺の意志に従うことか?」


 その二つは似ているようで、実はまったく意味が異なってくる。

 前者の場合、俺が彼女の意に沿わぬ魔王であった場合は敵対することになる。だが後者だった場合、俺と共に他の魔族を敵に回すことだってあり得る。

 果たして――


「私の望みは、私が望む魔王様が、この世界に君臨なさることですわ」


 答えは俺の意にそぐわぬものだった。


「……そうか」


 俺に人間を滅ぼすつもりがない以上、彼女と仲良くすることは出来そうにない。このままでは、いつか彼女と敵対することになるだろう。

 それでも、よけいなことは口にしない。


「お前の望む魔王になれるように努力しよう」

「はい。貴方こそ、私が望む魔王様だと確信しております」


 彼女は妖艶に笑った。

 そういえば、彼女の望みはなんだろう? その肝心な部分を聞いていなかった。その望み次第では、妥協案を見つけることが出来るかもしれない。


「――リズ。お前の望む魔王とは……」


 なんだと、最後まで問うことは出来なかった。前回の失敗を糧に、周囲の状況をサーチしていた俺は、こちらに向かって歩いてくる気配を察知した。


「今回の話はここまでのようだな」

「――はっ。いずれまた、お目見えしましょう」


 リズが後ろに飛んで、そのまま窓から飛び立った。月明かりに照らされた彼女の影が部屋の中に差し込んでくる。その影が小さくなって消えるのと同時、部家の扉がノックされた。


 俺は開け放たれた窓に寄りかかり、どうぞと扉に向かって声を掛ける、

 ほどなく、扉から姿を見せたのはリディアだった。


「アルトさん。貴方は魔王の生まれ変わり、ですよね」

 

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