エピローグ

 リディアから、魔王の生まれ変わりではないかと指摘される。それに対し、表面だけでも取り乱さずにすんだのは、いつかそう指摘されると覚悟していたからだろう。

 それでも、心の内は嵐を受けたかのように乱れていた。


「……どうして、そう思うんだ?」

「先日、あの女性の魔族との会話を聞いていたんです」

「あのとき、か」


 あのときの会話内容を思い返す。魔王としての力を取り戻すまでのあいだ、俺は人間に紛れて暮らす予定にしている。だから、リディアに手を出すな――という話をしていたはずだ。


「……それで、俺をどうするつもりだ?」


 最悪は、ここで殺し合いが始まることだ。そうなれば、俺はリディアに殺されるだろう。俺がキャラメイクしたリディアは、いまの俺よりもずっと強いから。

 だけど、それなりの関係は気付いてきつもりだ。惚れた弱みとはいかないまでも、話を聞くくらいの義理は作れたはずだ。

 どうか、そうであってくれ――と願う俺の真正面。

 リディアもまた、どこか緊張した面持ちで俺を見つめていた。




 緊張で喉がカラカラになり、私はきゅっと唇を噛んでアルトさんの反応をうかがった。

 私がキャラメイクしたアルトさんは私よりも強い。もしもアルトさんと敵対することになれば、私はすぐにでも殺されるだろう。

 だからこれは賭けだ。

 でも、私はその賭けに勝つ自信があった。


 だって、アルトさんは私が聖女だとは知らない。魔族との会話でも、私が聖女であることには言及していなかった。

 だから、「俺をどうするつもりなんだ?」という問いに、私はこう答える。


「どうもしないよ。これまで通り」

「……それは、どういう意味だ?」


 アルトさんが怪訝そうな顔をする。

 でもそれも無理はない。私が聖女であることを知らなくても、私に魔王であることを知られて、それでもなにもしないと私が言うなんて、思ってもみなかったはずだから。


 でも、この行動は、私に取って大きな意味がある。アルトさんが魔王であると、私が知っている――と、アルトさんに打ち明ける、という意味が。


「あのね。アルトさん、あの魔族に、わたしに手を出すなって言ったよね? それって、人間としての心がある、ってことでいいんだよね?」

「それは……ああ。信じてくれるか分からないけど、俺は人間と敵対するつもりはない」

「……やっぱり」


 直感的に真実だと思った。

 だとすれば――と、私は魔族が口にした言葉を思い返す。

 あの魔族は、アルトさんの力が不完全だと言った。でも、私がキャラメイクしたアルトさんの各種スキルは10レベル。それを不完全だと評するのは不自然だ。

 もちろん、限界を突破する能力は存在するので、それのことを言っているのかも知れないけれど……少なくとも、アルトさんが群を抜いて強いのは事実だ。


 だとすれば、不完全という意味に、一つの可能性が思い浮かぶ。それは、アルトさんの心が、まだ完全に魔王になっていない――という可能性。もしその予想が当たっていたら、アルトさんは覚醒したとき、身も心も魔王になるということだ。

 だから――


「アルトさんが私達を好きになってくれるようにがんばるよ」


 要するに、いままでと同じだ。アルトさんを私に惚れさせて惚れた弱みに付け込んで、聖女である私はもちろん、人間とて期待しようと思わないように仕向ける。




 リディアがなにを言っているのか、最初はよく分からなかった。俺が魔王だと気付いたのなら、その聖女の力で俺を殺せばすむ話だと思ったから。

 でも、少し話を聞いて理解した。リディアは俺を殺すのではなく、人間と敵対しないように更生させるつもりなのだ、と。

 なら俺のやることは変わらない。

 リディアを俺に惚れさせて、俺が人類の敵にはならないと分からせる。

 つまり――



 リディアに――

 アルトさんに――



 惚れた弱みを作って、生き延びてみせる!

 

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