魔王と聖女は互いに惚れた弱みを作りたい 11
やはり、惚れら弱味を作ることは重要だ。
その上で、リディアがこれ以上、魔王に敵意を抱かないように気を付けることも重要。そんな結論に至った俺は、リディアのパートナーとしてパーティーに出席することにした。
でも、護衛のためとはいえ、そんなことをして本当に大丈夫なんだろうか?
農村出身で、身寄りを失って旅人になった俺に、社交界の常識は持ち合わせていない。ただ、俺としての知識によれば、パートナーを務めるのはごく親しい者だ。
それこそ、家族でなければ恋人や婚約者が一般的だ。
なのに俺がパートナーを務めるなんて、周囲から、俺がリディアの恋人と勘違いされるのでは? いや、俺の目的を考えるとありなんだけどさ。
エリザベスさんは、どうしてそんな選択をしたんだろう?
――ということを、廊下で出くわしたエリスに聞いてみた。
「エリザベス様が、リディアお嬢様のパートナーに貴方を選んだ理由ですか?」
「そうそう。普通、家族か恋人が選ばれるだろ?」
「それはもちろん。エリザベス様が、貴方をリディアお嬢様の伴侶にと考えているから――とか言われるのを期待しちゃってますか?」
ニマニマと聞こえてきそうな顔で言われた。
明らかにからかおうとしているエリスに、俺は仏頂面になった。
「期待してる――と言うとでも思ったか? 俺じゃ、明らかに身分が足りないだろ」
「まるで身分以外は不足なしと言いたげですが……まあその通りですね。もしもアルト様が貴族の家に生まれていれば、令嬢という令嬢が熱を上げたことでしょうから」
「揚げ足を取るなよ。俺が知りたいのはエリザベスさんの思惑だ」
俺はリディアを惚れさせたい。そういう観点で、リディアのパートナーになるのは望むところだ。だけど同時に、正体を隠すために目立ちたくない、という事情も抱えている。
エリザベスさんがなにか企んでいるのなら、警戒するのは当然だ。
変な期待をして聞いている訳じゃないと示すため、俺はエリスに詰め寄った。そうして壁際に追い詰めて、逃げられないように壁に手を突いた。
「もう一度聞くぞ。エリザベスさんはなにを考えているんだ?」
「ア、アルト様、リディアお嬢様がいらっしゃるのに、私にこのようなまね……どうかお止めください。修羅場になっても知りませんよ?」
「だから、そうやって言い逃れを――」
するなと、最後まで言うことは出来なかった。背後から言いようのない殺気を感じた俺は反射的に振り返る。そこには、なぜか満面の笑顔を浮かべたリディアが立っていた。
いや、笑顔って言うか、目がぜんぜん笑ってないんだけど。
「リ、リディア?」
「なんですか、アルトさん」
笑顔を貼り付けたリディアが怖い。な、なんで、こんな殺気を纏ってるんだ? ……って、まさか! 俺がエリスを襲おうとしていると勘違いしているのか!?
「ち、違うぞ?」
「あら、なにが違うんですか?」
「俺はエリスに話を聞いていただけだ」
「へぇ、それはそれは。今夜の予定とか、恋人の有無とか、色々と聞きたいことはおありでしょうからね。ええ、まったく、エリスは私よりも美人だし、胸も大きいですからね!」
いきなり、エリスが咽せたように咳き込み始めた。
……風邪か?
というか、なんか思っていた反応と違う。
「もしかして、俺がエリスを口説いてると誤解して怒ってるのか?」
「な、なななっ! そ、そんなはずないでしょう!?」
「そ、そうだよな。変なことを言って悪かった」
ヤバイ、またエリスに、変な期待をしてるのかとか揶揄される。
俺にとってのリディアみたいに、俺がリディアの好みを体現した外見をしてる――とかなら話は別だろうけど、伯爵令嬢が一介の旅人である俺にこんな短期間で惚れるはずがない。
まあ……惚れてくれたら楽なんだけどさ。
「わ、分かればいいのよ。それで、実際はなにを聞いていたの?」
「俺がリディアのパートナーに選ばれた理由だよ。護衛をするだけなら、使用人のフリをするとか、他に方法はあるだろう?」
「あぁ、それは虫除けを兼ねているから、じゃないかしら」
「……虫除け? あぁ、リディアが可愛いからな」
「かわっ!? もう、からかわないでっ!」
「からかってるつもりはないんだけど。まあいいや。とにかく、言い寄る男がいて、そいつを近付かせないためには、手頃なパートナーが必要だった、ってことだろ」
使用人として同行しても、言い寄ってくる男は止められない。でも家族以外の異性をパートナーに連れていれば、言い寄ってきた男を牽制するのに使える、ということだ。
「まあそういうことね。アルトは格好いいし、虫除けには最適だもの」
「かっ!? か、からかうなよ」
たしかに、俺の容姿は整っている。自画自賛という訳じゃなく、俺という意識が感じた客観的な感想だ。だけど、それをリディアにそう言われるのはくすぐったい。
「からかってるつもりはないのだけど……まあいいわ。とにかく、お母様は虫除けのつもりで貴方を私のパートナーにしたんだと思う。お母様は身分とか気にしないから」
「なるほどなぁ……」
エリザベスさんは、婿養子を迎えて当主になった前当主の娘だ。女性蔑視が強いこの世界で当主になるくらいだから、そういう偏見を嫌っているのだろう。
そう考えれば、虫除けに俺をというのは、納得できる理由ではある。もちろん、それがすべてかどうかは分からないけど、そういった思惑があるのは事実だろう。
だとすれば、リディアを口説くために許容できる範囲のリスクだ。
「事情は分かった。でも、リディアはそれでかまわないのか?」
「……どういうこと?」
「いやだって、俺と恋人だって勘違いされるだろ?」
問い掛けると、リディアはハッと目を見張って、それから頬を朱に染めてはにかんだ。次の瞬間、彼女は後ろ手に手を組んで前屈みになり、俺の顔を見上げる。
「――アルトさんとなら、勘違いされてもかまわいよ」
絵になりそうな仕草。
リディアの可愛らしさに、思わず意識を持っていかれそうになった。って、だから、俺はリディアを惚れさせたいのであって、リディアに惚れる訳にはいかないんだって。
落ち着け、俺!
深呼吸を一つ、俺はリディアに視線を戻した。
「そういう冗談は勘違いする奴が出てくるから止めておけ」
「……うん、そうだね」
リディアは小さく笑う。その表情がどこか寂しげに見えたのは……まあ気のせいだろう。彼女はすぐに上半身を起こすと「とにかく、パートナー役をよろしくね?」と笑った。
「ああ、任せておけ」
「うん、ありがとう。それじゃ、私は礼儀作法のレッスンがあるからもう行くね」
リディアはそういって踵を返す。
廊下の突き当たりを曲がると、角の向こうへと消えていった。だけど俺が視線をハズそうとした瞬間、角の向こうから上半身だけを覗かせる。
「アルトさん、私、誤解されて困るような冗談は言わないよ」
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