魔王と聖女は生き残りたい 7

 魔王の後継者であるとバレれば、間違いなくリディアに殺される。絶対に鑑定を受ける訳にはいかないけど、これを断ることって……出来るのか?


 いや、受け入れる訳にはいかない。

 どんなに疑われても、鑑定は受け入れられないと突っぱねるしかない。

 そう思った直後、リディアが「ゼルカ――」と底冷えするような声を発した。だが、ゼルカは驚いた様子もなく、「なんでしょう?」と笑みを深める。


「アルト様のステータスを鑑定しようとする理由はなにかしら?」

「どこの馬の骨とも分からぬやからを、屋敷に置いておく訳にはいかぬから――だそうです」

「伝聞ですか。一体誰がそのようなことを?」

「例の魔術師です」

「あの男ですか……」


 リディアが溜め息をついた。なにやら訳ありみたいだな。


「では、彼に私の言葉を伝えなさい。 アルト様は私の命の恩人で、お母様が剣客としてお迎えしたお方です。それに不満があるのなら、お母様に直接訴えるように――と」

「かしこまりました」


 ゼルカがニヤリと笑った。


「さては貴方、わざと私のまえで言ったわね?」

「さて? たまたま、お嬢様とアルト殿が一緒だっただけですが」


 しれっと言い放つゼルカの顔は笑っている。どうやら、リディアが怒って止めることを見越して、あえて彼女のまえで俺に伝えたようだ。

 正直、ファインプレーだと思う。

 彼が機転を利かせてくれていなければ、俺の正体が暴かれていたかもしれない。というか、彼と親しくなれば、この死亡フラグを回避する方法も見つかるのでは?

 なんて思っていたら、リディアがまっすぐに俺を見つめた。


「アルト様」

「……はい、なんでしょう?」

「絶対の絶対に、鑑定なんてさせないのでご安心ください」

「ありがとうございます」

「もし今回のように要請されても突っぱねてくださってかまいませんからね。というか、絶対に突っぱねてくださいね」

「は、はあ……分かりました」


 なんでここまでリディアが必死になるんだろう?

 まあ、ありがたいからいいんだけどさ。

 そんなことを思っていたら、ゼルカがリディアに声を掛けた。


「ところでお嬢様、次の訓練はいつになさいますか?」

「あぁ、そうね。明日の午後はどうかしら?」

「かしこまりました」


 そのやりとりに違和感を覚える。

 なんでだろうと考えたのは一瞬、その答えにはすぐに思い至った。ゼルカは騎士だが、リディアの習得可能なスキル一覧に、近接スキルは含まれていなかった。


「リディアさん、訓練というのは?」

「護身術を習っているんです」

「そう、なんですね」


 相槌を打ちながら、内心では酷く混乱していた。

 リディアが習得可能なスキルに護身術はなかった。なのに……それを稽古? スキルが習得できなくても、ある程度は身に付けることが出来る?

 それとも、あのとき習得できなかっただけで、後天的には身に付けることが可能なのか?


 分からないけど、厄介なことになった。ただでさえチートのようなスペックなのに、唯一の弱点である近接戦が苦手という点を克服されたら手のつけようがなくなる。

 いや、元々戦うという選択はないに等しいんだけどさ。

 それでも、いざというときに逃げられる程度に付け入る点は確保しておきたい。


「ところで、リディアさんはどうして護身術を身に付けようと思ったのですか?」

「……え?」


 リディアがぴくりとまつげを震わせた。

 刹那、俺達のあいだに緊張感が漂う。

 ――しまった。もしかして、俺がリディアの正体を探ってると思われた? 俺はリディアの正体を知っているけど、リディアは聖女であることを周囲に隠している。

 そう考えると、いまのは失言だった。


「あ、その、そう! リディアさんは伯爵家のご令嬢ですよね? なのに、戦い方を学ぶというのが少し意外で。あぁでも、俺が世間知らずなだけかもしれませんね」


 旅人なので社交界とか知らないんだ! という方向で誤魔化す。次の瞬間、リディアはその瞳から警戒の色を消した。どうやら、上手く誤魔化されてくれたみたいだ。


「私が戦い方を学んだ切っ掛けは、自衛の必要性を感じたから、でしょうか」

「自衛の必要性、ですか? なにかあったのですか?」

「アルト殿」


 ゼルカが止めてくる。どうやらまたもや失言だったようだ。

 だけど、リディアはかまいませんと、ゼルカの制止を退けた。


「実は子供の頃に魔王を崇拝する教団の者に誘拐されて――あ、もちろん何事もなかったんですが、それ以来、自衛の必要性を感じるようになったんです」


 はあああああ!? と叫びたくなった。

 っていうか、その魔王を崇拝する教団ってなにやっちゃってくれてるの!? まさか、リディアが俺を最初から殺そうとしているのって、その設定があるからなのでは!?

 ……あ、でも『不幸な始まり』も、『悲しい生い立ち』も、習得したのは俺だったな。

 と言うか、取り敢えず謝ろう。


「嫌なことを思い出させてしまってすみません」

「いえ、私の護衛となるアルト様には知っておいてもらった方がいいでしょう」


 こんな状況で俺を気遣ってくれるリディアは優しい女の子だ。

 でも、リディアが攫われたのは、ただステータスを盛りたいという理由だけで、俺が彼女に『悲しい生い立ち』という特性を付けたからだと思う。

 だから顔を見ていられずに俯いて「……俺のせいだ」と唇を噛んだ。


 こんな過去があるなら、リディアが魔王を殺そうとするのも当然だ。どちらが正義というのなら、間違いなくリディアの方が正義だろう。

 もちろん、だからといって殺されるつもりはない。なんとか和解の道はないかと考えていると、リディアが場を和ませるように胸のまえで両手を合わせた。


「そういえば、アルト様はいままでどのような生活をしていたのですか?」

「……え?」


 まさか素性を疑われている!? そう考えるのと同時、魔術を即座に発動できるように集中する。その緊張感が伝わったのか、リディアは慌てて次の言葉を付け足した。


「あ、いえ、その、いままで旅をしていたのですよね? 私は旅をしたことがないので、どのような感じなのか気になってしまって。気分を害されたのならすみません」

「あぁいえ、大丈夫ですよ! そうですね……」


 なんだ、そういうことかと安堵しつつ、いままでの旅のことを思い出す。と言っても、過去の記憶が、自分の記憶だという実感がまだないんだけどな。


「基本的には気ままな日々でしたね」

「気まま、ですか?」

「動物や魔物を狩っては街でお金に換え、そのお金で食料を買って旅を続ける――という日々を過ごしていました」

「……旅というのは、そのように気ままなものなのですか? 私はもっと大変だとうかがっていたのですが……」


 リディアが小首をかしげると、ゼルカが苦笑いを浮かべた。


「気ままと言えるのはアルト殿の力量ゆえでしょう。動物を狩ることはもちろん、魔物を狩ることは常人には難しい。それに、魔術が使えなければ水の確保すらままなりません」

「……なるほど。たしかにアルト様だから、ということのようですね。ですが、どうして旅をなさろうと思ったのですか?」

「それは……その。十二歳の頃に魔物の襲撃で身寄りを失いまして」

「あ、その、ごめんなさい」

「いえ、昔のことなのでお気になさらず」


 そもそも、俺にとっては他人事みたいな感覚だ。リディアが気にする必要はまったくないんだけど、彼女は俯いたまま「私のせいだ――」と呟いた。


 ……私のせいって、どういうことだろう? どうしてリディアが俺の過去に責任を感じるんだ? ――あ、分かったぞ!

 リディアは聖女であることを隠している。つまり、聖女としての役目を果たしていない。もし自分が役目を果たしていたら、俺が身寄りを失わなかったかもって気にしてるんだな。


 ……馬鹿だな。俺が身寄りをなくしたのは五年前。つまりその頃のリディアは十一歳だ。自分が聖女として活動していたら――なんて責任を感じる必要はない。


 とはいえ、俺は彼女の正体を知らない――振りをしている。だから、リディアのせいではないと慰めることは出来ない。

 俺にできるのは話を変えることだけだ――と、ゼルカに視線を向けた。


「あの、今更だけど、よかったら色々と話を聞かせてくれないか?」

「俺の話を、か? しかし……」


 ゼルカがリディアに視線を向ける。


「そういえば、ゼルカにもお礼を言っていませんでしたね。護っていただいて感謝しています。よければ、ささやかなお礼にお茶でもいかがですか?」

「そういうことならお言葉に甘えましょう」


 リディアがメイドにお茶の準備を促すのを横目に、ゼルカは席に着いた。俺とリディアが向かい合って座る、丸テーブルの側面の席だ。


 そうして正式にお茶会の一員となった彼は、俺達に無難な話題を提供してくれた。さすがは年の功と言うべきか。地雷ぎりぎりだった俺達の話題とはえらい違いだ。

 その巧みな話術に相槌を打ちながら、俺は今後について考える。


 リディアが魔王の後継者である俺の命を狙う理由は分かった。

 子供の頃に魔王を崇拝する教団に攫われ、自衛の必要性を感じて戦い方を学ぶほどのなにかがあった。その元凶である魔王を怨むのは当然と言える。

 俺が魔王の後継者であると知れば、間違いなく敵意を抱くだろう。


 でも、俺は死にたくない。彼女に殺されないようにしなくてはいけない。戦闘力で彼女を上回るのは不可能だから、出来れば精神的な弱味を握るのがいい。

 なにか弱味はないかと考えを巡らす。


     ◆◆◆


 アルト様が聖女である私の命を狙う理由は分かった。

 子供の頃に魔物に家族や家を奪われた。そういった悲しみの積み重ねで魔王になるのだとしたら、役目を果たさず、アルト様の家族を護らなかった私の命を狙うのは当然だ。


 でも、私は死にたくない。彼に殺されないようにしなくちゃいけない。戦闘力で彼を上回るのは不可能だから、出来れば精神的な弱味を摑むのがいいと思う。

 なにか弱味はないかと考えを巡らす。


     ◆◆◆


 リディアの弱味を考えるけれど、さすがにすぐは思い付かない。ひとまず保留にしてゼルカの話に耳を傾けていると、彼が非常に興味のある話を始めた。


 ゼルカは代々ホーリーローズ伯爵家に使える騎士の家に生まれである。そしてそんな彼には幼馴染みと呼ばれ女性の存在があった。

 ゼルカの家系と同様に、他所の領主に使える騎士の家に生まれた娘である。


 二人は将来結婚するのでは? と周囲にからかわれるほどに仲がよかった。

 だが、そんな二人の関係を運命が引き裂いた。


 娘の親が仕える貴族が、ホーリーローズ伯爵家に領地戦を仕掛けてきたのだ。

 領主同士が戦いになれば、その家に仕える騎士達も戦いは避けられない。それぞれの父親は騎士として領地戦に参加し、友人同士で殺し合うことになった。


 その結果、娘の父親がゼルカの父親を殺してしまったのだ。そして次の戦いでは、ゼルカが父の代わりに戦いにおもむき、父の仇を討つことになった。

 直感的に、俺とリディアの関係に似ていると思った。

 だから――


「それで……どうなったんだ?」


 俺はその結末を問い掛ける。

 ゼルカは笑って――


「ご当主様の許可を得て、彼女と結婚することになりました」


 そんな、驚くべき事実を口にした。


「その女性と結婚したのか!?」

「それは本当なの?」


 俺とリディアが同時に聞き返す。


「おや、お二人は、この話にそれほどの興味がおありですか?」

「もちろんあるぞ。奥さんの両親は、ゼルカさんの親の仇だったんだろ?」

「そうよ。それにゼルカは、その仇を討ったって言ったじゃない!」


 親の仇であるゼルカが、どうして奥さんに許されたのかと俺が問い掛ければ、親の仇の息子であるゼルカを、奥さんがどうして許したのかとリディアが問い掛けた。

 その疑問に対し、ゼルカはその精悍な顔に茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべた。


「よく言うでしょう。惚れた弱みには勝てない、って」

「「な、なるほど……っ!」」


 たしかに、惚れた弱みという言葉は聞いたことがある。というか、そのものずばり、惚れた相手が親の仇で葛藤する物語も読んだことがある。

 その物語の結末は、葛藤の末、愛のためにすべてを許す、という展開だった。

 俺はそこに、この状況を打破する光明を見出した。

 つまり、自分の正体を隠したまま――



『リディアに――』

『アルト様に――』



 自分に惚れたという弱みを作れば――



『俺は――』

『私は――』



 ――殺されない!










Topic:二人が読まなかった説明の一つ。

必要ポイントを超えてスキルを習得した場合、自動的にレベルが調整されます。

 

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