第7話
カフェーに流れる音楽が流れる中、静かに二人はしばらくただ、そこにいた。
「落ち着いたかな」
「はい。……琴子は幸せですね。こんなお兄様がいて」
「いやぁ」
険悪な自分の兄との関係を思い出しながら美鶴がポツリと呟くと、清太郎はおどけたように大げさな身振りで頭を掻いて見せた。
「ぷっ」
「良かった。ようやく笑ったね。よし、じゃあ気分転換だ。活動写真でも見ようじゃないか」
「えっ?」
唐突な提案に、美鶴は驚いて顔をあげた。すると清太郎はニッと歯を見せて笑う。
「相談ごとだけじゃ辛気くさい日になっちゃうだろう。丁度観たい活動があるんだ。付き合ってくれよ」
清太郎は胸元から懐中時計を取りだして時間を見て、よし間に合うと呟いた。
「はぁ……」
そして美鶴が目を白黒させている間に、清太郎は会計をすませ、席を立つ。追い立てられるように美鶴はその後についていった。
「これこれ」
大看板を見上げれば、今大人気の役者の顔、新作のチャンバラものの題名がでかでかと掲げられている。
「さ、行こう!」
「は、はい」
劇場に入ると、清太郎は当然のように男女別の席でなく、夫婦同伴の席に向かった。
「あの、いいんですか」
「だって別で観たって面白くないだろう」
美鶴はドキドキしながら、清太郎の横に座る。
「さぁ始まるぞ」
弁士が出てきて一礼し、活動写真がはじまった。だけれども、美鶴は隣の清太郎が気になって仕方が無い。さすが大人の男性だけあって、同級の女の子とは体格が違う。わずかに触れあった部分から、体温が伝わってくる。
そのうちに場面は、凄腕の剣士が悪役をやっつけるクライマックスに突入して、弁士の演技も熱がこもっていった。だけど、美鶴の頭にはまるで入ってこない。
――心臓がせり上がってくるようだ。だって、よその男の人とこんなに近くで一緒にいたことはない。そんな風にぽーっとしているうちに、上映が終わってしまった。
「いやぁ、面白かったなぁ。あの役者は最高だ」
「そ、そうですね!」
何にも覚えてないくせに、美鶴は慌てて話を合わせる。そんな美鶴の顔をのぞき込んで、清太郎は心配そうな顔をした。
「ああいうのは好みじゃなかったかな?」
「そんなことないですよ……」
ただ上の空だっただけだ。でもそのことは清太郎には言えない。だってそうなったのは――。
「今日はありがとうございました!」
自分の気持ちをかき消すように、美鶴は勢いよく頭を下げた。
「……大人の方に私の話なんか聞いて貰って……お仕事もあるのに」
「気にしないで。僕の方こそ綺麗なお嬢さんと一緒にいれて得をしたくらいだよ」
「そっ、そんな!」
綺麗なお嬢さんだなんて言われ、美鶴は舞い上がりそうになる。と、同時にただの冗談だ、真に受けるなという自分の声がした。
「……美鶴さん」
あわあわしている美鶴に、清太郎は急に真面目な顔で呼びかけた。
「お家のことは僕には解決できないけど、みんながみんな、君を否定する訳ではないからね。あまり思い詰めないで、したいようにおやりよ。またいくらでも話は聞くからさ」
「すみません……」
美鶴が恐縮すると、清太郎はぽんと彼女の肩を叩いた。
「謝らないで。僕はちゃんと悩みに立ち向かっている美鶴さんはすごいと思うよ。……じゃあ、今日はここで。またね」
こうして美鶴と清太郎は別れた。帰り道、美鶴は時折足を止めながら、清太郎の言葉を思い出していた。
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