第12話

「まあ……琴子も縁談なんてまだ嫌だと言っていたのでこれでいいのか……」


「えっ……、あ……そうですね」


「なんだいその顔。自分で言ったんじゃないか」


「ですよね……」


 どうやらこの縁談はお流れになりそうだ、と清太郎は諦めた。週末の父の反応が恐ろしいが起こったことはしかたがない。


「琴子のお友達、せっかくきてくれたのにバタバタしてすまないね」


「あ、いえ……私達そろそろ失礼します。ね、美鶴」


「ああ……じゃあ琴子。また明日」


「……うん」


 琴子はその場にへたり込んだまま頷いた。どういう訳だか琴子はやたらとショックを受けているので清太郎が代わりに二人を見送ることにした。


「そこまで送ります」


「あ……すみません」


「二人が、琴子の学校での親友なのかな」


 清太郎がそう聞くと、万喜は頷いた。


「そうですね。私は東雲万喜……で、こっちが……」


「西条美鶴です」


「へえ……、こんなにズボンの似合う女性がいるとは」


「え……?」


 同級生には好評でも、その父兄となると大変に評判の悪い美鶴は最初から身構えていたのだが、清太郎にそう言われて思わず聞き返した。


「足が長いのだねぇ……羨ましいね。あ、そこに人力が」


 清太郎は美鶴を褒めるだけ褒めて流しの人力車をとめに走って行ってしまった。


「……ねぇ」


「ん?」


「琴子さんのお兄様ってなんかちょっと変わっているわね」


「うん……」


 美鶴は万喜の呟きに頷いた。頭ごなしにこの格好を揶揄されないなんて滅多にない。確かに変わっている。最初はただ人のいいだけの男性に見えていたのだが、それだけではないようだ。


「じゃあ気を付けて!」


 そんな美鶴の思いなど知らない清太郎の声に、万喜と美鶴は手を振り替えしつつ自宅へと帰った。




***




「お嬢様、おむすびとお汁こさえたので、ここにおきますね」


「ん……タマ……ありがとう」


「冷めねぇうちに召し上がってくださいまし」


 ふすまの向こうから、タマが離れて行く気配がした。琴子は畳みの上に寝そべって座布団を丸めて抱きしめタマま夕飯もとらずにずっと考え込んでいた。


「私は縁談は嫌……だから『北原雄一』さんに嫌われるのは……いっそ好都合……なのよね?」


 琴子は口に出してみたがなぜだか釈然としない。それどころかなんだか悲しい気持ちになってしまう。


「なんで……」


 琴子の脳裏に雄一のあのキリリと清廉な表情が蘇る。大人げない同級を一喝したあの声、そして琴子らに真摯に謝罪してくれたあの態度。


「そっか……私は縁談は嫌だけど、『北原雄一』さんに嫌われるのは嫌なんだわ」


 琴子は恋のときめきなんぞまだ知らない。けど、雄一に嫌われたと考えるととても嫌だった。


「あ……これ……」


 琴子の文机のそばに落っこちていたのは、美鶴が書いていた作戦とA氏すなわち雄一の採点表だった。


「ばかねー。向こうが私を嫌だ、赤点だ、って言う可能性もあるのに」


 琴子はその紙をくしゃくしゃと丸めてくずかごに放り込んだ。


「はぁ、私の……ばか!ばかばか!」


 むしゃくしゃした琴子は猛然と立ち上がるとふすまを開けて盆の上のおむすびをがつがつ食べ始めた。


「タマ! おかわり!!」

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