閑話 冬の日③

  ――そして、「三つ葉」の五周年の日がやってきた。


 その日は通常の営業はやめにして、のれんの掛かってない三つ葉にお祝いの言葉を述べに関係者や得意先がぽつりぽつりとやってきて、声をかけていく。


 そんな三つ葉に琴子、万喜、美鶴がやってきた。


「じゃーん、完成です!」


 さすがにクリスマスプレゼント、とはいかなかったが約一ヶ月でそれぞれの編み物がしあがった。


 琴子の青いセーター、万喜の手袋、そして美鶴のマフラー。


「よかった……冬のうちに仕上がって」


 美鶴は感慨深げに手元のマフラーを見つめている。


「何度もほどいて作ったものね」


 と、琴子は投げ出さなかった美鶴を褒めた。


「それがなきゃもっと早くに仕上がってたんでしょうけど」


 万喜はちょっと嫌みを言いつつ、でもよくやったわ、と言った。


「あとは渡すだけ……ね、ハーさん」


 と琴子がハーさんに声をかけたが返事がない。


「うん、でも……」


 ここに来て、ハーさんは怖じ気づいてしまったらしく、セーターの入った包みを抱えてうつむいてしまった。


「せっかく作ったんでしょ」


「そうだけど……」


「心をこめて作ったんでしょう?」


「うん」


 とことん付き合うわ、と万喜も声を揃えた。


 それから一時間後、雄一と清太郎は三つ葉を訪れていた。


「ここが琴子さんたちのたまり場なわけか」


「ご招待ありがとう」


 二人は興味深げに店内を見渡している。


「いらっしゃいませ」


 ハーさんはにっこり笑って二人を出迎えた。


「うちの妹がお世話になっています。これは僕と雄一くんから。五周年おめでとうございます」


 清太郎は花束をハーさんに渡した。


「まあ綺麗。お気遣いありがとうございます」


「いえいえ、琴子たちはご迷惑をかけてないですか」


「迷惑なんてそんな。いい常連さんですよ」


 ハーさんは早速その花を花瓶に生ける。


 その間に、今日はお手伝いに徹する琴子が二人にお茶を出した。


「かわいいお店でしょ、雄一さん」


「そうだね」


「あそこにいる猫はクロちゃんよ。クローバーのクロちゃん。万喜さんが勝手に名前をつけたのよ」


 雄一はなんだいそれ、と笑った。


「コトちゃんありがとう。これ、今日のお祝いに用意したんです。よかったら食べてね」


 ハーさんは赤飯の折り詰めを持って来て皆に配った。


「はーいおしるこが通りますよ」


 そこに万喜がおしるこを持って来て、テーブルの上に並べていく。


「おいしいわよ、ここのおしるこ」


「ね、毎日でも飽きないわ」


「琴子、毎日はさすがに食べ過ぎだよ」


 いつもはここにいない雄一と清太郎のいる三つ葉はなんだか特別な感じがして、三人娘はなんだか訳もなくはしゃいでしまう。


「……本当においしい」


 一口食べた雄一が感嘆の声を漏らす。


「うちはね、上等な小豆を使って毎日くつくつ仕込んでるんですよ」


「へえ、大変でしょう」


 そりゃあ立派なものだ、と清太郎も感心した。


 清太郎はあんこの作り方は知らないけれど、物作りの審美眼が鋭いと自負している。


 店は新しくないけれど、しっかり掃除も行き届いて、茶碗やおしるこの漆器もちゃんとしている。


「ええ、でもね。お客さんから元気を貰えますから」


 その時だった。


 入り口の扉が開いて、一人の青年がやってきた。


「ちわ! 小松屋です!」


「あ……」


 ハーさんの動きが止まる。


 その様子を見て、琴子たちは確信した。彼がハーさんの思い人なんだと。


「どうしました?」


 急に会話が途切れたので、清太郎は不思議そうな顔をしている。


「あ、ええと……。こ、この小豆を届けてくれる乾物屋さんの宮ちゃんが丁度来たから」


「どうもハーさん。俺の噂してたのか」


 宮ちゃんと呼ばれた青年はにこっと人好きのする笑みを浮かべると、店内に入ってきた。


「悪い噂じゃないだろうね」


「んな訳ないじゃない」


 ハハハ、と二人は大笑いをした。


 楽しそうに世間話をする、そんな二人をじーっと見ているのは琴子たちである。


「ね、ハーさん動かないわね」


 琴子が囁いた。


「うん」


「これはいけないわ」


 美鶴と万喜も頷いた。


 琴子が一歩、ずいっと前に出た。


「ねぇ、雄一さん。私たち、三つ葉でおしるこばかり食べてたんじゃないのよ」


「そうなんだ」


 そこに万喜が手袋を持って現れた。


「実はね……ここでこんなものを作っていたの」


「編み物」


「そう。私はこの手袋を作ったわ。そして……」


 琴子は風呂敷からセーターを撮りだして、雄一に渡した。


「これは……もしかして、俺に?」


「そうよ」


 雄一は受け取ったセーターを広げて、服の上から当ててみた。


 濃い青が雄一の肌に映えている。


「雄一さんは青が似合うと思って」


「これを琴子さんが……ありがとう、一生大事にする」


「それもいいけど、ちゃんと着てね。毎年作るから」


「そっか……へへ」


 雄一の耳たぶが赤くなっている。


 相当嬉しかったのか、雄一はすぐに学ランを脱いでシャツの上からセーターを着た。


「いいなぁ、雄一くん」


「もう、清太郎さん。分かってるでしょ」


 美鶴はちょっと呆れたように言って、紙袋を清太郎に手渡した。


「その……気に入らなかったらしなくていいですから」


 清太郎は袋の中からマフラーを取りだした。


「これを美鶴さんが?」


「失敗しないよう頑張ったんだけど、でもなんか変でしょ……」


 よく考えてみれば、糸を扱う商売の清太郎に拙いマフラーをつけさせるなんて変だ、と思い、美鶴はしょんぼりしていた。


「ううん、嬉しいよ。ありがとう、使わせて貰うよ」


 そしてそっと誰にも聞こえないように、そっと美鶴の耳元に囁いた。


「……これも毎年作ってくれるんだろう」


「えっ、えっ……はい」


 美鶴はその言葉に真っ赤になりながら頷いた。


 船便に乗せてアメリカまで送る万喜は別として、琴子も美鶴も編み物を手渡した。


 あとは……。


「さ! ハーさん!」


 三人は声を揃えてハーさんを促した。


「え、ええと」


「逃げたら絶交よ」


 万喜は口ではそんなことを言いながら、そっとハーさんの背中に手を添えた。


「うん……あの、宮ちゃん」


「え、俺!?」


「そ、宮ちゃんいっつも薄着だなって思って」


 ハーさんは、セーターを宮ちゃんに差し出した。


「俺かぁ、思いがけなくてびっくりした。これはまぁ、かっこいいセーターだね。いいのかい、俺みたいのが着ちゃって」


「宮ちゃんに似合うよう作ったのだから、宮ちゃんに着て欲しいわ」


「そっかぁ」


 こうして、ハーさんの秘めた思いを込めて編まれたセーターは宮ちゃんに手渡された。


「それじゃあ、俺まだ配達があるんで!」


「はい! またね!」


 早速セーターを着込んだ宮ちゃんは、颯爽と三つ葉の戸を開けた。


「わ……寒い」


 外はチラチラと雪が、降り始めていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大正乙女ノスタルヂイ~嗚呼、お嬢様がたはかく語れり~ 高井うしお @usiotakai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ