第2話
「さあ着いた!」
――汽車が御殿場に着いた。
荷物を抱えて汽車を降りると、東京とは違う木の深い香りがする。
さわさわと高原の風が木の間を吹き抜けて、大変に気持ちが清々しくなった。
「ああ、涼しい」
万喜はトランクをいったん地面に置いて、深呼吸をする。
東京は木が少ないからか、埃っぽくてジメジメしている。それに比べるとここはなんて空気が澄んで気持ちいいのだろう。
「爽やかだわ……」
「万喜、ぐずぐずしていると置いていくよ!」
「美鶴、別荘の鍵は私が持っているのよ、どうするつもりよ」
せっかちな同行者を追いかけ、万喜はトランクをもう一度抱えて、バスへと向かった。
「さ、着いたわ!」
バスを降りて五分ほど歩いた先に、東雲家の別荘はあった。
深緑の木立の間に佇む、白亜の洋館。二階建ての大きな建物に一行は目を奪われた。
深い木の緑に、夏の光を受けて輝く別荘、そしてその後ろには悠々として、雲を頂く――富士山。
「おおーっ」
一同その光景に歓声を上げた。
「わぁっ、素敵ね! 万喜さん」
それを見て琴子は飛び上がりそうに嬉しげにしている。
万喜はやっぱり連れてきて良かった、と思いながらドアノブを引いた。
「さあ、どうぞ」
「お邪魔しま~す」
万喜たちが別荘に入ると、老夫婦が出迎えてくれた。
万喜はこれから二泊三日を一緒にする友人達に新田夫妻を紹介した。
「みなさんこんにちは。管理人の新田と申します」
「新田さんたちは、ずっとこの別荘の管理をしてくれているの。これから食事とか色々のお世話をしてくれるわ。新田さん、フサさん。これ『とらや』の羊羹。食べて頂戴」
「これは結構なものを。ありがとうございます」
それから皆そろって新田夫妻に挨拶すると、その案内で各自の部屋に荷物を置きに行った。
「すごーい!」
琴子と美鶴は相部屋だ。
フリルの寝具に、蔦の模様の白い家具。雑誌でしか見ないようなお姫様みたいな部屋に、琴子は歓声をあげた。
「私ベッドで寝るの初めて! よろしくね! 美鶴さん」
「ええ。よろしく」
荷解をしながら美鶴がそう答えると、琴子はふっと思い出したかのように言った。
「……ところで、お兄様と部屋が一緒じゃなくてよかったの?」
「はぇっ!?」
美鶴はそれを聞いてひっくり返るほど驚いてしまった。
「琴子……君は雄一くんと同室の方がいい?」
「え、まさか。……あっ!」
途端に琴子の顔が真っ赤になる。どうやら悪気はなかったらしいが、あまりに心臓に悪い、と美鶴は琴子をたしなめた。
「さーて、何をしようかしらー」
一方、万喜は自分の部屋で服を取りだしてクローゼットにかけながら、鼻歌を歌っていた。
乗馬にテニス。ピクニックだってきっと琴子や美鶴と一緒なら楽しい。
「万喜さん、お昼ができました」
「あ、フサさんありがとう」
新田夫妻がさっそく万喜たちにお昼を用意してくれたらしい。
万喜はトランクを端に寄せると、居間へと向かった。
「さぁこれからどうしようかしら」
紅茶を飲みながら、万喜たちはサンドイッチをつまんでいる。
「万喜さん、このサンドイッチ美味しいわ」
「うふふ、良いところに気がついたわ、琴子さん。キュウリもトマトも裏の畑で採れたてだし、パンは新田さんの手作り。ハムも御殿場で作っているのよ」
「ハムも?」
琴子が驚いた顔をして、断面のハムをしげしげと見つめた。
「そう、ここ御殿場はね、外国人の別荘が沢山あるの。だから本格的なハムやソーセージをこっちでも作っているって訳」
「へぇー」
さて、と万喜は手の中のサンドイッチのかけらを飲み込んだ。
「やっぱりテニスかしら」
「そうおっしゃると思って道具を庭に用意しておきましたよ」
「ありがとう、新田さん」
毎年、万喜やその兄弟の面倒を見ている新田さんにはお見通しだったようだ。
「それじゃあ、テニスウェアを着ないとね。琴子さん、美鶴さんついてきて」
「えっ、私たちの分も!?」
「ええ、去年とおととしのがあるもの」
「毎年仕立てているのか」
美鶴が頭がいたいとでも言いたげに額に手をやった。
大げさな、と万喜は思う。必要だと思うから仕立てたのだ。
「さ、これを」
万喜はクローゼットから白いテニスウェアを取りだした。
「わぁかわいい!」
「……少し私には小さいかもしれない」
「だとしてもちょっとでしょ」
いいから、と万喜は二人をテニスウェアに着替えさせた。
「やっぱり小さいよ」
もじもじしながらクローゼットの陰から美鶴が顔をだした。
「確かに丈がつんつるてん……」
琴子が美鶴のテニスウェアの裾を引っ張るけれど、ずいぶんと足が見えてしまっていた。
「だよね……着替えてくる」
「あっ、ちょっと待って」
いいことを思いついた、と万喜はクローゼットに手を突っ込む。
「万喜? どうしたの」
「いえね、美鶴はこれを着たらいいんじゃないかって思って」
満面の笑みで万喜が取りだしたのは、弟のテニスウェアだった。
「ああ、なるほど。ありがと、万喜」
美鶴はにやっと笑ってそのテニスウェアを受け取り、すぐに着替える。
「やっぱり、そのほうが似合うわ」
「私もそう思う」
すんなりと長い美鶴の手足はぴったりと男物のテニスウェアにはまっていた。
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