第3話
「おまたせ!」
そうして男性陣の元に戻る。雄一は襟元に紺色のスカーフのついた、琴子の白くて華やかなテニスウェアに目をとめた。
「わぁ、いいねぇ。琴子さんもそういう格好するんだ」
「うん、学校も体育の時はブルマーよ」
「そっか。似合うよ」
一方、清太郎は美鶴のテニスウェアを見て「そうきたか」と呟いた。
「……万喜のお古じゃ小さくて」
「そっか。今度作りにいこうか」
「そんな、テニスなんて滅多にしないですもん」
美鶴は無駄になるから、と慌てて手を振って断った。
それでもどこか口惜しそうにしている清太郎を美鶴は見ないようにする。
そんな子犬みたいな顔をしても駄目なものは駄目、と己に言い聞かせて。
「さーて、テニス大会を始めるわよ」
万喜の声にみんなテニスコートに集まる。
「どういう順番にしましょうか」
雄一は地面に対戦表を書き出していく。
「男女に分けますか?」
そう聞かれて、万喜は今居るメンバーを見渡した。
男女を分けたら清太郎と雄一の一戦で終わってしまうし、男女ペアにしてもあっという間に終わる。おまけに万喜が一人あぶれてしまう。
「いえ、一対一の一セット、個人の総当たりでいきましょう」
「了解。では今くじを作ります」
雄一は手帳のメモを破り取ると、そこに番号を振ってくじを作った。
「はい、じゃあこの番号を引いたとおりに対戦ですよ」
一番を引いたのは琴子、二番は美鶴、三番は雄一、四番が万喜、五番が清太郎だった。
「では、第二戦目の勝者が清太郎さんと決戦、ということで」
くじの通りに雄一が表に書き込んでいくと、琴子が不満そうな声を出す。これだと清太郎がいきなり準決勝の勝者とあたることになってしまう、と。
「お兄様ずるいわよ」
「いやいや、僕は学生の頃にテニスをしていたからね、ちょうどいいじゃないか」
「清太郎さん、テニスをしてらしたんですか?」
「そうだよ、美鶴さん。だから今度テニスウェアを作りましょう、ね?」
清太郎がからかうように美鶴に言う。そして――美鶴の顔がみるみる赤くなるのを、他の人たちは少し気まずそうに眺めていた。
「さ、さぁ試合をはじめるわよ」
万喜はちょっと動揺しながらテニスラケットを手に取り、琴子と美鶴に手渡した。
「第一試合はこの二人ね」
「よし!」
「あ、ありがとう」
気を取り直して第一戦目。対峙した琴子と美鶴は静かにラケットを持って構えた。
「琴子、手加減はしないよ」
「こっちだってそのつもりよ」
先攻は琴子。琴子はボールを持って軽やかにサーブする。
それをすぐに美鶴は打ち返した。
「お、二人ともいい動きだね」
ガーデンチェアに座っている清太郎が余裕の表情で二人のラリーを眺めている。
「琴子も美鶴も体育は得意なんです」
「そうか、なるほどね」
「そういえば、木登りは琴子さんから習いました」
清太郎も雄一も彼女たちの運動神経の良さに納得しつつ、試合運びを見守ることとなった。
「あっ」
先に点を取られたのは琴子だった。
「美鶴に十五点、ね」
万喜がそういいながら点数を書き込んでいると、琴子が動揺した声をだした。
「えっ、万喜さんどういうこと? 多くない?」
「テニスはそういう規則なのよ。十五点、三十点、四十点、ゲーム」
「ううーん、そうだったっけ……」
琴子は決まり悪そうに頭を掻いた。それはともかく、試合は続く。
先に点を取られたのが悔しかったのだろう、琴子はすぐに美鶴から一本取り返した。
「はい、じゃあ琴子さんにも十五点ね」
「よっし!」
ところがそれからまた美鶴が一本取り、続けてまた一本取った。
「美鶴! あといっぺん取れば琴子さんの負けよー」
「美鶴さん頑張って!」
万喜と清太郎の歓声が飛ぶ。その声に琴子は歯ぎしりした。
「ぐ……絶対負けないんだから!」
兄妹の情なんて儚いものだ、と琴子は清太郎を非難がましい目で見た。その視線に気づいた雄一が大声を出す。
「琴子さん頑張って!」
「うん、ありがと!」
琴子は雄一の声援に気を取り直して、テニスラケットを握り直した。
「さあ、追い抜かしちゃうんだから」
「手加減はしないよ」
「いつまで余裕でいられるかしらね!」
えいっ、と勢いよく琴子はボールを打つ。
美鶴は素早く反応して綺麗なフォームで打ち返した。
「あっ!」
そのレシーブの勢いに琴子はついて行けず、ボールはバウンドして線の向こうに飛んでいった。
「あー! もう!」
「やった勝った!」
「ゲーム! 美鶴の勝ち!」
万喜たちは拍手をしてコートから戻ってきた美鶴を出迎える。
「いい試合だったわ」
「本当にそう思う~?」
琴子はブスくれた顔で清太郎を睨み付けた。
「おいおい怖い顔だな」
「ねぇ、お兄様。どうして私のことは応援してくれないの!?」
「おいおい……」
完全にやきもちを焼いている琴子を、清太郎はしどろもどろになりながら宥めている。
こんなところで未来の嫁と小姑の争いを見るとは思わなかった、と万喜はニヤニヤしながらその様子を眺めていた。
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