第3話
「さー、見て頂戴!」
「こ、この部屋全て服が仕舞ってあるの……?」
「そうよ」
ここは万喜の部屋、いや正確には万喜の部屋と続きの一間である。そこに洋だんすがずらりと並んでいる。
「そうねぇ、そうねぇこれなんかいいわ。これ着て頂戴」
バサバサと万喜は洋服をそこから取りだしていく。
「美鶴! ぼさっと見てないで手伝ってくださいな」
「はいはーい、な。私の言った通りだろう?」
美鶴は琴子を振り返って、そう言ってウインクした。なぜこのようなことになっているかと言うと、三つ葉で琴子が洋服を着たことがないとふと漏らしたのが発端だった。
「あら! それならうちにあるのを着てみて! それこそ売るほどあるのだから」
こうしてファッションショーがはじまってしまったのである。
「はい、まずはこれね」
渡されたのはひらひらとした襟のすとんとしたワンピースだ。
「これは頭から被るのかしら……」
「そうよ」
琴子がそれに着替えると、万喜は大きな拍手をした。
「まあ! かわいい」
「そうですか? へへへ」
初めての洋装を褒められて、琴子はまんざらでもなかった。しかし、それに冷や水を浴びせたのは美鶴の言葉だった。
「……万喜、これ子供服だろう」
「まあ……そうですけど……似合っているんですものいいじゃない」
「子供服……」
琴子の気分は一気にずーんと落ち込んだ。それを見て、万喜が慌てて補足した。
「輸入物なのよ。ほらあちらの人は体格がいいから……」
「子供でも……?」
「そうよ。日本人は魚ばかり食べてるけど、きっとあちらはお肉をいっぱい食べるからだと思うわ」
「お肉……そう……お肉……」
ぶつぶつ言っている琴子に、万喜は姿見をばっと琴子の前に持ってきた。
「ほら、こんなに似合ってるのよ?」
「あらー」
琴子は鏡の中の見慣れぬ自分の姿にじっと見入った。
「さーて、私も着替えましょ。美鶴……あなたも付き合いなさい」
「はいはい」
そう言って、二人は隣の部屋に消えていった。その間に琴子は一人で、体を左右にひねってみる。
「確かに動きやすい。でも……足がなんだかスースーするべ」
そう自分を観察していると、隣から洋服に着替えた二人がやってきた。
「……すごい」
琴子はその華々しさに目を丸くした。若草色のすっきりとしたローウェストのドレスに帽子の万喜、そしてチャイナ風の立ち襟のブラウスにひだスカートの美鶴。どちらもよく似合っている。
「かっこいい……」
「うふふふ。ほらそんなに琴子さんとデザイン変わらないでしょう?」
「久々のスカートは落ち着かないな……」
万喜はいたずらっ子のように笑い、美鶴はふうとため息をついた。
「……このまま銀座でもくりだしましょうか」
万喜はそう言って悪い顔をした。その言葉にさすがに琴子はブンブンと首を振った。
「それは駄目だべ!」
「……べ」
「あっ……」
「かわいい……なんですの、今のもう一回……」
「嫌です……あと銀座にはちょっと……遅くなってしまうし……その……」
琴子は真っ赤になって俯いた。それを見た美鶴が、あ、と声を漏らした。
「もしかして……ズロース履いてない?」
琴子はこくこくと頷いた。さすがにこの丈のスカートで出歩く勇気は琴子には無かった。
「あらぁ、ごめんなさい」
万喜も多少反省したのか琴子に謝ってきた。
「でも、今度銀座にいきましょうね、その服はあげるから」
「え……」
「私にはサイズ合わないし。あ、これも。これも持って行って」
結局琴子は何着もの洋服を持たされて、万喜の家から帰った。
「素敵だけど……全部子供服か……」
そうぼやきながら家に向かっていると、とある店が琴子の目に入った。
「……よし」
***
「ただいま帰りました」
「おお、遅かったね」
家に帰るとすぐにひょいと顔を出したのは兄の清太郎だった。
「お友達の家にお呼ばれしたの」
「そうか、もう友達が出来たのか……。で、その包みはなんだい」
「洋服を貰いました。それからこれは……タマ!」
琴子は女中のタマを呼ぶと、もう一つの包みを渡した。
「なんですこれ……牛肉!? お小遣いで買ったんですか」
「私、これから毎日お肉を食べるわ!」
「急にどうしたんです」
「お肉を食べて西洋人みたいに大きくなるの!」
そう宣言する琴子を見て、清太郎とタマは顔を見合わせた。
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