第2話

「それじゃあ、ついて来てね、こちらよ」


 そう万喜が先頭に立って案内したのは学校から少し離れた入り組んだ裏道だった。


「ここが穴場なのよ。やかましい先生には内緒の私たちの憩いの場」


 ツタの這う、こぢんまりとしたくすんだ板壁の店だった。申し訳程度に暖簾に「甘味三つ葉」と書いてある。


「こんにちはぁ」


「やぁ。マキちゃん、ミッちゃんいらっしゃい」


 万喜がガラッと戸を開けると、奥から白髪の五十くらいだろうか、やたら姿勢のいいすっきりした印象の男性が出てきた。


「今日は新入りをつれて来たわ、ハーさん」


「おやおや、じゃあこちらに座ってね」


 そう言って、ハーさんと呼ばれた男性はお品書きを持って来た。


「こちら店主のハーさんよ。ハーさん、琴子さんは今日編入してきたの」


「よろしくね。じゃあコトちゃんだね」


 独特の節で琴子の名を呼ぶこの店主は、白いシャツに蝶ネクタイをして、甘味処の亭主というより、カフェーだのミルクホールだの、そういうハイカラな店の人のようだった。


「どうだい、あたしに似合いだろう」


 琴子の視線に気がついて、ハーさんはちょっと蝶ネクタイをつまんでみせた。


「はい、お似合いです」


「私がハーさんにプレゼントしたのよ」


 万喜はそう誇らしげに言った。


 お品書きに目を通すと、しることぜんざい、みつ豆や磯辺やくずきり、アイスクリームなどが並んでいる。


「何にする? 私はおしるこ」


「私はくずきり」


 万喜と美鶴はすぐに注文を決めた。琴子はまた品書きをじっと見て、みつ豆を頼んだ。


「あいよ」


 ハーさんは注文を受けると奥に引っ込んでいった。すると入れ違いに出てきたのは一匹の三毛猫だった。


「にゃあ」


「あら、猫ちゃん」


 三毛猫は万喜の足下に潜り込む。万喜はそれをあしらいながら琴子に言った。


「琴子さん、この子はクロちゃんよ。ここの看板娘」


「三毛猫なのにクロなの?」


「クローバーのクロよ。ほら、この店の名前が三つ葉だから。勝手に私が決めたの」


 冗談なのか本気なのか、と琴子の疑わしげな視線を受けて万喜はにこにこしている。


「みんな好きなように呼んでるわ」


「じゃあ万喜さんと一緒でクロちゃんでいいわ。ねークロちゃん」


「なぁん」


 琴子が呼びかけると、するりと指の間を抜けてクロちゃんは店の外に出て行った。


「お待たせぇ」


 そこに注文した品々が運ばれてきた。


「わぁ、美味しそう。あら……これは?」


 添えられた小皿を見ると、茶色いものがある。箸休めの昆布かと思ったが違う。これは……。


「チョコレイトよ。いただきものの国産チョコレイト。コトちゃんとのお近づきの印に」


「あらまあ、ありがとうございます」


「ご贔屓さんが持って来てくれてね」


「ご贔屓さん?」


 琴子はいよいよ話が分からなくなって万喜と美鶴を見た。


「あらいやね、マキちゃんもミッちゃんも話してないの? あたしはね、役者をやってたの。体壊して辞めたんだけど。で、ご贔屓さんが家を持たしてくれてね、でもあんまり暇だからしるこ屋でもやろうって思ったの。あたし餡子が好きだし」


「そうなんですか」


 琴子はハーさんの仕草や振る舞いにようやく合点がいった。


「そうなの。かわいいお嬢さんがたが来てくれるから、毎日楽しいわ」


 そう言うハーさんは本当に楽しそうだった。


「……ねぇ、お腹が膨れたらちょっとうちに寄らない? 近くなの」


 琴子がみつ豆の最後のひとかけをつるんと飲み込むと、万喜が笑顔でそう誘ってきた。


「うちにいっぱいお洋服があるの。着せ替えごっこしましょう」


「は……はい」


 そうして向かった万喜の家は本物の洋館だった。琴子の後ろには当然のように美鶴もついてきている。


 居間で紅茶を振る舞われながら、琴子はカチンコチンに緊張していた。


「……おいしい?」


 小首を傾げて聞いてくる万喜に、琴子はぶんぶんと頷く。その耳元で、美鶴がぼそっと呟いた。


「万喜には注意しといた方がいいよ」


「ん?」


「私よりよっぽど自由奔放だよ、万喜は」


 美鶴はそう言うものの、その男装姿で言われてもあまり説得力がない。しかしその後、琴子は存分にそれを思い知ることになった。

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