第10話

「こっちに掴まって!」


 万喜がみんなを呼びに行くとみんなすぐに集まってくれた。


 男性陣が外国人に肩を貸して立ち上がらせる。


 苦痛の表情を浮かべる彼の足は、どうやら捻挫をしているようだった。


「万喜、これを持って行った方がいいよね」


 美鶴は転がっていた自転車を起き上がらせた。


 タイヤがへこんでべこべこしている。どうやらパンクしているようだ。


「車輪が破裂してでこぼこ道に足をとられたのね」


 痛みで身動きが出来ない中、どれくらいの間そこにいたのだろう。


 きっと不安だったに違いない。


「早く行って、手当をしてあげましょう」


「そうね」


 男性陣の後を追って、万喜たちは別荘に向かった。


「あらまあ、これは大変」


 万喜たちがドアを開くと、フキさんが井戸の冷たい水をもって来てくれた。


「うう……」


「足の他に痛いところはないですか」


「大丈夫です」


 ソファーに外国人を座らせて、患部をよく冷やす。


 それから湿布を貼って包帯でぐるぐる巻きにした。


「ありがとうございます。私の名前はジョナサン・エイムズ。ジョニーです。そこのアメリカ村に滞在するアメリカ人です」


「やっぱりそうなのね。では迎えを呼びましょう」


 万喜は新田さんに言って、アメリカ村にジョニーを迎えに来てくれるよう伝言を頼んだ。


「あなたたちは……?」


 まだ不安そうな顔をしているジョニーに、万喜たちは自己紹介をして避暑に来ていると伝えた。


「今、おうちに迎えを頼んだから、もう大丈夫ですよ」


「ありがとうございます、マキさん」


 ようやくジョニーはにっこりと笑みを浮かべた。


 皆、ジョニーを囲んで、突然の闖入者である彼を見て興味津々にしている。


「迎えがくるまでお茶でもしましょう。……あ、ジョニーさんはいくつなの?」


「十七歳です」


 へぇ、大人っぽく見えるのね、と万喜はジョニーを見つめた。


「私は十六歳」


「Oh……」


 ジョニーの表情が変わる。きっとジョニーの目からは東洋人は子供みたいに見えるんだろうなと万喜は思った。


 この御殿場には外国人が作った別荘の固まっている地域がある。


 そこはアメリカ村と呼ばれていて、テニスコートやプールもあるそうだ。


「でもちょうど通りかかって良かったわ」


 琴子がそう言いながら、紅茶を持って来た。


「本当に助かりました。サイクリングをしてたら道に迷って怪我までして、どうしようかと思ってました。でも……ちょっと残念」


「なにが残念なんです?」


「明後日、富士登山の予定です。でも怪我したから」


「富士登山?」


 万喜たちは顔を見合わせた。


「それは残念ねぇ」


「……もしかしてアナタたち登ったことないですか」


「ええ、ないですけど」


 万喜がそう答えると、ジョニーは腰を抜かさんばかりに驚いていた。


「Oh, my God. すぐそこなのに? 日本人はみんな登ったことがあると思ってた」


「ええ……」


「ワタシはこの為に日本に来たようなものなのに、ついてない」


 ――富士山に登る。別荘から見える富士山を毎年見ていて、万喜はいつかは登りたいな、と思ったことはあるのだけど、実際にそれを行動に移したことはなかった。


「楽しいかしら」


「きっと楽しい。ワタシはあの聖なる富士の自然と触れてみたかった。そうだ! 君も登りなよ。登山道具なら貸します」


「わ……私?」


 万喜は富士山に登っている自分を想像してみた。


 足がくたくたになってもあの険しい山を制して、日本で一番高いところに立つ。


「素敵ね……ねぇ、皆さん富士山に登ってみない?」


「ええ、万喜さんどうしたの」


 琴子がびっくりした顔でこちらを見ている。


「なんだか……私、やってみたいと思って」


 あの山を登ったら、このふわふわして何も決められない自分にも、何か天啓のようなものが降ってくるのではないか。そんな気がする。


「いいんじゃないですかね」


 そう言ったのは雄一だった。


「実は自分も登ってみたいと思ってたんです。ただ、女の子と一緒だと厳しいかなって思っていて」


「まぁ、それなら私も登るわ」


 琴子も続いて賛成した。


 それを聞いて美鶴も体を乗り出した。


「そしたら私も登りたい! あ……清太郎さんは?」


「僕は仕事があるから明日帰るよ。……それにしても大丈夫かい?」


 清太郎は自分が付き添えないこともあってか、心配そうに万喜たちを見つめた。


「駄目だと思ったらすぐに引き返すんだよ」


「オニイサン、ワタシの雇ったガイドがいます」


「それは急に取りやめになったら向こうさんも困るし、安全のためにはいたほうがいいね」


 清太郎は一同に、再度無理をしないことを言い含めた。


「はい、絶対にいいつけは守ります」


 万喜は皆を代表して、約束は守ると誓った。


「お迎えがみえましたよー」


「はぁい」


 ちょうどそこにアメリカ村からの迎えが来た。


 皆でジョニーの歩くのを手伝ってやって、車に乗せるのを手伝った。


「マキさん」


「なぁに」


「お世話になりました。後日お礼をさせてください」


「ええ、でもまずは怪我を治して下さいね」


 ジョニーは車の窓から手を精一杯振って、アメリカ村に帰っていった。


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