第5話
そんな授業も終わり、翌日。日曜日である。琴子は朝食を終えると部屋で着替えた。
「むん! ……これでいいのかしら」
雑誌を参考に見よう見まねで作ったズロースをはく。なんとなくごわごわした感触が落ち着かない。まあ外から見えるものでもないので琴子は良しとした。そして万喜から譲ってもらった三着のうち、万喜が着ていたのに少し似たグリーンの服を選んだ。しかし髪が決まらない。万喜のような髪型にはできないし、自分には似合わない気がする。
「あとは髪……ううん、三つ編みじゃ……子供っぽい……タマ! タマ!」
「なんですか、お嬢様」
「髪が決まらないの。ほら、この少女雑誌を見て私に似合いそうなのやって」
「うーん。これでいいんでねぇですかね。お下げで」
「子供みたいでしょ!」
「したら、この三つ編みをぐるっと外巻きにしますよ」
朝からドタバタと仕度をして、ようやく琴子は身支度を終えた。
「それじゃいってきまーす!」
「やれやれ……騒がしいことだ」
琴子が意気揚々と出かけていったあと、清太郎はうんと伸びをした。
「坊ちゃまはお出かけにならないので」
「僕は読みたい本があるから」
「……そうですか」
呑気な顔をしている清太郎と、元気に出かけて行った琴子を見比べて、タマは心の中でため息をそっとついた。タマもまた、清太郎の見張りをしろと、主人から言われていたのである。
「どちらかというと見張りが必要なのは琴子お嬢様のほうだべ……」
そんなタマの嘆きは誰にも聞かれずに、消えて行った。
「おまたせーっ!」
「やあやあ」
息せき切って現われた琴子を万喜の家の前で出迎えたのは美鶴だった。そんな美鶴は体にぴったりした三つ揃いのスーツ姿だ。
「あら……この間のお洋服は?」
「うーん……私はやっぱりこっちの方がいい」
「そうですか。でもスーツ姿もお似合いだわ」
「だろう?」
美鶴は帽子を斜めに被ってポーズを決めて見せた。その姿に琴子が無心に拍手を送っていた時だった。家の門の前で、悲鳴のような声が聞こえた。
「まぁーっ!」
「万喜さん」
「琴子さん……なんでおかわいらしい……西洋人形みたいじゃありませんか」
「うふふ……えへへ……」
そう言いながら出てきた万喜は桃色の洋服に帽子を被って首元には真珠のネックレスをあしらっている。琴子は本当に同級生かしら、と心の内で思った。
「都電に乗ってもいいけど、今日はうちの自動車で参りましょう」
万喜の指す方を見ると、そこには黒光りする自動車と、白手袋のキリッとした運転手がいた。
「まぁ!」
「今日はお買い物もするし、人も多いから……」
三人は万喜の家の自家用車に乗ると、銀座に向かった。
「さあて、あれが皇居よ」
途中、万喜が指を指した先には石垣と緑がお堀の中心にあった。
「まあ……あそこに陛下がお住まいなのね」
やがて、車は洋風のビルディングの間を抜けて、銀座へとたどり着いた。
「ほら、沢山デパートがあるわ」
「わあ……」
「この辺で降りましょうか」
三人は車を降りると、ふらふらとデパートの店先を冷やかして歩く。
「琴子は何か欲しいものはないの?」
「あ……ええと、ペンと便せんが欲しいわ。郷里のお友達に素敵な便せんで手紙を書きたいの」
「じゃあこっちだ」
美鶴の先導で、大きな文具店に来た琴子は目を見張った。
「こ、こんなにいっぱいあるなんて……」
「私の家はここの便せんを愛用しているんだ。ひっかかりが無くて良いよ」
「ど、どれにしようかしら……あ、絵はがき!」
琴子は落ち着きなく店内をうろうろキョロキョロと歩き回った。手にした絵はがきはモダンな美人画や銀座の街なみ、浅草の十二階などである。
「浅草も今度行ってみたいわ」
「そうか、じゃあオペラでも見に行こう」
「オペラ!」
琴子はお財布の中身を確かめながら、絵はがきと便せん、封筒と美鶴も使っているというペンを買った。
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