第8話

琴子がギロリとそちらを見ると、学生風の男子が三人こちらを見ながら聞こえよがしにそんなことを言っていた。


「いやいや、一人は妹だろう」


「子守の最中か。はっはっは」


 誰に子守が要るというのか。まあ十中八九自分だろう、と思った琴子はばっと立ち上がった。……が、その前にその三人の前に向かったのは美鶴だった。


「あいにくここにいるのは女性三人だよ、諸君」


「な、な……女……」


「貴公らが勘違いするのも無理ないけどね、私は君たちよりよっぽど男ぶりがいいみたいだから」


「くそ、黙って聞いていれば……」


 学生の一人が立ち上がった。


「どうするんだい? 殴る?」


「ぐぬぬ……」


 男のなりをしていても美しい女の顔をはたくのを男子学生が躊躇している間に、琴子はダーッとその男の側に駆けていってその脛を蹴り上げた。


「痛いっ! こら何すんだガキ!」


「ガキじゃありません。私は天野琴子! れっきとした十五歳です!」


「じゅ、十五歳……?」


「何か!? 問題でも!?」


 相手がきょとんとした顔でこちらを見てくるものだから、さらに琴子の頭に血が上った。


「なんですの、自分らがむさくるしい男連れだからって! ぶつぶつ悪口たたくなんて!」


「そうよねぇ」


 気が付くと万喜もいつの間にか琴子の後ろについて行った。


「私の信望者にするにはかわいらしさが足りないわ。デートするなら修行し直してらっしゃい」


 なにげに一番万喜がひどい事を言っている気がする。この騒ぎが一体どうなるのか、周りのお客もじっと様子を見ていた。その時だった。


「もうおやめなさい」


 そう言って、間に一人の男性が入って来た。三人組の学生のうち、ずっと黙っていた一人だ。そしてポコポコと連れの男子学生の頭をはたいた。


「品性のない言動をしたのはお前らだ。このお嬢様がたにお謝りなさい」


「う……」


 その学生に叱られた学生はふたりとも揃って琴子達三人に向かって頭を下げた。


「すまんかった」


「……謝ってくれたのならいいわ」


 琴子はふんと鼻を鳴らした。そしてふたりを叱ってくれた学生を見る。年頃からして同じ位かちょっと上か。といっても高等学校ぐらいといったところだろう。整った顔だちをしている。だが兄の清太郎のような柔和な顔ではなくきりりとした武者人形のような印象の男だった。


「あなた、ありがとう」


「いえ……俺は北原雄一。東都高等学校の一年生。このふたりはキレイなお嬢さんを見てつい舞い上がって口を滑らせたんだと思う」


「まあ……あの、その……」


「これ以上なにかあれば、つれてきた俺に文句をくれ」


 潔くそう言う雄一に、琴子も連れのふたりもすっかり毒気を抜かれた。


「あの、もう大丈夫です。私も悪かったわ。いきなり蹴り上げたりして」


 琴子も弁慶の泣き所が痛いのを分かっていてそこを狙ったのを謝った。


「……それでは、失礼する」


 そうして、雄一は連れのふたりを引き摺るようにしてカフェーから出て行った。


「はー……、大した殿方もいるものね」


 万喜はその後ろ姿を見送りながらそう言った。琴子も婦女子にたいしてああした態度を取れる人がいるんだ、と少し感心した。啖呵を切った後だからかもしれないが、雄一は一度も琴子を子供扱いしなかったのだ。


「なんか、ごめんなさいね。騒がしくって」


 帰りの車の隣で、万喜が申し訳無さそうに琴子に言った。


「いえ、とっても楽しかったわ。私一人じゃ入る勇気の出なかったところばかりだったもの。……今度は浅草にも行ってみたいわ」


「ええ、ええ。きっと行きましょうね」


 にこっと万喜は微笑んだ。そうすると万喜の頬にはえくぼが浮かんで、年相応の感じになる。琴子は万喜のこの笑顔が好きだった。


「じゃあ、万喜さん、美鶴さん。また明日……学校で会いましょう」


「ええまたね」


「気を付けて帰るんだよ」


 二人と別れた琴子は、今日買ったものを胸に抱きしめながら、家へと急いだ。


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