第7話

 それから三人は再び銀座をそぞろ歩く。沢山の人々、レンガの道にアーケード。琴子にとってはどれも初めて見る景色で、ただ歩いているだけでも楽しい。道行く人の多くは着物だが、洋装の人も多い。


「あ、かわいいピン」


 今度はデパートに入り込んで、色々と見ていると琴子はふとガラスケースの前で足を止めた。


「マーガレットのヘアピンですのね。琴子さんにお似合いよ」


「私、これ買います」


 せっかく銀座まで来たのだ。なにかおしゃれなもののひとつは買いたかった琴子はそのピンを買う事にした。お会計を済ませると、今度は万喜がこんなことを言いだした。


「あっ私、お化粧水を買わなければなのだわ。私はいつもあっちで買いますの」


「お化粧品……」


「琴子さんは?」


「いえ、私はまったく……」


「まあ! それでそんなにつやつやなんて羨ましいわ」


 万喜もまた物欲を刺激されて足を止めたので、三人は化粧品売り場に入る。甘いような粉っぽいような不思議な匂いが充満している。


「化粧水と……あ、口紅も」


「く、口紅……」


「うふふふ……琴子さんもどう?」


「いえ、私は……」


 そしてまた、しこたま買い込んだ万喜。車は少々遠くに待たせてあるので、美鶴が半分荷物持ちをやらされた。


「やはり、ひらひらのドレスで来なくて正解だった」


「なにかいいまして?」


「なーんでも」


 少々不服そうな美鶴を無視して、化粧品店を出ると万喜は両手を叩いて琴子に言った。


「さーて、それでは……カフェーに入りましょう!」


「カフェー」


「喉も乾いたし……コーヒーでも飲みましょう」


「銀座でコーヒー……」


 琴子にとってそれは兄、清太郎からの手紙に自慢げに書いてあった銀座の風物詩である。こうして自分が体験することになるとは、と思った。と、同時に不安が頭をもたげる。


「大丈夫、かっ、かしら……」


「あーら、現代女性たるものカフェーくらい、なんですか」


「これぞ大正デモクラシーってね。ははは」


 しかし連れ二人はまったく臆することがない。琴子は意を決して二人についてくことにした。


 三人は面から見て、女性客もいるのを確認して適当なカフェーに入った。席に通されて琴子は借りて来た猫のようにちょこんと座る。


「あら、ここの女給は美々しいわ。覚えておきましょ」


「万喜さん……」


「言ったでしょ。私、かわいいものが好きなの」


 万喜の中のかわいいの基準が少々謎である。


「さて、私はコーヒーだな」


「わっ、わたしも!」


 琴子がさっそく美鶴のマネをしてコーヒーを頼もうとすると、すっと美鶴はメニュー表を手で隠した。


「琴子、コーヒーを飲んだことは?」


「ないわ」


「じゃあ、こっちのソーダーフロートにしておきなよ。苦いよ」


「そうねぇ」


「子供あつかいしないでください」


「私もソーダーにするわ」


「味見なら私のを一口あげるから、ね」


 あんまり万喜と美鶴がそう言うので、琴子はしぶしぶそれに従った。そしてやがて注文がやって来ると、早速美鶴のコーヒーを一口貰う。


「う……ぺぺっ。苦い!」


「……やっぱりね」


「私はこっちの方がいいわ……うふふ……アイスクームが乗ってるのね」


 甘くとろけるアイスクームと琥珀みたいな爽やかなソーダ。どっちも琴子は大好きだ。悔しいけれど、美鶴の判断は正解だった。コーヒーは……少々訓練のいる飲み物だったらしい。琴子がそう思いながらぱくりとアイスクームをすくって口に入れた時だった。


「おやぁ、二人も女連れでカフェーでお茶なんて優雅なぼっちゃんがいるぞ」


 そんな野太い声が聞こえてきた。

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