閑話 文学少女

 今日も放課後に三人は甘味処の三つ葉に向かっていた。


 その道すがら、琴子はそわそわとある方向を向いている。


「ごめんなさいね、ちょっと寄り道!」


 そう言って入ったのは書店だった。


「なにを買ったんだい?」


 美鶴が琴子の手元をのぞき込むと、琴子はきらきらした目をして紙袋から雑誌を取り出した。


「少女雑誌よ。『少女の唄』。私、毎号買っているの。早く読みたいから急ぎましょ!」


「おっとっと、待って待って」


 駆けだした。


「琴子さん、そんなに急がなくっても雑誌は逃げやしないわよ」


「いいから早く」


 琴子がなぜそんなに急ぐのか分からないまま、美鶴と万喜はその後を追いかけた。


「ハーさん、こんにちは」


「ああら、いらっしゃい」


 三つ葉に入ると、ハーさんが空いている席に座って新聞を広げている。


「私、おしるこね」


 そう言って琴子は席に着くと、ばっと「少女の唄」を広げて読み出した。


「琴子ったら」


 遅れてすぐに美鶴と万喜も三つ葉にやって来た。


「私はみつ豆、万喜は?」


「うーんと、同じにするわ」


「はいよ」


 ハーさんは注文を聞いて席を立つと、くるりと二人の方を見る。


「ところでコトちゃんはどうしたの?」


「それがわからないの。ね、琴子さん、どうしちゃったの」


 万喜が琴子をのぞき込んだ瞬間、琴子は雑誌に頭を伏せて深く深くため息をついた。


「はぁー。駄目だったわ」


「どうしたの、琴子さん」


「あのね、万喜さん。これよ、これ」


 琴子は顔を上げると、トントンと開いているページを指さした。


 そこには「詩の集い」とかいたコーナーがあり、いくつかの詩が挿絵と共に掲載されていた。


「もしかして琴子、詩の投稿をしているの?」


「そうなのよ、美鶴さん。これがなかなか難しくて……今号も駄目だったわ」


 琴子は雑誌を抱きしめて、ふうとため息をついた。


「琴子さんは詩が好きなの?」


 万喜は琴子の手から「少女の唄」を取ってパラパラとページをめくる。


「ええ、好きよ。でもそれだけじゃないの。ほら見て。挿絵が高田玄鳥先生なの」


「あの人気の。新作のポストカードがすぐ売り切れになる作家さんよね」


「そう。入賞したら自分の詩をイメージした挿絵を描いて貰えるのよ。素敵じゃない」


 琴子は万喜から雑誌を奪い返して、再び詩のページを開いた。繊細な百合や可愛らしい小鳥、物憂げな少女のイラストと指先でなぞり、いいなぁとつぶやく。


「私、才能ないのかしら……」


 すると残念そうにしている琴子の手を万喜が掴んだ。


「そんなことないわ」


「私の詩、読んだことないじゃない」


 琴子が指摘すると、万喜ははっとした顔をした。


「あ……そっか。じゃ、琴子さんが入賞できるように手伝うわ」


「えっ、ほんと?」


「ほんとのほんとよ」


 万喜はにっこり笑って琴子に小指を差し出す。琴子は嬉しそうにその指に指を絡ませた。


「いいのかな、安請け合いして」


 美鶴はその様子を見て、心配そうに二人を見つめた。




「うう~ん」


 家に帰った琴子は鉛筆を握りしめて机に向かう。


 少し考えて「少女の唄」を開き、また机に向かう。


「難しいわ……」


 考えても考えても、いい題材が思いつかない。琴子は悔しくて奥歯を噛みしめた。


「もう!」


「お嬢様、お風呂入ってくださいな」


 なのに、琴子が偉大なる芸術に挑戦しているところにタマが気の抜けた声で声をかけてくる。


「分かってるわよ、タマ」


 琴子はがりがりと頭を掻くと、さっぱりする為に風呂へと向かった。




「おはようございます」


「おはよう!」


 翌朝。女学生たちが挨拶を交わす通学路。ところがそこをとぼとぼと情けない足取りで歩いているのは琴子である。


「ああら、浮かない顔。詩作は難航しているのかしら」


「万喜さん……そうなの、ちょっと昨夜は根を詰めてしまったわ」


 それを聞くと万喜は「無理をしないで」とキャンディーをくれた。


「ん……甘い。頑張ろう」


 そう奮起した琴子だったのだが、翌日も翌々日も詩は一向に出来上がらなかった。


「ああ……もう私駄目かも……」


 いつもの放課後の三つ葉にて。琴子は頭を抱えていた。


「あら大丈夫? お茶おかわりする?」


「いいの万喜さん……私にそんな資格はないわ」


「お茶を飲む資格がないって……」


 琴子の自己評価がみじんこみたいになっているのを見て、万喜はびっくりして声を上げた。


「だってこれを見て?」


 琴子は帳面を取りだして美鶴と万喜に見せた。


 二人はそっと恐る恐るそれをのぞき込む。


「ひ……ひよこはピヨピヨ」


「あひるは……ガアガア?」


 美鶴と万喜は顔を見合わせた。これは確かにひどい、どう声をかけたらいいのか、そう思って琴子を見た。


「こんなんじゃなかったの。そりゃ、拙かったかもしれないけど、こんなにひどくはなかったわ」


「どうしちゃったの、琴子さん」


「それが……いい詩を書こう書こうと思うと、変に力が入ってしまって」


 琴子は悔しそうにそう言って、下唇を噛みしめた。


「あらぁ……」


 ふざけている訳ではなく本気で言っているのだと察した二人は目を合わせた。


「琴子、聞いて」


 そこで声をかけたのは美鶴だった。


「そりゃ入賞したらかっこいいし気分もいいだろうけど、琴子が楽しく詩を書ける方が大事なんじゃないかな」


「楽しく……そうね、近頃楽しくなかったわ」


「そうだろう。その結果載ったら万々歳。そう考えようよ」


「そうよそうよ」


 二人にそう励まされて、琴子はちょっと恥ずかしそうに笑った。


「ええ、ありがとうふたりとも」




 それからしばらくたって、「少女の唄」の最新号が出た。


「早く早く!」


 三人はばたばた足音を立てて書店に駆け込んだ。そして最新号の雑誌を買って三つ葉へと向かう。


「どうかしら……」


 あれから琴子は肩の力が抜けたのか、思い通りの詩が書けて投稿することができたのだ。


「うーん」


 三人は息を飲んで紙面を見つめる。


「やっぱ駄目かぁ」


 琴子の今月のチャレンジはまた花散ったらしい。


「残念だったね」


「ええ美鶴さん。でもね、楽しく書けたからそれでいいわ」


「それはよかった」


 琴子と美鶴が笑顔を浮かべた瞬間、万喜が「えっ」という声を出した。


「どうしたの万喜、変な声だして」


「ええ~と……」


 万喜は少々気まずそうに雑誌を指さした。


「ここに私の投稿が載ってるの」


「何々……『女学生今様』」


 それはアンケートコーナーだった。


 万喜は鈴蘭という筆名で、万喜の横顔の写真が載っていた。


「わぁ、恥ずかしい」


「ずるいわ万喜さんばっかり!」


「やかましいよ。静かにしなよ二人とも!」


 ハーさんはかしましい女学生三人の様子を微笑ましく見守っていた。


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