第5話

 続いて第三戦。美鶴と雄一の試合がはじまった。


 トントン、とボールを刎ねさせて美鶴は雄一の前に立った。


「よろしくお願いします」


「ええ、こちらこそ」


 サーブは美鶴になった。まずは一球を打ち込む。


「よっと!」


 軽やかに雄一はそれを打ち返し、美鶴もまたそのボールを打ち返した。


「二人とも上手いわね、琴子さん」


「ええ、運動が得意なのね」


 長く続くラリーに、万喜と琴子は感心した。


「ねぇ、お兄様。どっちが勝つかしら」


「さぁね」


「あら、最後の勝負はお兄様と勝負になるのよ」


 まるで他人事みたいに、と琴子がよそ見をした瞬間、雄一の打ち返した球が美鶴のコートに叩き付けられた。


「ああっ! 美鶴さん、惜しい!」


 万喜は紙に十五、と書き込む。


 先に点をとったのは雄一だった。


「うーん」


「なにを変な声を出しているの、琴子さん」


「この後……どっちが勝ってもお兄様と勝負するのかと思ったら変な気分」


 琴子はどっちを応援したらいいかわからない、と首をすくめる。


 そうこうしているうちに、また試合が始まった。


「今度は一本とります」


「やれるものならどうぞ!」


 宙に浮いたボールがパン、と音を立てて打ち込まれる。


 再びラリーが始まった。


「どっちも頑張ってー、お兄様をやっつけてー!」


「はらはらするわね。頑張れー!」」


 琴子と万喜も二人に声援を浴びせた。


 そんな試合の結果は――美鶴の負けだった。


 あれから二本取り返したものの、雄一はすぐに巻き返し、雄一が勝利した。


「ああ、くやしい」


 ぼやきながら戻ってきた美鶴を万喜は慰める。


「いい試合だったわよ」


「あんがと」


 さて、これで清太郎と最後の勝負をするのは雄一に決まった。




「さぁて!」


 それまで静かにしていた清太郎が突然立ち上がり、ぐるぐると腕を回した。


「雄一くん、勝負しようか」


「ええ、よろしくお願いします」


 二人はラケットを構えた。サーブは雄一だ。


「よっ」


「いいねぇ」


 余裕たっぷりに清太郎はボールを打ち返す。


「ところで雄一くん、卒業後は大学に行くんだよね」


「はい、私立大学に」


「その間、琴子はどうするつもりだい」


「それは琴子さんの意向に沿おうかな……と」


 話しながら、二人の間にラリーが続いていく。


「もし、その間に琴子より惚れた女ができたらどうするのかな」


「えっ?」


 その瞬間、雄一の足下をボールがすり抜けていった。


「ああっ」


「油断大敵だよ、雄一くん」


 清太郎はにやっと笑った。


 そのふざけた態度に琴子が怒り出す。


「ちょっと、お兄様ちゃんとやって!」


「叱られてしまったな」


 だが清太郎はその叱責の声を軽く聞き流すと、ゆったりとコートでラケットを構えた。


「さて、雄一くんかかっておいで」


「……はい」


 雄一はトン、と軽くサーブを打ち込む。


 清太郎はその球を捉えると、剛速球を雄一に返した。


「な……」


「ちゃんとやったよ。な! 琴子、これでいいだろう!」


「手加減してたんですね、清太郎さん」


「未来の義弟くんに失礼はできないだろう?」


 そう清太郎が返すと、まっすぐな性根の雄一はむっとした顔をした。


「そういう配慮は結構です」


「そうか、じゃあ遠慮なく」


 にっと笑った清太郎だったが、その目は全く笑ってなかった――。




「うう……」


「大丈夫、雄一さん」


「やっぱ強いね、清太郎さんは。さすが経験者だ」


 汗みどろになった雄一は息を荒くしている。一方で、清太郎は何事もなかったかのようだ。


 試合結果は清太郎の圧勝。


 ラインぎりぎりに打ち込まれるボールに雄一は翻弄され、大きく調子を乱された。


「雄一くんは筋がいいよ。今度休みに教えてあげる」


「はは……お願いします」


 清太郎に手を差し伸べられて、雄一は複雑な顔をしてその手を握り返した。

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