第10話 魔物とは

 「こりゃひでぇ」


 地上に出たが木の根だらけでボロボロだ。綺麗だった校舎が見る影もない。


 「ボクはとりあえず生存者探すけど、君はどうする?」

 「ご主人様でも探すかね。それか同僚だな。どこいるかわかるか?」

 「生きてるなら武器庫に行くんじゃないかなぁ。ちなあっちにある」

 「助かる。それじゃまたな」


 トゥルナと別れて武器庫があるという方向へと歩き出した。あいつなら1人でも大丈夫だと思う。それよりもアネラとニナだ。主人と同僚だし死んでもらっては困る。まず2人を回収する。

 この攻撃をしてきた魔物については……どうしたものか。


 「めんどくせぇな」


 正直なところ、オレを殺しにきたわけじゃないのなら別に戦う必要性がない。こんな大規模な攻撃を仕掛けてくるんだからどうせ厄介なA級だ。ワルキューレに任せる方が賢明だろうな。


 「魔物と……生き残り」


 正面から走ってくる気配が複数。一つは人間だと思われる。終われているようだ。少しして生き残りの姿が見えた。


 「ディナンか」

 「お前……!」


 生き残りはディナンだったらしい。背後から4体の魔物が追ってきている。四足歩行の人型だ。おそらくC級以下。大した相手ではないはずだ。

 銃型の魔器も持っているようだし、ディナンぐらいの実力があれば十分対処できると思うが、何かトラブルでもあったのかもしれない。

 知らない人間ではないし、一応助けてやろう。


 「……! 待て! そいつらに何もするな!」

 「は? て、うおっ!?」


 なぜか手を引っ張れて一緒に走って逃げる形になった。


 「なんなんだ? あれぐらいなら殺せるだろ」


 わけがわからない。なんでそんな必死に逃げる必要があるんだ?


 「人間なんだ!!」

 「は?」

 「あれは元々人間だったんだよ! 信じられないかもしれないけど、急に魔物になったんだ!! だから何もするな!」


 魔物になった。確かにそう言った。

 4人ということは、初めて会った時にディナンの後ろにいた奴らかもしれないな。

 なるほど。それなら躊躇っているのにも納得できる。


 「何もしなかったら殺されるだけだぞ」

 「だから逃げてるんだよ!」

 「ずっとか?」

 「地下にいる白衣の女のところに行く。ずっと地下にこもって研究してるんだ。あいつなら元に戻せる方法を知ってるかもしれない!」


 トゥルナのことだろう。けど無意味だ。多分連れてったところであいつが興奮するだけに終わると思われる。


 「やらないならオレがやる」

 「あ、待て!」


 掴まれていた手を振り解いて、迫ってくる魔物の方へ体を向けた。そして、たった一言だけ言葉を発する。


 「やめ──」

 「死ね」


 勢いよく追ってきていた魔物は突然その場に倒れて動かなくなった。終わりだ。


 「あ、あぁ……。みん、な……?」


 ディナンは力無い足取りで転がった魔物の死体に近づいていった。


 「もう死んでる。それよりお前は早くここから避難しろ。出てきたのは多分A級相当だ。学校の敷地内から出れば少なくも巻き込まれないからさっさと……」

 「なんで!!」

 「あ?」

 「なんで、殺したんだよ!」

 「魔物だからだ」


 それ以上もそれ以下もない。この4体はただの魔物だった。だから殺した。あまりにも簡単な話だ。難しいところなんて一つもない。


 「人間だったんだよ!! まだ……まだ、助けられたかもしれないのに……!」

 「無理だ。助けられなかった」

 「お前に何がわかるんだよ!」


 向けられたのは怒り、憎悪。まあそんなところだろう。攻撃的な目をしている。持ってる銃をオレに向けてきてもおかしくない。


 「……大してわかんねぇよ。でも、そいつらがどうやって魔物になったのかはわかるぞ。体の穴という穴から出血して、腹が裂けてそこから臓器が全部外に出て、毛が全て抜け落ちて、肌がボロボロ剥がれて真っ黒になって、結果ああなった。そうだろ?」

 「…………」

 「教えてやるよ。魔物になったやつが元に戻る方法なんてない。絶対にな。なったらなったままだ。殺す以外に選択肢はない」


 そこに嘘はない。全て真実。


 「なんなん、だよ……。どうして、どうして人間が魔物になるんだよぉ……!! なぁ!? なんか知ってんだろ!」

 「どうして……どうして、か」


 胸ぐらを掴まれた。なぜオレが責められてるような形なのかはよくわからないけど、まあいいや。死ぬわけじゃない。


 「生き物は器と魂で構成されてる。魂を抜き取ってその代わりとして器の中に魂もどき──魔核をぶちこんで出来上がるのが魔物だ。これでいいか?」


 要望通り説明をしてやった。一般には知られていない事実のはずだ。


 「は……? じゃあ、私たちが殺してたのは人間なのか……?」

 「生物だって言ったろ。人間とは限らねぇよ。まあ人間かもしれないけどな」


 どんな生物であれ、死ねば魂と器は分離する。つまりは誰もが魔物になる可能性がある。魔物はいわば生物の成れの果てだ。とはいえ魔核という魂もどきが、勝手に空の器の中に出来上がるようなことはそうそうない。ただの器が魔物になる可能性はかなり低いものと言ってもいい。


 「もう、意味がわからない……」

 「わかる必要なんてねぇよ。わかったところで意味があるわけでもない」

 「私は……」


 ディナンはその場に頽れた。

 自分の行動に対して浮かんだ疑問、親しい者を失った悲しみ。その気持ちは理解できなくもない。けどそれよりも自分の命を優先するべきだ。


 「その感情を抱えたまま死んだら最悪だぞ。とりあえずさっさとここから離れ──」


 そこで口を閉じて屈んだ。直後オレの頭上を何かが通過する。


 「次から次へとなんなんだ」

 「ありゃ、よく避けたねー」


 背後から殺意を感じ取って屈んだわけだが、振り向いてオレの視界に映ったのは赤い刃の戦斧を持ったニナだった。どうやらオレの頭上を通ったのは戦斧だったようだ。危うく頭がどっかいくところだった。


 「ニナかよ。なんのつもりだ」

 「いよいよノアっちが本性現してワルキューレの皆に攻撃仕掛けたのかと思ったんだけど、もしかして違った?」

 「違う。無関係だ」

 「そっか。ならごめんねー! 普通に殺そうとしちゃった」

 「お前な、そういうのは先に確認しろよ。下手したらオレの首が飛んでたぞ」

 「えー、でも不意打ちが一番殺しやすいよ?」

 「まあそれはそうだな」


 どちらにせよ死にはしなかっただろうが、やっぱりトゥルナほどではないにしろニナも底が見えないな。オレを殺すことにも躊躇いはなさそうだし、見た目通りのただの明るい奴って感じではないらしい。


 「ノアっちはこれからどうするつもり?」

 「一応アネラを探すつもりだ」

 「お、意外。ちゃんとご主人様だって思ってるんだ」

 「バカ言うな。あいつがいなくなるとオレも困る」


 今の結構充実した生活がなくなるのは勘弁してほしい。それを回避するためにもオレはアネラを探す必要がある。


 「ちょうどいいからお前はそいつ運んでくれ」


 アネラはオレ1人で十分だ。ディナンはニナに任せよう。


 「いいけど、ディナンちゃんどしたの? 最初ノアっちがなんかやったんだと思ってたけど、違うんでしょ?」

 「説明が面倒だ。とにかく運んどいてくれ。そのままにしとくと死にかねない」

 「はいはーい。お任せあれ。一応言っておくと武器庫にはアネラちゃんいないっぽかったよ。いるなら上かなぁ」

 「助かる」


 オレに意識を向けてるか魔力を常時放出してるなら話は簡単なんだが、普通の人間の感知はオレにはできないからな。ニナの言う通り上の階を探しに行こう。


 「ディナン。また後でな」


 オレは上に向かった。


 

******

 


 「なんですか、これは」


 突然天井を突き破って襲ってきた木の根。私も叔母さまも回避はできたけど、結構寸前になった。もし他の生徒たちの方にも攻撃がいっているのなら……まずいことになっているかもしれない。


 「魔物による攻撃、でしょうね。……どれほど犠牲が出てくるかわかりません。アネラ、あなたの魔器の使用許可を出します。今すぐ取りに行ってください」

 「叔母さまは?」

 「私は本部に連絡を。サイレンが鳴っていないということはおそらくなんらかの異常事態です。早急に救援を求める必要があります」


 相変わらず判断が早い。本当に頼りになる人だ。ずっと頼ってもいるわけにもいかないが、頼れるうちは頼ろう。そして今は私にやれることをやる。


 「ダメダメダメ」

 「……!?」


 張った木の根が男の声と共に変化し始めた。間も無く出来上がったのは黒い人の形。おそらく攻撃を仕掛けてきた魔物の本体だ。


 「どうも、こんにちは」


 発しているのは流暢な人間の言葉。まず間違いなく高い知性を持っている。


 「んー、あいさつは返さないと嫌われちゃいますよ?」

 「目的はなんですか?」


 叔母さまの問い。それに対して、魔物は木でできた顔の口角を上げた。


 「あなた方ワルキューレを殺すことです。そして運が良かったようなので回収も」

 「…………」

 「あれ、何を回収しに来たかは聞かないのですか?」

 「大体察しはつきます」


 考えられる可能性は2つ。けれど、タイミングを考えると彼以外にあり得ない。


 「残念残念。でもまあそれはよしとして、とりあえず一つ目の仕事を達成しましょう」


 B級の銃型魔器を取り出す。おそらくこの魔物はA級だろうけれど、手持ちはこれだけだ。やるしかない。せめて時間を稼ぐんだ。そうすればニナかトゥルナが来てくれる。彼女たちなら私よりもA級の相手ができる──


 「はい、さようなら」

 「アネラ!!」


 私を呼ぶ声が聞こえた。その瞬間、私の視界は傾いていて、赤色が舞った。

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