第22話 不安

 「はい、てなわけで今日は終わり。お疲れさん。帰ってもらっていいぞ」


 今日の授業は全て終わった。生徒たちは帰れる。んでもってオレも解放される。


 「……あー、でもボレアスから来た生徒は残れ」


 というわけでボレアス学園から来た15人以外のは下校させた。残された奴らは不安か不満のどちらかを表情に表している。


 「なんで私たちは残されたんでしょうか」


 と、まず口を開いたのは今朝スヴィが出て行った後に授業の開始を促してきた生徒だ。

 名前はマノー・ファルブァフリン。D級だ。


 「んー、オレのご主人様が心配性でな。端的に言うと、ちょっとお前らに聞きたいことができたんだ。あぁ、ご主人様ってのは今のこの学園の学園長な」

 「何が聞きたいんですか?」

 「20人。退学したボレアス学園の生徒たちの数。21人。退学しなかった生徒たちの数。お前らは後者のうちの15人。つまりは残った者たちなわけだ」


 21のうちの半数以上がここにいる。


 「お前らはなんで残ったんだ?」


 こいつらの精神状態がどうだろうがオレからしてやれることはおそらくないだろう。だからこの質問をした理由は正直なところただ興味があるからだ。

 こいつらの中にC級以上はいない。一年だからそんなものなんだろうが、それが15人もいる。経験の多い二年には2人、三年には4人だけだというのに、だ。

 さらに言えば退学した生徒たちはほぼ二、三年だったらしい。要するに生き残った一年は退学という選択をほとんど取らなかった。

その理由が純粋に気になる。


 「なんで20人みたいに挫折しなかった?」

 「……私たちのクラスはいなかったんです」


 答えたのはマノーとは別の生徒だった。D級のムゥ・ナン。


 「その場にか?」

 「そうです。私たちは同級生や先輩たちがどうやって殺されたのかを見ていません。学園の外にいたんです」

 「なんで?」

 「実物の魔物の狩り方ってのを見に行ってたんだよ。第四階層支部までな」


 そう言ったのは……もういいや、名前は。めんどくさい。


 「校外学習って奴か。なるほどな。合点がいった」


 心が折れるというそもそもの要因がないわけだ。


 「んじゃ気にしないでくれ。なんか心に傷負ってたり、悩みがあるか気になっただけだ。ないならもう帰っていいぞ」


 気にする必要はなかったらしい。オレも帰ろ……と思ったけど、誰も席を立たない。


 「あの、先生」

 「どした?」

 「魔物は、やはり恐ろしい存在なんですか?」


 ムゥの問いだ。


 「そりゃ人間から見たら恐ろしいだろ。襲ってくるんだからな」

 「あ、いや、すみません。し、質問が悪かったです。恐ろしい、とは思ってるんです。私も。ここにいるみんなも、多分」

 「それで?」

 「この恐怖心は、きっと先輩たちも持っていたものだと思います。でも先輩たちはこれを持ったままワルキューレとして私たちより先へと進んでいった人たちです。実力だけでなく、精神的にも私たちよりも上で、尊敬できるぐらい皆さん強かったです。……その先輩たちが、みんな辞めた。もう無理だと、みんな言っていました。……それほど、恐ろしいんですか?」


 こいつらは襲撃に遭っていない。だからわからない。どうして20人がワルキューレになることを辞めたのかを。

 つまるところ、こいつらが今抱えてるのは……


 「不安か? 自分たちも辞めた方がいいんじゃないかって」

 「…………はい。私たちはワルキューレとしてやっていけるんでしょうか」


 不安、ね。理解はできる。だができるだけだ。


 「わかるわけねーだろ。そいつ男だぞ」


 全くもってその通り。わかるわけがない。オレはお前らの立場にはなれないから。


 「そうだな。オレはワルキューレじゃねぇからなんとも言えん。まあやっていけるかわからないっていう疑問が浮かんでる時点で向いてない気もするけどな」

 「……確かに、そう──」

 「でも、やってみなきゃわからない」


 人間がどうなっていくかなんて予測できない。何故なら心があるから。


 「やれるかやれないかで悩むんじゃなくて、とりあえずやってみて、やれた、やれなかった、ってなった方がいいと思うぞ、オレは」

 「────」


 特に返答はなかった。


 「魔力も使えない男のただの意見だ。気にせずお前らで辞めるも辞めないも考えろ。そんじゃ今度こそ解散。また明日なー」


 オレから言ってやれることはそれだけだ。生徒たちを残してオレは教室を出た。


 「やっほー、先生」

 「……なんでいるんだ?」


 教室から廊下に出てすぐ、笑顔のスヴィがオレを迎えた。


 「自分の教室に来ることの何がおかしいです?」

 「授業出てない分際で言うなよ」

 「うふふ。もう一回先生の顔見たいなぁって思って来てみたんですよ」

 「そうか。ならもう見れたろ。帰れ」

 「えー、せっかくだからお話ししませんか〜?」

 「なにをだよ」

 「先生のことですよ〜。男の人なんて珍しいし、私が外にいたこと気づいてたみたいだし、気になるじゃないですかぁ」

 「…………」


 こいつ、なんなんだ。

 見透かしている……いや、見透かそうとしてる段階か。危険だな。

 トゥルナ然りA級は変なのが多い。厄介だ。


 「知らねぇよ。じゃあな」


 探ろうとしてきている以上、言葉を交わすのはリスクだ。無理やり去ってしまおう。


 「……先生、クラスの子達にあんな無責任なこと言ってよかったんですか?」

 「あ?」


 足が止まる。


 「悩んでるより実際にやった方がいいっていうのは理解できますけど、ワルキューレなんてやれなかったってなった時にはもう死んでますよ? 多分卒業して5年くらい経ったら15人のうち半分は死にます」

 「だろうな。死と隣り合わせなんだから」

 「わかっててとりあえずやった方がいいって言ってたんです?」

 「当たり前だろ」


 ワルキューレは結局人間だ。死ぬ時は死ぬ。死が近い環境であれば尚更死にやすい。


 「あはっ! 酷い人ですね〜」

 「何がだよ。あいつらもそんくらいわかってるだろ」

 「ふふ、どうでしょうね?」


 理解できない。本当になんなんだこいつは。オレが理解できるタイプの人間じゃない。


 「変な奴だな、お前」

 「よく言われます。でも先生もですよ? あ、もしかしたら変同士お似合いかもしれないですね、私たち。私先生のこと好きになったので付き合ってもいいですよ?」

 「嫌だ」


 童貞は卒業したいが、こんなやつで卒業するのはノアに申し訳ない。そもそもアネラのせいで卒業がいつできるかわからないが。


 「残念。気が変わったらいつでも言ってくださいね」


 笑顔でそう言ったスヴィは上機嫌な足取りで去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る