第23話 擬核

 「ノア、だ」

 「おう。大人しくしてたか」


 学園地下の研究室。黒いぶかぶかのパーカーを着て椅子に座っていたモナが、オレの姿を見つけると手を振ってきた。袖の下は手が開けないよう拘束具がつけられている。窮屈だろうが念のためなので仕方ない。


 「してた。ご褒美に、飴くれた」

 「いや、お前じゃなくてトゥルナが」


 モナは大人しい。特に誰かに迷惑をかけるとかそんな心配は微塵もしていない。オレはむしろ今日一日モナの身を心配していた。

 なにせトゥルナに預けるんだからな。


「? 大人しく、してた?」

 

 意図がよくわからなかったようで、首を傾げたモナはトゥルナに質問をそのまま流す。


 「侵害だねぇ、ノアくん。ボクが子ども相手にもあのテンションだとでも?」

 「違うのか?」

 「違くないさ。ボクはボクだからね。興奮しっぱなしだったとも」


 だと思った。こいつは自制できるような奴じゃない。


 「かわいそうに。モナ、大丈夫だったか?」

 「うん。痛いこと、されなかった。でも、トゥルナが、ずっとはぁはぁしてて、少し変だった」

 「お前の目にはあれが少しに見えるのか」


 多分一般人が見ればだいぶ変だっただろう。どちらが魔物なのか100人に聞いたら全員がトゥルナを指差すと思う。


 「ま、とりあえずそれは置いといて、興奮しっぱなしだったってことは何かあったんだな?」


 ふざけた話は終わりにして、ここからは真面目な話。


 「うん。君の時とは違ってね」


 トゥルナが正面にあるモニターの画面を指差した。そこに映し出されたのはレントゲンのような透過した人の形の画像だ。

 胸の辺りにある白い塊から、全身にかけて細い線が伸びているのが確認できる。


 「これは?」

 「生物の中を流れる魔力だけを映し出した画像。ちなみにノアくんのはこれね」


 続けて出されたのはただの人の形をしたものの画像だった。


 「何も、ない?」

 「そうだね。これが一応普通の人間の状態。この世界に生きる男性は魔力機関がないから全員これだよ。女性もワルキューレ以外は大体こうなってる」

 「私も、ワルキューレ?」

 「いんや、モナは魔物だからそもそも違うよ。とはいえこうやって写真に撮ってみるとそんなに見た目自体は変わらないんだけどね、ほら」


 そう言って出した3枚目はモナのものと同じような画像。体の大きさ的におそらくアネラのものだと思われる。


 「この塊、は?」

 「それが『魔力機関』。端的に言うと魔力を作って全身に送る場所だ。魔物の場合は魔核と呼ばれる」

 「大切?」

 「人間からしたらなくても生きることができる臓器のようなものだけど、魔物からしたら一番大切なものだねぇ。魔核にはその魔物の情報全てが詰まってるんだ。魔核がなければ魔物は存在できない」


 魔核は魔力を生み出す機関、そしてその個体の情報が全て詰まっている場所。だからこれを利用して作る魔器は魔物の力を行使することが可能になっている。


 「結局何がわかったんだ?」


 今の所モナに魔力が流れているという当然のことしかわかっていない。進展はゼロだ。


 「そうだね。そろそろ話を進めようか」


 画像が最初のモナのものに戻った。


 「このモナの画像少し気になってね、写す魔力をもっと絞ってみたんだ。それがこれ」


 新たに映し出された画像の塊と線は先ほどよりも明らかに薄い。魔力量の薄い箇所を排除したものだろう。


 「魔核が、2つになってる?」

 「よく気づいたね。飴ちゃんあげる」

 「やったー」


 ゆるいやり取りがされている中、画像に目を向けてみると確かに一つだと思っていた塊が2つ重なっているのがわかった。

 これは新しい発見だ。トゥルナのテンションが上がるのも理解できる。だがあり得ない。


 「これはね、おかしなことなんだよ。ノアくん、魔核を2つ持った魔物っている?」

 「いない」


 ペロペロキャンディをモナの口に突っ込みながらされた質問に対してオレは即答した。なぜなら断言できるからだ。


 「……ふふ。そう、いないんだ。魔核はつまり魂。魂は1つの器に対して1つだ。2つ入れてしまうとそれはもう生物じゃなくなって壊れてしまう。魔核が2つあるなんてあり得ないんだよ」

 「なんで、あるの?」

 「不思議だよねぇ。というわけで詳しく調べてみた。結論から言うとこの2つの塊のうち1つはおそらく魔核じゃない」

 「ならなんなんだ?」

 「多分これが君たちの言ってたカードってやつだと思う」


 あのカードは不自然に魔物を成長させていた。魔核に影響していたのは間違いない。となると魔核のそばにあるのはおかしな話ではない。


 「根拠は?」

 「これまでにアポストルで解析された魔核のデータを引っ張ってきて照らし合わせてみたんだけど、全ての魔核が共通で発している波長がこの魔核からは発生してなかったんだ。根拠はそれ。魔核擬きってとこかな。『擬核』とでも呼称することにしよう」


 擬核か。また妙なものが出てきたな。


 「擬核についてはどれくらいわかってる?」

 「うーん、君がきた段階で私のテンションが落ち着いてたから察していたかもしれないけれど、実はこれ以上の情報は得れてないんだよね。これより知りたいなら体から抜き出して実物を見ないと無理」

 「ワタシの、使う?」

 「一瞬考えたけどやめておいた方がいい。魔核にこれだけ近いと無理やり抜き取った時に何が起きるかわからない。最悪死ぬ可能性もある。それは嫌だろう?」

 「嫌、だ。でも、ノアが言うなら、死ぬよ?」

 「好かれてるねぇ」


 モナはオレの言うことにはなんの躊躇いもなく従う。それが好かれているからかと聞かれればそんな気はしないが、なんにせよ全く話を聞かないよりかは色々と都合はいい。けど、もう少し自分の意思を持ってもらった方がいいと思う時は多々ある。


 「ふざけんな。せっかく助けたんだから何がなんでも生きろ」

 「わかった。生きる」

 「うん。ボクもそれがいいと思う」


 こいつは生きていて許される。わざわざ殺す必要はない。


 「あとトゥルナ。これ以上探るのはやめだ」

 「あれ、いいの?」

 「思ってたよりも敵の規模が大きいってのがわかっただけでも、とりあえずは十分だ。後の詳しいことは、オレらが調べるまでもなくアポストルが先に何かしら情報を得るだろ」


 上の階層でも魔物による襲撃が起きているらしい。こうなってはアポストルも本気にならざるを得ないはずだ。


 「それに、次で終わる」

 「襲撃が?」

 「ああ。オレへのは多分な」


 オレは勘違いしていた。今回の襲撃から考えて敵の目的はあくまでアポストルだ。オレの魔核はおそらくついで。取れたら取るぐらいだと思われる。でなければ他のところに使ったA級を全てオレのところに向かわせていたはずだ。

 魔核を奪うことができず、オレから攻撃を仕掛けてくることがないと分かれば向こうも何もしてこない可能性は十分ある。


 「断言ができないなら楽観的じゃない? 君は相当価値ある存在だよ?」

 「楽観的ってのは確かに否定はできないな。もし次退けてもまた狙ってくるようだったら……まあ潰すだけだ。こっちから」


 簡単な話だ。なんにせよ次でオレの動きは決まる。


 

******

 


 「ふむ」


 擬核について、トゥルナはまだ口にしていないことがあった。

 それはあれがワルキューレの魔力機関と酷似しているということ。

 つまり擬核は人工物だ。カードという時点でそんなのはわかりきっていたことではあるが、これがわかったおかげで確定したことが一つある。


 魔物側にアポストルの技術が流れている。


 技術を盗まれたのか、誰かが提供しているのか。どちらにせよ、状況は想像以上にまずい可能性がある。

 これをノアに言わなかったのは特に彼の役に立つ情報ではなかったからだ。トゥルナの視点からしてもこれをノアに話したところでどうしようもない。報告するならアネラ以外にいない。……という理由は建前。

 ノアに言ったところで意味が薄いため優先順位は低かったのは確かだ。しかし、話さなかった実際の理由は単純に忘れていたからだ。より正確に言うならばそんなことよりも別のことで彼女の脳内はいっぱいだった。それを言うのを忘れるほどに。


 「いない……。いない、か」


 魔核を2つ持つ魔物はいない。彼は即答した。

 間違いはない。魂は2つ持てないのだから。

 魔人が存在しない理由はそこにある。既に魂を持っている人間は、魔核を取り込むことができないのだ。


 では、彼はなんだ?


 前回は何かしらの方法で魔力を検知できなかったが、魔物の力があることは戦闘を監視していたので確定している。

 つまり彼は人間でありながら、魔物の力を使うことができるのだ。

 これは間違いなくルールに反している。

 おかしいのは、それがあり得ないということを彼自身が理解しているというところ。


 「君は、まさか……」


 ノアとモナがいなくなった研究室で、トゥルナは1人笑みを浮かべていた。

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