第24話 引きこもり
「ほい、連絡事項はこれで全部だ。また後でな。今日も頑張れ」
ホームルームを終えた。今日は授業がないのでしばらく暇になる。
モナを預けてるトゥルナの研究室で時間を潰そう。
「ノアさん」
教室を出て廊下を歩いていたオレを呼び止める声があった。
「なんでいるんだ?」
声の主はアネラだ。事務的な作業が最近多いらしいから今日も学園長室にいるものかと思ったけど、予想に反して廊下で出会った。
「まさかちゃんと仕事してるか監視しにきたのか?」
「用事を済ませたついでにそうしようかと思ってましたが、どうやら終わってしまったようですね。残念です」
「見せ物じゃねぇんだ。残念がるな」
「ふふっ」
子供のように楽しそうに笑った。最近よくみる笑いだ。あの墓参りを境にアネラは完全に立ち直ったようで、精神的な心配はもう必要ない状況にある。こいつは成長している。
「というかお前は結局授業出なくていいのか? 一年だろ」
「はい。特例として卒業した扱いになっているので問題ありません」
「てことはお前もう正式にワルキューレになったのか?」
「ですね。とはいえ御三家としての役割があるので、通常のワルキューレのようにどこかのエリアに派遣されるということはありませんが」
「ほー」
御三家ってのはいろいろ融通がきいて便利そうだ。
「あぁ、そうだ。後で確認しようと思っていたんですが、ちょうどいいので今聞きます。彼女は来ていましたか?」
彼女。アネラがそう言う人物が誰なのかはすぐに思い至った。オレのクラスに在籍している生徒の一人だ。
「いや来てない」
昨日も今日も姿を見せていない。特に連絡もない。無断欠席というやつだ。
「そうですか……」
「寮にはいるんだろ?」
「そのはずです。……ところでノアさん、この後暇ですか?」
「おい」
嫌な予感がする。
「暇だったら彼女からお話を聞いてきてください」
「待て待て。まだ2日目だぞ? そんな焦る必要あるか?」
「彼女がここの寮に来てからはもう2週間経ちます。流石にそろそろ心配です」
「なら自分で行けよ」
「行きましたよ。それが用事です。ですが帰ってくださいと一言言われただけです。それ以外は何も言ってくれませんでした」
「そんなに深いのか、傷は」
「だと思います。唯一の生き残りですから。……気持ちはわかります」
襲撃された4つの学園、そのうち最も生き残りの数が少ないのは東のエウロス学園だ。生き残ったのは一人だけ。唯一の生き残り、それが今話している『彼女』だ。
「連れ出せというわけではありません。あなたは一応担任ですし、立ち直ることができる精神状態なのか知りたいんです」
「立ち直れそうになかったら?」
「別の道を勧めるだけです。ワルキューレとして戦う必要はないんです。退学していった生徒たちはワルキューレを支える裏方に回りました。彼女もそういう選択をしてもいいでしょう」
ワルキューレの活動をサポートするオペレーターだったり、アポストルの事務的な作業を行うのが裏方だそうだ。確かにそちらの方が命の危険には晒されないので安全ではある。だが根本的な解決にはなっていない。
「そもそもアポストルに関わらない生き方をさせてやることってできないのか?」
「それができたら一番いいんですが、無理ですね。ワルキューレとしての力を持っている以上、アポストルから離れることは許されません」
「望んで得た力なのか?」
「……いいえ、違いますね。彼女は私と同じ第3世代のはずですから」
「第3世代、ね」
ワルキューレの種類は3つあるそうだ。
妊娠などの人間としての機能をいくつか失う代わりに、魔力を生み出す魔力機関を体内に埋め込んだ第1世代。
機能の消失を最小限に抑えた改良型の魔力機関を移植した第2世代。
そしてその第2世代から生まれた子供たち。アネラのように魔力機関を持った状態でこの世に生まれ落ちたワルキューレを第3世代と呼ぶ。今のワルキューレはほとんどがこの第3世代らしい。
「理不尽な話だな」
第2世代までは自分の意思で力を得た者たちだが、第3世代だけは違う。彼女たちは力を持って生まれている。
望んで得た力でもないというのに、彼女たちはそれをこの世界のために使うことが確定されている。
気持ち悪い。しかし仕方なくもある。魔力なんて常人では持ち得ない力を持った人間を普通の人間のように野放しにしておくわけにもいかないからだ。
「わかった。行くだけ行ってくる」
「ええ、お願いします。話すことができなくてもあまり気にせず。今日はこれから外に出るので、結果は屋敷の方で聞かせてください」
******
アネラに言われ仕方なく学園の敷地内にある寮へと足を運んだ。初めてくる場所だが、目的地は教えてもらっているので特に迷うことなく例の生徒の部屋についた。
「カーラ・ウォンド、か」
それが目的の生徒、エウロス学園唯一の生き残りにして、今代4人目のS級ワルキューレとされている少女の名前だ。
「めんどくさ」
今の気持ちを吐き出しつつ、インターホンを鳴らした。
少し待ったが返ってくる言葉はない。案の定だ。一応魔力は感じれているので中にいるのは間違いないが、どうしたものか。
「お前のクラスの担任だ。出れるなら出てくれ」
向こうに声は聞こえてるはずだ。もう一度鳴らして声をかけてみた。が、今度も応答はない。ダメそうだな。
と、諦めかけたところで声が返ってきた。
「帰ってください……」
暗い。それに今さっきまで泣いていたような涙声だ。
「誰とも、関わりたくないです」
「ここに来てる時点でそりゃ無理だ。諦めろ」
嫌ならそもそもこんな学園に来なければいい、という単純な解決はできない。カーラは魔力機関を持って生まれた所謂第三世代と呼ばれるワルキューレで、
「嫌です」
「ガキか。少し話してくれるだけでいいから──」
「さようなら」
切られた。
「ちっ、ふざけやがって」
ついでにオレもキレた。
最も穏便な方法である対話を拒否するのならこちらにも考えがある。
ダメだというアネラの意見を、念のためだと押し切って持ってきたカードキー。この部屋の扉を開けるためのものだ。これを使って無理やり中に入る。
「え、は? お、男の人ぉ!?」」
扉を開いて奥に進む。
着いた先、明かりのない暗い部屋のベッドの上に一人の少女がいた。
部屋同様暗い雰囲気だ。幸薄い顔をしている。突然押し入ってきたオレの姿を見て怯えているようだが、そんなの知らん。
「お前の担任のノア・グランデだ。よろしく」
「あ、はい、どうも……じゃなくて! 出てってください!!」
「断る。勝手に休んでる理由を教えろ」
「お、教えたら帰ってくれますか?」
「教えろ」
「ひぃ……」
譲歩してやる気はない。聞きたいことを聞けるまでオレはここに居座る。
「だ、誰とも関わりたくないんです……!」
「そりゃ外で聞いた。その理由を言え」
「……私と関わった人は死ぬからです」
「はぁ? 何言ってんだ?」
訳のわからないことを暗い声で言い始めた。
「わ、私と関わっちゃダメなんです。だから、出ていってください……」
想定していた状態と違うな。悲しいからとかいう理由で出てこないんじゃない。繋がりを完全に拒絶している。
「安心しろ。オレは死なないから」
「え……?」
「死ねないんだ」
何言ってんだって顔だ。別に信じてもらう必要はない。話を戻す。
「それよりもう一個オレの質問に答えろ。そしたら出てってやる」
「な、なんですか……?」
「お前、今後もワルキューレとしてやってけるのか? 学園長がそこを気にしてんだ。できないならワルキューレをサポートする裏方に回してくれるそうだが、どうだ?」
「……考えさせてください」
沈黙を挟んで口にされた答えがそれだった。
別に焦る必要はないものだろう。好きなだけ考えればいい。
「わかった。また2、3日経ったら来るからそれまでに結論出しといてくれ」
「は、はい……」
「…………」
「あ、あの、えっと、何か……?」
「……いや、なんでもない。じゃあな」
部屋を出る。
去り際に部屋の様子を確認してみたが、何かおかしい。違和感があった。最初はあいつ自体から感じたのかと思ったがおそらく違う。あいつの周りの空間が何かおかしかった。あれ以上近づいてたら……やばかったかもな。
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