第25話 巨乳と眼鏡

 「いーけないんだいけないんだ。男の人が女子だけの寮に入ってるー」


 カーラのもとを離れて寮を出ると待っていたかのようにスヴィが声をかけてきた。


 「いけないのはお前だ。授業時間に好き勝手で歩いてんじゃねぇ」

 「だって授業出てもつまらないじゃないですかぁ。出なくてもいいなら先生も出ないでしょ?」

 「当然だ」

 「ほらぁ」


 授業が面白いと思ったことはない。出なくていいならそりゃ出るわけがない。


 「そんなことより〜。せーんせ!」

 「抱きつくな」


 いちいちこいつは近づいて体に触れてくる。


 「いいじゃないですか〜。先生のこと好きなんだもん」

 「だもん、じゃねぇ。ぶっ飛ばすぞ」

 「こわーい。でもそう言って何もしてこない先生好き」

 「ワルキューレにオレが何したところで無意味だろ」

 「そんなことないですよ〜。試してみます?」

 「するわけねぇだろ」


 スヴィはオレが普通じゃないことには勘付いている。あまり関わりたくはない。


 「で、何してたんです〜? あ、もしかして私の部屋探してました?! いいですよ、教えちゃいます! なんなら今から行って〜、気持ちいこと、しましょ?」


 なんて甘ったるい声を耳元で囁いてきた。

 ちょっと前までなら喜んで応じていただろうが、残念ながらご主人様からの赦しが出ていないので断る。


 「しねぇよ。ちょっと生徒に会いに行ってただけだ」

 「生徒〜? あ、もしかして例のS級の子です?」

 「ああ。……そういやお前あいつに会いたがってたな。なんでだ?」


 確か顔を見に来たとかそんなことを言ってた気がする。


 「単純に気になっただけですよ〜? 同じ学年のS級なんていないですからね〜」

 「それもそうか」


 S級はカーラで4人目になるそうだ。珍しい存在なのは間違いない。オレにとってもそうだ。どれくらいの実力なのか知らない。


 「──お、スヴィちゃんだ」


 どうやってスヴィを引き離そうかと悩みながら歩いていたところで、気の抜けたような柔らかい声が聞こえた。正面だ。


 「あ、ヒルド先輩とソグン先輩」


 いたのは眼鏡をかけた真面目そうなポニーテールと、なぜか見た目から包容力を感じる巨乳の2人組。制服を着ていることから生徒であることは間違いない。


 「こいつらは?」

 「同じノトス学園から来た3年生です。ちなみにどっちもA級ですよ〜」

 「ほー」


 ノトス学園にはA級ワルキューレが3人いて、そいつらが襲撃してきた4体の魔物を殺したと聞いている。どうやらそいつらが今ここに揃っているようだ。


 「男の人だ。ということはもしかしてその人がスヴィちゃんの言ってたノア先生?」

 「そう! 私の彼氏〜」

 「おい、テメェそんな嘘広めてんじゃねぇ」

 「あはは、嘘だよ、嘘。ちゃんと私の好きな人だって伝えてます」


 どっちにしろ余計だ。


 「初めまして。私はヒルドです。スヴィちゃんの言った通り3年生で関わる機会が少ないかもしれませんが、よろしくお願いします」

 「……ソグン」


 眼鏡の方──ソグンはこれ以上ないほど素っ気なかったが、巨乳なヒルドの方は友好的だった。見た目通りの感じだな。


 「こら、ソグンちゃん。話すときは目を見ないと! 人と関係を築く時は第一印象が大事なんだよ!」

 「む、無理。男の人と話したことないから……」


 注意をされた小声でそう言うとソグンは顔を赤らめていた。素っ気ないのは単純に恥ずかしいからだったようだ。そうなってくるとあまり今の態度は悪く感じない。

 なんだ、おかしい。A級なのにこの2人には好感を持てる。どうやらオレは認識を改めないといけないらしい。A級ワルキューレにもまともな奴がいる。


 「もう……。ごめんなさいね、先生。でもソグンちゃんは悪い子じゃないんです」

 「別になんとも思ってないから気にすんな」


 ここの階層に男はほとんどいないようだから慣れていないというのはどうしようもないだろう。そこに何か思うことはない。


 「よかった。先生が優しい人みたいで安心です。スヴィちゃんのことも任せられます」

 「めんどくさいから任せないでくれ。ひっついてきてダルい」

 「そんなこと言ってー、嬉しいくせに〜」

 「嬉しくない」


 本当に嬉しくない。だから離れてほしい。離れてくれたら少しは嬉しくなる。


 「ふふ、私たちはお邪魔なようなのでこの辺で失礼します。それでは」

 「さ、さようなら……」


 丁寧に挨拶をすると2人は寮の方へと歩いていった。

 その後ろ姿をじっとスヴィは眺める。


 「どうかしたのか?」

 「んー、あれはこれから始まるなーって」

 「何が?」

 「うーん、戦い?」

 「は? 喧嘩でもすんのか?」

 「ううん。エッチ」

 「は?」

 「エッチですよ、エッチ。女の子同士のエッチ」

 「……本当に女同士でするってあるんだな」

 「学生は男の人と関わる機会がほとんどないし、ワルキューレの間じゃ結構普通らしいですよ? 特にヒルド先輩は女好きで有名。テクニックがすごいって評判です。3年生はみんなあんあん言わされたとかなんとか」


 あの顔と雰囲気からは想像できない情報が飛び出てきた。


 「お前もやったのか?」

 「え? やってないですよ〜。興味ないし。あ、でも先生とはしてみたい!」

 「オレがしたくない」


 最悪だ。なんとかあの2人に押し付ければよかった。またスヴィと2人きりに──


 「おっと、鳴っちゃいましたね」


 幸か不幸か、サイレンが鳴り響いた。魔物が出現するらしい。いいタイミングだ。


 「教室で指示待ってろ」

 「はーい」


 スヴィが離れてくれた。ようやく自由だ。とはいえ、やることはある。移動しよう。

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