第21話 自己紹介

 時間の経過というのは早いもので、もう学園が再開する日になった。

 結局使えなくなった3つの学園から来る生徒数は、北のボレアス学園からは21人、南のノトス学園からは94人、東のエウロス学園からは1人という感じで、合計116人だそうだ。元々ノトス学園に関しては200人もいない規模だったらしいが、それにしても学園を4つ合わせて100人ちょっとというのはだいぶ少ない。

 クラスは3年に3つ、2年に2つ、1年に1つで、大体1クラス20人ほど。生き残ったのはやはり最高学年が多いようだ。

 まあだからどうしたという話ではあるが、問題はこの生徒の生き残り具合に対して教員がほとんど死んでいること。おかげでオレが駆り出されることになった。いや、なんでだよと言いたいけど、アネラ曰く他の階層でも魔物の活動が活発化していて教員の補充ができない状況にあるらしいのでまあ仕方ない。……仕方ないか?


 「話と違うんだよなぁ」


 魔物学。名前の通り魔物について教える授業。これをやれという話だった。魔物については精通しているため教えること自体はできるからなんとかなるだろう。なんて思っていたのだが、状況が変わった。

 授業を一つやればいいだけかと思っていたのに、何故か1年のクラスの担任までやらされることになった。あいつからの命令だ。命令である以上やるしかない。


 「行くか」


 時間だ。生徒たちは中にいる。オレは扉を開いて教室に入った。


 「…………」


 一斉に向けられる視線。その数は17。

 18人のクラスだと聞いていたが、どうやら1人はいないらしい。


 「なんで男の人が入ってくるんですー?」


 最前列で机に突っ伏して座っていたツインテールの生徒が、そんな当然の疑問を口にした。オレも同じ疑問を抱いている。


 「オレがお前らの担任だからだ」


 はてなマークが浮かんでそうな顔を横目に教卓まで歩く。オレも最初は同じような顔をしていたから彼女の気持ちは理解できる。


 「このクラスの担任が失踪したらしいんで、代わりに担任になったノア・グランデだ。一応この後の魔物学も教えることになってる。教員の補充があったら消えると思うけどそれまでよろしく」


 とりあえずの自己紹介を終えてすぐ、疑問を口にしていたツインテールの生徒が「はいはい」と言いながら手を挙げた。


 「なんだ?」

 「先生何歳ですかー?」


 どんなこと聞いてくるのかとちょっと身構えていたが、全然思ってたのと違う質問をしてきた。探られるたくはないが、歳ぐらいは答えてもいいだろう。


 「17だ」

 「え、わかーい! 一個上じゃないですかー」


 口にされると改めておかしな状況であることを思い知らされる。なんでオレが教師なんてやらなきゃならなならないんだ。


 「ちゃんと教えられるんですー?」

 「お前らよりかは詳しいだろうから最低限授業にはなるはずだ」

 「へー、楽しみです」

 「──なんのつもりだ?」


 冷たいものが首に当てられた。短剣型の魔器だ。持ち主はツインテール。つい数秒前まで友好的な態度だったはずが、何故か今オレの首を切る寸前のところまで来ている。


 「あれ、全然動じないですね」

 「動じないですね、じゃねぇ。なんなんだよ」

 「念のため攻撃しといた方がいいかなぁって。もし魔物だったら怖いじゃないですかぁ。先手必勝って奴です。でもここまでやっても魔力とか感じられないので杞憂でしたね。すみません」


 笑顔で謝りながら短剣をしまった。

 魔器を携帯しているということはB級以上のようだ。確かに動きは早かった。おそらくアネラよりも。もしかしたらA級の可能性もあるな。そう思いつつ、タブレットで名簿を確認する。


 「スヴィ・クエス、か?」

 「はい! そうです!」


 名簿が写真付きで助かる。すぐに名前がわかった。このツインテールはスヴィ・クエスで、一番生き残りの多かったノトス学園の生徒らしい。しかもA級だ。


 「スヴィって呼んでくださいね!」


 と、腕に抱きつくように密着しながら言ってくる。まるで幼い子供のようだ。だが明らかに表面上のものだろう。媚びてきている。そんな感じだ。


 「とりあえず席戻れ」

 「えー、嫌ですー」

 「連絡事項だとか、授業もやんねぇといけないんだよ」

 「あ、それは勝手にやっといてください。私はこの辺で」

 「はぁ?」


 さも当然であるかのように扉を開くと、スヴィはなんの躊躇いもなく教室の外に出た。


 「待て待て待て! なんで出てくんだよ!」

 「いやぁ、実は新しいS級候補だっていう子を見に来たんですけど、今日はいないみたいだし、先生の顔も見れたからもういいかなぁって」

 「いいわけあるか。学生だろ。大人しく授業受けろよ」

 「あれー、知らないんですー? A級のワルキューレは授業受けなくても許されるんですよ。というわけで私がここを出てってもなんの問題もありません」


 そんな無茶苦茶な、と思ったが、そういやA級らしいトゥルナも授業に参加してる様子なかったな。ずっと研究室にいた気がする。


 「それじゃまたね、先生」


 馬鹿にしてるのかよくわからない投げキッスをしてスヴィは去っていった。


 「はぁ……」


 まあルールで許されてるならいいか。なんか腹立つけど。


 「先生、始めてください」

 「あぁ悪い」


 仕事中だ。あの変な奴のことは一旦置いて思考を切り替えよう。


 「んじゃ、自己紹介はしてるんで連絡事項から」


 

******

 


 授業を終え、訪れたのは学園長室。ルートによって穴を開けられていたはずだが、部屋は元通りになっている。ここだけじゃない。校舎全体がそうだ。襲撃の跡はもうない。


 「あー、疲れた……」


 ソファに腰を下ろしたオレは長いため息をつく。思いの外疲れた。


 「お疲れ様です。どうでしたか?」


 学園長であったファナが座っていた席に今はアネラが座っている。そんなに違和感はないな。あの人よりも小さいぐらいで。


 「言った通りだよ、疲れた。それだけだ」


 魔物学が一年生だけにしかないのが唯一の救いだ。他の学年にも行かされてたら根を上げてたかもしれない。


 「続けられそうみたいですね。よかったです」

 「何をどう見たらよかったになるんだよ。お前知らないだろ、教師の辛さ。教えてやってんのに全然リアクションねぇからなんか虚しくなってくんだよ」


 授業の時間は誰もいない空間で独り言を口にしているようで辛かった。今日教える範囲でされそうな質問に対する回答とかメモしてたんだけどなぁ。


 「ワルキューレの座学っていつも静かなもんなのか?」

 「いいえ。そんなことありませんよ。ただ単に男性であるあなたが珍しいのと、新しい環境に慣れていないだけでしょう。時間が経てば慣れるはずです。すぐですよ」

 「そうかぁ?」

 「そうです。……でもまだあれから日が経っていないからというのもあるかもしれませんね。心の問題です。その場合はまだ少し時間がかかるかもしれません」


 あれからというのは魔物たちによる襲撃の日からだろう。


 「ボレアス学園の生徒が何人来ているか知っていますか?」

 「21人だろ」

 「はい。ですが襲撃での生き残り自体は56人です。つまり25がこの学園には現在いません。そのうちの20人は退学しました」

 「心が折れた、か」

 「そのようです」


 心がある以上はそういうこともあるだろう。仕方のない話だ。


 「ちなみに5人は?」

 「撒き散らされた毒の影響で動くことができないそうです。おそらく、復帰もできないようなので彼女たちも時期退学ということになると思われます」


 ああ、ボレアス学園ってあの校舎が紫色に染まってたとこなのか。あれでよく56人も生き残ったな。


 「……ノトス学園を除いて、ほとんどの生徒は死に慣れていません。実戦の経験自体はありますが、結局彼女たちは戦っても勝つことのできる相手との戦いです。だから今回の襲撃のような突然の死への耐性がない。止めることなく来てくれた人たちも傷がついてると思うんです、きっと」


 アネラ自身も、だろうな。


 「つってもオレがそいつらに何かしてやれることはないけどな」

 「傷があるかもしれない。そう心に留めておくだけでも違いますよ」

 「そういうもんかね」

 「そういうもんです。他人事ではありませんよ。あなたのクラスのほとんどはボレアスの生徒なんですから」

 「え? そうなの?」


 名簿を確認。生徒たちの出身校を見ていくと、アネラの言う通り18人中15人がボレアス学園の生徒だ。そこまで見ていなかった。


 「マジじゃん」

 「マジです。メンタルケアまでは言いませんけど一応気にかけてあげてください」

 「はいはい」


 ご主人様からのお願いだ。やれることはやってやろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る