第9話 取引
諦めて手を離したトゥルナはため息を吐きながら椅子に腰を下ろした。
「うーん、君がなんの魔物の魔核を喰らったのか気になるんだよねぇ。すごく。それはもう本当にすごーく。というわけだから君の過去の話をして欲しいんだけど」
「んなこと言われてもしない」
オレの過去について話す気は一切ない。何故なら無意味だからだ。話すことがないから無駄な時間になる。トゥルナが期待するような過去はオレにはない。
「そこをなんとか頼むよぉ、ノア・グランデくーん」
「無理だ」
そう、無理なものは無理だ。できない。
「諦めろ」
「うーむ……。ならわかった。状況を変えよう。君の主張はアネラと取引をしているからボクに話をできない、というものだろう? であればボクと君の間で取引を行えばいい。つまりは質問に答える代わりに君はボクに何かを求めることができる。違う?」
「その発想は正しいな」
「でしょ?」
「でもお前にオレが求めるものを出せるか?」
問題はそこだ。それができないのであれば成立しない。
「そこだね。ボクは君のことを知らないからなぁ。欲しいものもわからない。ボクに出せるものなんて魔物の研究で得た知識ぐらいなものだし、そんなの興味ないよね?」
「ないな」
「となると、やっぱり無理かぁ? ボクは研究だけしてきた人間だし、他には何もないんだよ。強いていうなら一応女だから体は差し出せるけど、そんなの魔人さんからしたらどうでもいいもんねぇ」
「そうだな──いや待て。体って言ったか?」
「言ったけど……え、意外と食いつく?」
もちろん食いつく。ちょうどどうやったら童貞を卒業できるのか考えていたところだ。
「嬉しい誤算だな。別にボクの体ならいくらでも使ってくれていいよ。未使用だから最初は迷惑をかけるかもしれないが、そこは勘弁して欲しい」
「初めてって、美人なのに意外だな」
トゥルナはオレよりも年上のようだし、顔のパーツ自体は整っているからそう言った経験があるのかと思ったが、そうでもないらしい。
「ボクはそういうのに興味ないからねぇ。子供も欲しいなんて微塵も思ったことないし……あ、いやそれは流石に嘘。一応魔物と人間の子供ができるのか気になって自分で実験をしようと思ったことはあった。まあ残念なことに魔物には生殖器がないからできなかったけど」
やっぱりこいつの思考回路はなかなかおかしい。おかしいけど、オレの童貞卒業にはあまり関係ない。
「と、それはいいとして、契約だ。君はボクの体を好きにしていい。その代わりに君はボクの質問に答える。それでいい?」
「……ああ」
「オッケー。なら存分に使ってくれ。ただしゴムとか持ってないから入れるのはなしね。今回はお試しってことで」
ようやくだ。ようやくこの時が来た。
座ったままトゥルナは足を広げた。開かれた足の隙間から、今まさにスカートの中にあるトゥルナの下着見えようと──
「……なんだ?」
突然、違和感を感じた。この空間にではなく上から。どうやらトゥルナもそれを感じ取ったようで、足を開くのをやめていた。
「魔物だねぇ」
それはわかっている。おそらく上に魔物がいる。だがおかしい。今出現したという感じではない。魔力が一箇所に集まっているような…………違う。攻撃だ。
「──ありがとう。助かった」
「いやいい。気にするな」
天井を突き破り、鋭い黒い木の根のようなものがトゥルナ目掛けて勢いよく伸びてきた。明らか殺すための攻撃だ。顔に直撃する寸前に掴み取ったのでトゥルナに怪我はない。
「さて、これはなんなのか。気になるね」
一般人であれば腰を抜かしてもいい場面ではあるが、トゥルナは何事もなかったかのように立ち上がって木の根の観察を始めた。なかなか肝が据わっているようだ。
「もう離してもらっていいよ」
「いや、動き出すかもしんないぞ」
「大丈夫。もう切ってる」
言葉の意味がわからなかったが視線を動かして理解した。いつの間にか木の根が切断されている。どうやったのかと見回してみると、周囲に複数の小さな刃物のようなものが浮遊していた。切断したのはこれだろう。
「ボクの魔器だから警戒する必要はなし」
「自動か?」
「ううん。全部自分で動かしてる。だから誤作動もない」
視認できてるだけで十数個。多分まだある。
見たことないタイプの魔器だ。おそらく量産型じゃない高ランクのものだと思われる。
「当然ながらただの木の根じゃないね。魔力が通ってる」
切断された木の根を渡すと、トゥルナはそれをまじまじと観察し始めた。
「魔物の一部か?」
「断言はできないけど多分そうだねぇ。かといって動きがなさすぎるから切ったところでダメージにはならないんじゃないかな?」
また変なのが出てきたな。
「なんでお前が狙われたんだ?」
「その質問は逆じゃなーい? なんで君は狙われてないの?」
「あ? どういうことだ?」
「校舎の真上の魔力を中心に細い魔力が枝分かれしてる」
「してるな。それは感じ取れてる」
「うん。これが木の根だと思うんだけど、分岐の数が合計で314。んでこの314が何かっていうと今現在君を抜いてこの学園にいる人間の数なんだよね」
「オレを除いた全ての人間に攻撃をしたってことか?」
「そゆこと」
トゥルナが学園内にいる人数を細かく把握していることは置いておくとして、思っている以上に上は大変なことになっているかもしれない。でもなんでオレだけ攻撃が来ないんだ? こんな場所に堂々と現れる魔物ならオレを狙って現れた可能性は十分あると思うんだが。
「もしかしてオレのこと疑ってるか?」
冷静に考えてみるとオレ怪しいな。
「全く。君のことはずっと監視してたから、怪しい行動はしてなかったと断言できるよ」
「監視? いつからしてたんだ?」
「君が学園の門をくぐってからだね。それよりも前に何かされてたらどうしようもないんだけど、わざわざこんな場所に調べられにくるような人間だから君はこの件には関係ないと思ってるよ」
こいつさらっと言いやがって。監視なんて全く気づかなかった。冷静さといい、こいつは思っている以上に高ランクのワルキューレかもしれない。
「まあここで話してても仕方ないし上に行こう」
「戦うのか?」
「ほとんど死んでるだろうし仕方なくね」
C級以下のワルキューレがあの攻撃に反応できるとは思えない。ほとんど死んでいるというトゥルナの予想には同意する。が、
「冷めてるな。一応同じ学校に通ってる人間だろ」
「世界なんてそんなものだからねぇ。死ぬ時は死ぬよ。誰だってね」
そういうトゥルナの表情には一切の感情がなかった。
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