第8話 結果

 何もかもが消えた。残されたものなんてない。全てが目の前で消えて、最終的に自分だけが残った。

 そこが境。変わった場所。終わって、始まった。

 もう止まることはない。止まれない。進むんだ。先へ。

 この身が燃え尽きようとも。


 

******

 


 学園の中でも滅多に生徒が入ることはない空間、校長室にアネラはいた。

 対面しているのは叔母。今は亡き母親の姉であり、彼女がこの世で最も頼れると思っている人物──ファナ・フォルティナウスだった。


 「アポストルからの情報ではあなたが下に出向いた時、そして昨日出現した魔物の出所はやはりわからないそうです。魔物の死体については今朝2体送られてきたのでトゥルナが解析に入っています。結果はもうすぐ出るかと」

 「何から何までありがとうございます」


 今回だけではない。ファナにはことあるごとに助けられている。スルトの情報を得れたのもファナが情報を集めてくれたおかげだった。


 「今更ですよ。他にやっておいて欲しいことは?」

 「今のところありません。ですがノアさんが魔物を相当警戒をしているようなのでまたアポストルから情報を仕入れてもらう可能性はあります。とりあえずはそのくらいです」

 「そうですか。わかりました」

 「はい。それでは失礼します」


 用事は済んだ。しかし退室しようとしたところで、ファナはアネラを呼び止める。


 「待ってください、アネラ」

 「どうかしましたか?」


 首を傾げるアネラに思わずファナはため息をついていた。


 「あなたは本当に興味のあるもの以外にはとことん淡白ですね。フィナにそっくりです。私たちが最後に顔を合わせたのはいつですか?」

 「ここ数日叔母様はいなかったので1週間ちょっとですね」

 「そうです。せっかくなのでその1週間ちょっとの間ことについてお話をしましょう。ちょうど聞きたいことがあります」


 そこで思い至る。そういえば直接ノアに関しての話はしていなかった。ファナは多忙なため文での報告で済ましてしまっていた。


 「ノア・グランデ。彼は面白い人ですね」

 「面白い、ですか?」


 ファナとノアが会話をしていたのは知っている。しかし変わっているならわかるが、面白いという評価はよくわからなかった。


 「ええ、面白いです。まるでこの世界から隔絶された場所にいるようで、何故か噛み合って動いている歯車のようで、そして……懐かしい感じがします」


 いまいちパッとしない表現だ。しかしなんとなく最後以外は理解はできた。というのもアネラもノアが不思議だというのは出会った時から感じていたからだ。


 「あなたから見てどうですか、彼は。スルトに代わってあなたに力をもたらしますか?」

 「……まだわからないです。魔人という存在に可能性は感じますが、結果は先日の通りだったので」


 トゥルナによる解析でわかったのはノアの体が普通ということだけ。その結果にアネラは誰にもいうことはなかったが落胆していた。


 「ですがスルトが手に入らないとわかった以上もう他に道はありません。私は魔人の力を解明して更なる力を手にします。必ず」


 ワルキューレは魔物の力を既に利用している。ならば問題はない。問題があったとしても気にするつもりはないのだが。


 「やはり力を求めますか」

 「はい。私は力を得て、前に進みます。もう何も失わないために」


 揺るぎない決意がそこにはあった。


 「意思は変わっていないようですね。確認できてよかった」

 「心配をかけると思います。すみません」


 彼女は自らの身を顧みない。それをファナが望んでいないと知っていながら、辞める気なんてない。もう止まれないのだ。


 「構いませんよ。これからは心配する必要があまりなさそうですから」

 「? どういうことですか?」


 叔母が安堵の表情を浮かべている理由がアネラには全くもってわからなかった。けどそこに深い意味なんてない。


 「お願い事をしたんです」


 頼んだ。ただそれだけ。それだけだった。



 

******

 


 前回と同じように学校まで来たオレは途中でアネラと別れ、1人で研究室へと来ていた。そんなオレを出迎えたのは不機嫌な様子で椅子に座るトゥルナ。オレが来たことに気づいていないのか何やら手に持っている紙を凝視していた。集中しているようだったので邪魔にならないよう座って待っていたところ、なんの前触れもなくトゥルナが口を開いた。


 「ふむ。ふむふむ。最優先だって言うから何事かと思ったけど、アネラはボクに嫌がらせをしたいのかなぁ?」


 急に視線が向けられる。


 「いや、オレに言われてもな。何見てたんだ?」

 「頼まれたやつ」


 と言ってトゥルナが見ていた紙を渡された。目を通してみるが、書いてあるのはよくわからん文字列とよくわからんグラフだ。


 「見てもわかんねぇ」

 「君が殺したっていう魔物の死体の解析結果だよ」

 「ほーん、もう終わったのか。んでなんで書いてあるんだ?」

 「ただの魔物」


 何事もないように発せられたトゥルナの一言はオレの予想していなかったものだった。


 「は? 本当か?」

 「ボクは嘘はつかないよ。構成する組織は普通の個体と同じだ。さっき細切れになるまで解剖もしたけど、おかしな点はなかった。カードってやつもそもそも存在していない」

 「2体ともか?」

 「いえーす。人型も犬型もどちらもただの魔物でーす」


 どういうことだ? 犬型だけならまだしも進化していた人型まで何もなかった? それはおかしい。あり得ない。


 「なんだねその顔は。納得いってないのか、魔人くん」

 「ああ、いってない」

 「けれどもボクに見落としはないよ〜?」

 「そんなはずはない。オレはお前よりも魔物について詳しい自信がある。そのオレが見たあの魔物の進化の仕方は知らないものだった。何かあるはずなんだ」

 「詳しい。研究者でもない君が、ボクより詳しいって? それはあれかな、魔人的な視点から見えてるものがあるのかな? ぐふふ、気になるなぁ」

 「興奮すんな。そんなのどうでもいいから死体を見させろ。自分で確認する」


 トゥルナでわからないのならもう自分の目で確認するしかない。


 「無駄だよ。断言できる。あれは普通の魔物だった。そしてボクが見落としをする可能性は万に一つもない。これは絶対だ。けれど君が言う通りあの魔物が普通でないのなら、あり得る可能性は一つ。そもそもここに来た時点で異常がなくなっているという場合になる」

 「……お前が最初に見た時に魔物体に傷はあったか?」

 「なかった。見たことないぐらい綺麗な状態だったよ」


 ならばあのカードを先に抜き取られたという可能性はなくなる。


 「消滅した……?」

 「それが妥当なんじゃなーい?」


 以前遭遇した魔物は死体からカードを抜き取ることができていた。それが今できないということは時間制限があるのかもしれない。


 「ちっ、面倒だな」

 「だねぇ。魔物が死んだら勝手に消滅するなら生きてる状態で連れてきてもらわないと調べられない」


 正直な話、C級以下なら不可能ではない。けど、あの程度じゃオレを殺すことができないという証明をしてしまった。もしオレが敵側の立場で、あの光景を見ていたのならもう同じように魔物を送るようなことはしない。


 「わかった。可能だったら連れてくる」

 「うん、そうしてくれたまえ。それより!!」

 「うわ、なんだ急に」


 文字通り急にトゥルナは立ち上がってオレの肩を掴んだ。


 「どうやってあんな綺麗に魔物を殺したの?!」


 大興奮だ。感情の起伏がすごいなこいつ。


 「オレがアネラに協力するための条件。何かまた教えてやった方がいいか?」

 「いやいや、必要ないない。君の身をアポストルから守ること、そして君自身から自分の体と力について話すことはない、でしょ? わかってるよ。けど、ちょっとぐらいならよくなーい?」

 「ダメだ」

 「ケチだねぇ」

 「そういう契約だ」


 あくまでただの使用人。体を調べるのは勝手だが、オレからあいつが力を得るために何かしてやるつもりはない。それがあいつとの契約だ。あいつがそれを了承した以上オレからそれを破ることはない。

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