第7話 童貞を奪ってくれ
トゥルナによる解析の結果。わかったことは一つだけ。オレの体には何も特別なところがないということ。
あの時のトゥルナのテンションはとんでもなく低く、アネラもまた同じような感じだった。どういうことかと聞かれたが、説明が面倒だったので知らないとだけ言っておいた。実際その辺はオレも詳しくは知らないのであながち嘘というわけでもない。
そこで終われば個人的に嬉しかったのだが、それでアネラが納得するわけがなく、後日またトゥルナによる解析を行うことになった。
正直時間の無駄だ。とはいえ悲しいことにオレに拒否権はない。我慢することにした。
「ノアっち〜。あんまし遠くにいっちゃダメだかんねー」
「あいあい」
ということで翌日。オレはとうとうこの階層にある街に来ていた。人が少ないからか、色々と規模が小さくて静かだ。個人的にはこちらの方が好ましい。が、聞いていた通り女性しかいないため違和感がすごい。視線もだいぶ向けられる。
「んで、どこ行くか」
一緒に来たニナに買い出しを任せてオレは街を歩くことになった。念のため言っておくと無理矢理仕事を押し付けたわけではない。ニナが自ら「買い出しは任せて散歩してきたら」と言ってきたから任せただけだ。ふざけてるように見えてあいつは気遣いというものがちゃんとできる。
まあしかし行きたい場所というのがそもそも別にないんだが。
「とりあえず歩くか」
散策しよう。使用人として働くならここに来ることはそれなりにあるだろうし、地形は把握しておいた方がいい気がする。
「とっ、すみません」
曲がり角で人とぶつかりそうになった。ちょっと油断していたな。
「いえ、こちらこそ……て、お前」
「え? あ、昨日の人」
何事かと思ったらぶつかりそうになったのは、昨日オレの童貞を奪おうとしていたあのリーダー格っぽい生徒だった。
「…………」
昨日のこともあって微妙な空気が漂う。お互いに無言だ。
このまま見つめ合ってるわけにもいかないし、こちらから話そう。ちょうど頼みたいことがあったんだ。
「……気持ちいいこと、してくれないか?」
「は? え? な、なに?」
「童貞なはずなんだ」
「え、うん」
「だからできれば経験しておきたい」
実は昨日はチャンスを逃したと思っていた。ノア・グランデは童貞だ。だから一度でいいから経験しておきたい。
「お前、キモいな……」
「別にキモかろうがどうでもいい。それより童貞を奪ってくれ」
「や、やだよ。急にがっつきすぎだろ」
「なんでだ? 昨日は乗り気だっただろ」
「今はそういう気分じゃないし、なんかお前怖いからいやだ」
「……そうか」
残念だが断られてしまっては仕方ない。童貞卒業はとりあえず諦めるとしよう。生きてればまだ経験する機会はあるはずだ。
「ならもういいや。じゃあな……と、そうだ。言っとくことあった。オレの童貞はいつ奪ってもらっても構わないけど、うちのご主人様に変なちょっかい出そうとすんなよ。どうせ何されても気にしないだろうけどな」
数日一緒にいてわかったが、アネラ・フォルティナウスという少女は1人でこの世界に存在できている。近しい人間は気にかけているが、他人に影響されるようなことはない。あの年齢の割に強い人間だ。
「んなこと知ってるよ。今まで何度もやってきてるからな」
既に知ってたらしい。わざわざ言う必要はなかった。
「あいつの何がそんなに気に食わないんだ?」
ちょっと気になったので聞いてみる。
「あぁ? そりゃ生意気だからだ。あいつのランク知ってるか?」
「知らない」
魔物の危険度はEからSまでのランクで分けられている。そしてそれに合わせてワルキューレにも同様にEからSまでのランクがある。学生だろうが当然アネラにもランクがあるわけだが聞いたことはない。けど身のこなしは良かったから結構上だとは思う。
「B級だ。あのチビは一年のくせにもうB級になってる」
「それが気に入らないと?」
「気に入らないね。あいつはあっという間にB級になって、学校での授業を免除されたり1人だけ特別なものとして扱われている」
2日連続で下の階層にいるオレに会いに来れてたのはその特別扱いのおかげか。
「特別な奴を特別に扱って何が悪い? 下の奴と上の奴を同じように扱うなんて非効率だ。ガキでもわかる。そんなことにに文句言うのは、ただの八つ当たりでしかない」
「ああ、そうだ。八つ当たりだよ。わかってんだよこっちも。理解はできてるんだ。でも納得はしたくない。だってそうだろ。そんなすぐに強くなれる奴がいるなら、私たちは一体なんなんだ? 今年で3年、私はやっとC級だ。努力してようやくそこだ。だってのにここに来て数ヶ月のやつがなんの苦労もなく私を……私たちを当然のように追い越していった。ふざけてるとしか思えない。アネラ・フォルティナウスという存在そのものがただ純粋に私たちを馬鹿にしてる」
無茶苦茶だ。けれどワルキューレの学校なんて生徒の数は少ないし、あまりにも突出した奴は異物として目をつけられる運命にあるのかもしれない。だとしても気持ち悪いが。
「あっそ。一応言っといただけだから好きにしろ」
強い意志があるのならそれを変えるつもりはない。好きにしてくれればいい。
もう用は無くなった。さっさと離れよう。
「……来たか」
直後、街中にサイレンが鳴り響いた。
第四階層は全体的に魔物の出現率の高いはずだというのに、ここに来てから一度もサイレンは聞いていなかった。
自然に発生したものか、あるいは狙いのあるものか。前者の方がありがたいけど、あのわけわからない個体のことを考えるとそうも言ってられない。進化する個体はいるが、あんな速度は異常だ。それに明確にオレを狙っていた。危険性を考えると少しは調べておく必要がある。
「ちっ、休日だってのに。お前、早く近くの店に入っとけ」
「ああ、わかって……またこのパターンかよ」
周囲を見回してみると犬型の魔物が8体いた。囲まれている。
「な、なんだこいつら!? どこから現れたんだ?!」
それはオレも知りたい。サイレンは次元に裂け目ができること知らせるもののはずだ。こいつらがここに来るにはあまりにも早すぎる。
「後で考えろ。先に敵をどうにかしてくれ」
「うっせ! わかってるよ!」
そう言って取り出されたのは小さなナイフのようなものだった。刃が僅かに光っているから魔器なんだろうが、大丈夫か?
「心許なくないか?」
「C級以下のワルキューレは魔器の携帯が認められてないんだよ!」
「ならそれなんなんだよ」
「普段持ち歩いてるE級の魔器だ! 秘密だからな! 誰にも言うなよ!!」
普通にルールを破ってた。言わないでおいてやろう。
「それより私から離れるな!」
「はいはい」
その直後1匹の魔物が飛びかかってきた。狙いは案の定オレだ。口を広げてオレを喰らおうとしている。だが、そうはならずに魔物は地面に叩きつけられ、即座にナイフで魔核を貫かれて絶命した。
「やるな」
「一応C級だ。舐めんな」
思っていた以上に戦えるようだ。これなら任せても──
「──なっ!?」
死んだはずの犬型の魔物の死体を突き破って黒い手が出現した。
「我慢しろよ!」
「おっと」
すぐに服を引っ張られて無理矢理後退させられる。驚いていた割には早い判断だ。
「なんなんだ! くそっ!」
犬型の死体から這い出てきたのは人型の魔物。前回と同じだ。
「やばそうだったら逃げていいぞ。お前だけなら逃げれるだろ」
「バカ言ってんな! なんのためのワルキューレだ! 黙って近くにいろ!」
「…………」
無茶苦茶なことを言ってはいたが、別に悪い奴ではないのかもしれない。少なくとも根っこの部分は悪というわけではないようだ。この世界の人々を守護する者としての役目を理解し、それを果たそうとしている。
「……そういえば名前言ってなかったな。ノア・グランデだ。お前の名前は?」
「はぁ?! こんな時に何言ってんだ!?」
「いいから教えろ。じゃないと奇声あげて走り出すぞ」
「ディナン・カーターだ! 答えたから大人しくしてろよ!」
正直必要がなかったというか、こいつに興味がなかったので名前なんて聞くつもりはなかった。けれど気というのは結構よく変わるようにできている。
「ディナンか。これから童貞を奪ってもらう可能性があるからな。知れてよかった」
「ねぇよ!」
名前を聞いたことに意味があるかと言われれば大してない。オレの記憶に刻まれた。それだけの話だ。
「それじゃ──お前ら死ね」
「何言ってん、だ……?」
人型、そして残りの7匹の犬型の魔物が一斉にその場に倒れた。全員死んだ。というより殺した。ディナンはその光景を目にして呆然としているが、オレもオレで少し驚いていた。普通に死んだ上に進化がない。少なくとも犬型から人型がまた出てくるかと思ってたけど、そんなことはなかった。
「死がトリガーってわけじゃないのか。それとも自死がダメなだけか。単純にもう一体が体に入ってるって可能性もあるか……」
「──おい。待て」
立ち去ろうとしていたところで、背後から首に冷たい感触が当てられる。
「動くな」
「なんだよ」
「こっちのセリフだ。なんなんだお前。何した」
「何もしてねぇよ。逆に何かしたように見えたのか?」
「それは……」
見えなかったはずだ。実際オレは何か特別なことをしたわけじゃない。
「ほらな。それよりオレは早く避難したいんだ。邪魔すんなよ」
「いや、だとしてもダメだ。お前は明らかにおかしい」
「……自壊しろ」
「は?」
「壊れたな。もうやめとけ。ナイフのことは秘密にしといてやるから。オレのことも秘密ってことでよろしく」
「あ、待て!」
勢いで歩き去るつもりが、壊れたナイフを捨ててオレを止めようとしてくるディナンは追ってきた。行かせまいと伸ばされた手。振り払うことは簡単だったが、そうはしなかった。どこからともなく現れた第三者がそれを掴んだからだ。
「ニナ……!」
「やっほー、ディナンちゃん」
間に入ってきたのはニナだった。どうやら知り合いらしい。
「ダメだよー。サイレンが鳴ったのに一般人を外に居させたら」
「それはこいつが──」
「というわけでノアっちはもらってくねー! ばいばーい」
無理矢理話を切り上げると、ニナはオレの手を引いて走り出す。あまりにも一方的だったからか、ディナンはその場に立ち尽くすことしかできていなかった。
「強引すぎないか?」
「いいのいいの。時には強引さっていうのも大事なんだぞー」
「そういうもんか」
「そうそう。それよりノアっちの方こそ良くなくない? 軽率だと思うんだけど」
「ん、見てたのか」
「うん。いつ助けに入ろうかなーって」
気づかなかった。ただの人間ならともかくワルキューレなら近くにいれば気づけるはずだが、ニナは隠密能力が高いのかもしれない。
「あんな簡単に力見せちゃったらアポストルにすぐ見つかっちゃうよ? どうすんの? ディナンちゃんがどっかに言ったら」
「最悪それでもいい。そのためにアネラの下で働いるわけだしな」
間違いなく軽率ではあった。ディナンがアポストルに何か報告をした場合、オレの正体が探られるかもしれない。けどそれをされないためにアネラの下僕になっているんだ。その辺はアネラになんとかしてもらうしかない。今はそちらよりも優先しなきゃならないことがある。
******
「ニナから報告は聞きました」
魔物の襲撃はあれ以降なかった。時間は経って今は夜。屋敷の執務室に来るようアネラに呼び出された。オレも用事があってのでちょうどいいと思っていたところで口にされた一言目で、何についての話なのかは理解できた。
「力を使って魔物を倒したそうですね」
「問題あるか?」
「その場に居合わせたのが信用できる人物であるのなら問題はありません」
「残念ながら信用はできないな」
オレはディナンのことを知らなすぎる。誰かに言わないとは断言できない。
「でもオレのことは守ってくれるんだろ?」
「そのつもりです。ですが無駄に仕事を増やしてもらいたくもないんです。わかりますか?」
「怒ってんのか?」
「怒ってはませんよ。しかし疑問には思っています。あなたは自分の正体がバレることを嫌っていたはずです。なのに今回のような真似を?」
「オレが求めてるのは平穏だ。平穏が脅かされるから正体がバレたくないのであって、平穏に暮らせるのなら正体がバレてもいい」
「なら今後は力を人目を気にせず使ってくれるんですか?」
「そうじゃねぇよ。別にバレたいわけじゃない。ただ今はアポストルよりも魔物側の方がオレの平穏を脅かす可能性が高いからってだけだ」
「どういうことです?」
「いい加減オレを狙ってる魔物たちについて知っておきたい」
現状危険視すべきなのはアポストルよりも魔物だ。わからないことが多すぎる。
「あそこで殺した魔物はお前と会った時に出てきた魔物と多分同じような特殊個体だ。オレはそれなりに魔物に詳しいが、あんなのは初めて見た。だから死体を調べてほしいんだ。優先順位はオレの体の解析よりも下でいい。できるか?」
「なるほど。可能です。死体はこちらも回してもらってトゥルナに調べてもらいましょう」
「ああ。とにかく調べてくれ。情報が欲しい」
そのためにわざわざリスクを冒して綺麗な状態で殺したからな。
「……あなたから見て、あの魔物はそれほど危険ですか? 相手にならないほど圧倒していたように思えましたが」
「正直まだ判断はできないな。けど、問題は未知なことだ。お前も見てたと思うけど、魔物が食ってたあの変なカード。あれは明らかに自然に発生したものじゃない」
進化する魔物はいても、魔物を進化させるものなんて知識にない。
この世で最も危険なのは、何も知らないという状況。つまり今だ。オレはこれをどうにかしないといけない。
「まず知る必要がある。あれがなんなのか。オレの平穏を守るためにな」
「わかりました。そちらの解析を最優先にしましょう。ワルキューレという立場からしても、あの魔物については把握しておく必要がありますので」
「だろうな」
人類もあんな簡単にA級が生まれたら困るだろうからな。情報は欲しいだろう。
「聞いておきたいことは聞けました。質問がなければ退室してもらって構いません」
「まあないな」
聞きたいというほどのものはない。
「ではまた明日も学園に来てもらうつもりなのでよろしくお願いします」
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