第6話 逆レ……

「さてさて」


 検査を終えて、オレは解放された。

 挙動と顔とテンションがやばかっただけで検査自体はスムーズに進められた。んで解析に時間が欲しいと言われて、暇だから学園内をぶらぶらすることにした結果、今いるのは校舎だ。

 授業時間のようなので生徒と出くわすようなことはないだろう。


 「やってるなー」


 窓から外を眺めてみると、運動場で生徒たちが模擬戦のようなものをしていた。ワルキューレの学校なんだ。普通の授業をしているわけがない。

 アネラの姿は見えないが他のところでやってるのか。


 「……にしてもワルキューレの学校、か」


 気づけば自虐するように笑っていた。

 でも確かに今のオレはおかしな状態にある。魔物を狩るための存在であるワルキューレを育成する施設にいるなんて、昔のオレに言っても信じてくれないはずだ。

 アポストルという存在が嫌いであるため、当然ワルキューレも好きではない。かといって嫌いというわけでもない。かつて死にかけていたオレを救ってくれたのは、他でもない1人のワルキューレだったのだから。


 「ま、こういうこともあるか」


 「変化を楽しめ」オレの数少ない知り合いが口にしていた言葉だ。

 変化も何もないただの平穏を求めていたオレはそれを理解しようとしていなかった。けれど今の変化した生活は悪くない。少し楽しめている気がする。意外と変化というのも悪くないらしい。ようやく理解することができた。


 「──おいおい! 本当にいるじゃねぇか!」

 「…………」


 人が感傷に浸っているというのに、女の大きな声が耳に入り込んできた。視線を向けてみると、いたのは5人の女。アネラと同じ制服を着ている。つまりはワルキューレだろう。リーダーは先頭にいる高身長の女だと思われる。声を出したのもおそらくこいつだ。


 「お前、姫さんに連れてこられたんだってな?」

 「姫さん?」

 「アネラ・フォルティナウス。あのチビだよ」


 一応御三家なのにチビ呼ばわりされてるのかあいつ。でも確かに身長は150を下回ってそうなので小さいというのはその通りだと思う。


 「あー、うん。あいつに連れてこられたけど、なに?」

 「お前、なんなんだ? なんでここに連れてこられた?」


 いやこっちのセリフだ。なんなんだお前らはと言ってやりたい。けど変に波風を立てると面倒になりそうだ。


 「使用人。ここに来た理由は言えない。知りたきゃオレのご主人様に聞いてくれ」

 「ほーん、使用人って割には態度がなってねぇな」

 「なりたくてなったわけじゃないんでね。悪気はないんだ。気にしないでくれ」


 いや、冷静に考えてこれはどういう状況なんだろうか。なんでこいつらはオレに話しかけてきたんだ? 目的がないのに絡んでくるとは考えにくいけど、狙いが見えない。


 「それじゃ」


 話したところで何か利益があるわけじゃない。ここはさっさと去るのが賢明だ。


 「待てよ」


 背を向けようとしたところで肩を掴まれた。距離が詰めるのが早いし、力もかなり強い。流石にワルキューレって感じだ。


 「お前姫さんのお気に入りなんだよな?」

 「いや知らないけど」


 あいつにとってオレという存在は今後のために必要らしいけど、お気に入りかと言われればちょっとよくわからない。あいつはここ数日はオレに対して使用人としてしか接してこなかった。


 「とぼけるなよ。あの孤高の姫さんがわざわざ連れてきたんだ。ただの使用人なわけがないだろ」

 「そんなこと言われてもな」


 相手にするが面倒になってきた。かといって力で黙らせるわけにもいかない。ここはそういう場所じゃない。言葉でなんとかする必要がある。だがまあオレにそんな話術があるわけがない。どうしたものか。


 「まあいい。ちょっとツラ貸せよ」

 「えぇ……、嫌なんだけど」

 「バカだなぁ、お前。自分に拒否権があると思ってるのか? 嫌ならこの手を振り解いてみろ。ま、非力な男には無理だろうけどな」


 なんて笑っていっている。後ろのワルキューレたちも同じような感じだ。男であるオレを舐め腐っている。

 もっと面倒になってきたな。


 「……あんたらについてったらオレどうなるんだ?」

 「そんな怯えんな。痛いことはしねぇよ。むしろ気持ちいいだけだ」

 「気持ちいい?」

 「察しが悪いなぁ。ここにいる全員でお前を輪姦すんだよ。私たちはほとんど男と接する機会がないんだ。せっかくだから遊ばせろ。それに、ぐちゃぐちゃにしてやったお前を姫さんに見せたら面白そうだしなぁ」


 別にオレが何かされてたところであいつはなんとも思わない気がするが、とりえあずそれはいいとして、これはどうすればいいんだろうか。このままだと集団逆レイプされる。

 いや、悪いことなのか? 童貞のはずだから、無理やりとはいえ経験としては悪くないんじゃないだろうか。抵抗して面倒なことになっても嫌だからここは大人しく流されてもいいかもしれない。うん、なんかそんな気がしてきた。


 「それじゃあ──」

 「──あなたたち。やめなさい」


 淡々とした静かな女性の声がオレの言葉を遮った。それと同時に生徒たちの様子が変化する。彼女たちにあった威勢の良さが消失した。その原因であると思われる人物は、こちらへと歩いてきていた。


 「学園長……」


 学園長、そう呼ばれたのは30代、あるいは20代後半ぐらいだろうと思われる女性だ。顔が少しアネラに似ている。この学校の管理者というのはおそらくこの人だろう。


 「ワルキューレの力は他者を服従させるために使うのではありません。他者を助けるために使うのです。最初にそう教えられたはずですが?」

 「……ちっ、行こうぜ」


 生徒たちは大人しくオレから離れてどこかへと消えていった。残念ながらオレの貞操は守られたようだ。


 「ありがとうございました。助かりました」


 一応礼を言っておく。助けられたのは紛れもない事実だ。


 「ふふっ、あなたなら私の助けはいらなかったでしょう?」


 冷たい表情をしていた校長は全く正反対の笑顔を浮かべた。笑ったところもアネラに似ている気がする。


 「知ってるんですね」

 「ええ、あの子から聞いています。お時間があるならこれからお話ししませんか?」


 突然の誘い。断る必要は特に思いつかなかった。


 

******

 


 場所は学園長室。テーブルを挟み、向かい合ってソファーに座っている。紅茶を出されてからまず最初に口を開いたのは学園長の方だった。


 「まずは改めて自己紹介を。私はファナ・フォルティナウス。アネラの母親の双子の姉、つまりは叔母にあたります。そしてこの学園の学園長でもあります」


 この人がアネラの信用している人物か。頼れる大人って感じはする。……にしてもこの人もやっぱりフォルティナウスなのか。


 「あなたはノア・グランデ。魔人であり、アネラに協力している。合っていますか?」

 「まあ大体は」


 正すような間違いは特にない。


 「よかった。今日はあなたの体を解析すると聞いていましたがもう終わったんですか?」

 「いいや、結果が出るまで時間がかかるって言われたんでぶらぶら散歩してました」

 「なるほど。トゥルナは迷惑をかけませんでしたか?」

 「大丈夫でしたよ。ちょっと怖かったけど」


 あんな人間なかなかいないだろう。そう言った意味では貴重ではあった。けれど長い間同じ空間にいるとこっちまでおかしくなってくるかもしれない。


 「ふふっ、あの子は出会った時からあんな感じなんです」

 「出会った時って、もしかして血は繋がってないんですか?」


 まるで自分が産んでいないような言い方だった。アネラの話だと学園長の娘のはずだが、確かにトゥルナの顔とか髪色はこの学園長から引き継いでいるようには見えない。


 「そうですね。トゥルナは養子です。研究が大好きなだけで悪い子ではないので仲良くしてあげてください」

 「まあ、はい。できる限りは」

 「ええ、お願いしますね」


 あれは狂人の部類だと思う。仲良くできる自信は微塵もない。


 「何か、あなたから私に聞いておきたいことはありますか? どうせアネラのことだから大した説明はしてないんでしょうし、なんでもお答えしますよ?」


 正直聞きたいことなんて大してないけど、せっかくだし少し気になったことぐらいは聞いてみるか。


 「なら気になることを一つ。なんで学園長じゃなくてあいつが当主なんですか?」


 学園長も名はフォルティナウス。そこで生まれた疑問がある。なんでフォルティナウス家の現当主はアネラなのか。前当主があいつの親らしいが、そうだとしても別にあいつである必要はないはずだ。むしろ若いあいつよりも学園長の方が適任な気はするが。


 「深い理由はありませんよ。彼女が当主になりたがっていたからです。元々私は表に立つより裏方で支えている方が好きだったのでちょうどよく、喜んで彼女に当主の座を渡しましたよ」


 名のある家のことなんて知らないけど、なかなか無茶苦茶な話じゃないだろうか。


 「他に質問は?」

 「特にないですけど、せっかくなので最後に一つ。なんでオレをわざわざこの部屋に呼んだんですか? あそこに来たのは偶然じゃないでしょ?」


 あそこは位置的に校舎の端のはずだ。あんなところに学園長がたまたま来るとは思えない。


 「疑り深いですね。まあ事実なんですが。でも別に何か企みがあるわけではないんですよ。ただお話がしたかっただけです。あと、お願いですね」

 「お願い、ですか」


 嫌な予感がするな。


 「はい。あなたはおそらく悪人ではないと思います。けれど善人というわけでもない。だから魔人として人々を救ってほしいなんて言いません。ただあの子を……アネラを支えてあげてほしいんです。精神面で少し不安なところがあるので」

 「めちゃくちゃ図太くて、心配の必要なんてないように思えますけど」

 「否定はできませんが、あれは表面上のものですよ。私はあなたにあの子のもっと深いところを気にかけて欲しいんです」

 「深いところっていうと?」

 「根本の部分ですね。アネラの両親は数年前に彼女を庇う形で、彼女の目の前で魔物に殺されています。そしてそこが今のアネラの始まりで、原動力なんです。現在は安定していますが、いつかそこに綻びが生じるかもしれません。だからそこを支えてあげて欲しいんです」

 「なんでオレが?」


 口から出たのはそもそもの疑問。何故オレがそんなお願いを聞く必要があるんだろうか。別に学園長はオレと契約しているわけではない。なんて思っていると、返ってきたのはあまりにも単純な回答だった。


 「あの子の下僕、なんでしょう? これ以上に理由が必要ですか?」

 「…………」


 笑みを浮かべながらそう言う姿を見て思った。どうやら学園長は見た目だけじゃなくて中身までアネラと似ているらしい。

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