第5話 学園

 ワルキューレ。

 それは戦士の名。魔物と戦う存在。アポストルに所属するこの世界の真の守護者。

 なるための条件は魔力と呼ばれる特殊な力を持っていること。そしてこの魔力を持てる者は女性に限られる。全ての女性が持っているわけではないが、男性が持つことは決してない。故にワルキューレは女性しかいない。他の世界はどうか知らないが、この世界は女性の方が生まれながらに地位が高い。とはいえ別に男性だからと迫害されるわけではないけど。魔力を持たない女性もいるわけだからな。

 で、その守護者たるワルキューレを育成するための施設が第四階層には複数ある。アネラとニナが通っているのはその一つ。オレが今日連れてかれるのはそこだ。


 「はい、とうちゃーく」


 車が停止した。窓から外を見ると門の前だ。どうやら着いたらしい。


 「安全運転だったでしょ?」

 「そうだな」


 寝てたから正直ほとんどわからない。不機嫌にさせたいわけでもないし、適当に返事をしておく。


 「お疲れ様です」

 「いえいえー」

 「車はどうすんだ?」

 「横の入り口に駐車場あるからそこに停めてくる。だから2人とも先に行っててー」


 というわけで車はニナに任せてオレたちは正門の前で降りた。


 「あいつほんとメイドって感じないな。お前のこと主人ってより友達って認識だし」

 「ちゃんと立場は弁えてますよ。あの子は優秀なメイドです」


 ニナの運転する車を見送りながらアネラとそんな会話をする。ニナが普段着ているメイド服は似合っているけど、そもそもあいつはメイドって感じの性格には思えない。なんでフォルティナウスの家でメイドやってるんだろう。まあ別にどうでもいいや。他人のことなんて知ったところで得があるとは限らない。


 「というかあなたの方がとても私に仕えてる人間だとは思えない態度ですよ?」

 「そりゃ仕えてる気ないからな」

 「いけませんね。ちゃんと私の下僕であるという認識に改めてもらわないと」


 と、言われてもな。立場的には使用人であるが、オレはアネラに仕えるためにここまで来たわけじゃない。平穏のためだ。


 「まぁ、それはおいおいなんとか調教……わからせていくとして、とりあえず校舎へ行きましょう」

 「別に言い直せてないけどなぁ」


 門をくぐって校内へと入る。

 そして校舎まで向かうわけだが、長い。門から校舎まで結構歩かされる。というかそもそもこの学校は広い。校舎自体はそこまでの大きさじゃないようだが、それ以外が全体的に広く作られているようだ。下にある学校とは力の入れられ方が大違いだな。


 「めっちゃ見られてるけど、お前が見られてるのか?」

 「いえ、主にあなただと思われます」


 校舎までの道のりで多くの視線を感じた。周囲を軽く見回してみると、道中から見えるほぼ全ての生徒に見られているようだった。


 「なんで?」

 「珍しいからでしょう」

 「男ってそんな珍獣なの?」

 「この学校にはいませんからね。まあそもそも第四階層にほとんど男性が存在しないのですが」

 「マジで?」

 「マジです。ここはワルキューレのための階層のようなものなので」


 まだ街とかに出掛けてないから知らなかったな。そんなことになってるのか、ここ。


 「あ? 中入らないのか?」


 昇降口まで来たというのに、アネラはそこから横に曲がってしまった。慌ててその後をついていく。


 「ええ、目的地は校舎の横です。中からも行けますが、授業時間外に通ると無駄に視線に晒される可能性があるので外から行きます」

 「なるほど」


 確かにその方がいい。オレが目立って得することがない。てなわけで少し歩いて四角い箱に扉があるだけのような建造物の前に到着した。


 「え、ここ? 用具入れとかじゃなくて?」

 「入り口です」


 そう言って開かれた扉の先には地下へと続く階段があった。


 「地下なのか」

 「はい。あまり離れないようについてきてください。関係者以外が深部に入ろうとすると警報が鳴る可能性があるので」

 「なんだよ可能性があるって」

 「この先の施設の責任者がその機能を切ってるかもしれないんです」

 「いいのか、それって」

 「ダメに決まっているでしょう。でもそういう人なのでどうしようもありません」


 性格に難ありって感じか。それを聞いてあまり気乗りしないまま、地下への階段を下り始める。


 「下には何があるんだ?」

 「研究室があります」

 「設備が整ってるって言ってたとこか」

 「そうです」

 「今言ってた責任者ってのは信用できるのか?」

 「屋敷で言った学園の管理者、その娘です。ワルキューレでもあり、魔物について研究してる研究者でもあります。信用に足る人物でです。長い付き合いなので断言できます。問題ありません」

 「まあ俺は信じることしかできないからな。任せる」


 そして到達したのは白い扉。アネラによって開かれたその扉の先に広がっていたのは、口にしていた通り研究室だった。よくわからない高そうな機械がずらりと並んでいる。で、そんな部屋の最奥の椅子に人影が一つあった。


 「あれがこの地下研究室の責任者です。今日は彼女にあなたのことを調べてもらいます。トゥルナ」

 「あー?」


 背もたれに全体重を預け、最大限脱力して椅子に座っているのは学生服の上に白衣を羽織った少女──トゥルナ。彼女は名前を呼ばれると顔がほとんど見えなくなるぐらい長い黒髪の隙間から瞳を覗かせた。


 「あんれぇ、アネラだぁ。どしたん」


 めちゃくちゃ気怠そうな声が気怠そうに発せられた。


 「叔母さまから聞いていないんですか?」

 「はぁ? なーんの話?」

 「研究対象を連れてきてあげました。この方を存分に解析して私にその結果を教えて欲しいんです」

 「研究対象って、その男の人〜? なになに彼氏?」

 「下僕です」

 「ははは! いいねぇ、下僕。ボクも欲しいなぁ。で、なんでその下僕さんを私が解析なんてしないといけないの?」

 「魔人だからですよ」

 「あー、魔人ね、魔人。────はぁ!?」


 座っていた椅子を吹き飛ばすときおいで、トゥルナは急に立ち上がった。目の色が変わっている。なんなんだ。


 「魔人って、あの魔人……?」

 「そう。魔核を取り込んで適合した人間です」

 「ほ、本当……?」

 「私がそんな意味のない嘘をついたことがありますか?」

 「な、ないけど……」

 「でしょう? だから解析お願いします。ノアさんはここで彼女の指示通り動いてください。私は授業が終わり次第迎えに来ます」

 「うい」


 アネラが去って残されたのはオレとトゥルナだけ。しばらくの静寂の後、無言で近づいてきたトゥルナがオレの肩を力強く掴んだ。


 「ままま、魔人、なんだよね……?!」

 「え、あ、うん。一応そういうことになってる」


 一心にオレのことを見つめてくるトゥルナの瞳は狂気に満ちていた。興奮状態にあるように見える。怖い。


 「な、名前、教えてくれる……?」

 「……ノア」

 「ノア! うふ、うふふ。ぼ、ボクはトゥルナ。よろしくね!」


 め、目がガンギマってる。

 なんなんだ、こいつは。怖い。相当怖い。


 「い、いっぱい、調べさせて、ね……?」

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