第4話 屋敷
どこまでも続く九つの黒い柱、それらを中心として回転する八つの巨大な歯車の形をした大地。高さで番号が割り振られており、1番上が第一階層、1番下が第八階層とされている。人類はその歯車の大地の上で暮らし、この世界の守護者たる組織──『アポストル』に守られながら、文明を発展させてきた。オレが現在いるのはその中でも比較的小さい第四階層だ。
全ての歯車の中でここは2番目にアポストルの力が働いている。ほぼアポストルのためのエリアと言ってもいい。大体がアポストルの関係者で、一般人はほとんど住んでいない。
そんな場所に来させられて数日。アポストルからの接触はない。魔物も襲ってこない。とても平和だった。が、
「おはようございます」
「はいはい。おはようございます、ご主人様」
オレは慣れないスーツを着てアネラの家の使用人として働かされていた。
任されている仕事は基本的に掃除やら洗濯。洗濯は別にいいとして、掃除がやばい。フォルティナウス家の屋敷はバカみたいにでかいくせに、使用人がオレを抜くとメイドが2人だけしかいないとかいう訳の分からない状態なのでとんでもない時間がかかる。
「廊下、埃がありましたよ?」
「……どうもすみませんね」
そのくせに厳しい。屋敷はすべてが常に綺麗じゃないといけないらしく、手抜きが許されない。適当にやってるとメイド長の婆さんに笑顔でぶん殴られる。怖い。
「あとでヴィレッタにやっておいてもらいましょう。朝食は?」
「そろそろ持ってくると思うぞ。座って待ってろ」
「はい。ではその間にちょっとお話ししましょうか。どうですか、今の生活は」
「早起きさせられることを除いたら特に文句はない」
仕事をさせられてることに関しては別に不満はなかった。というのもここに雇われてることによって得られているメリットが大きいからだ。
アポストルにとってオレという存在は貴重で、見つかった場合間違いなく拉致され実験体にされる。だがアポストルの中で独立した力を持つ御三家の庇護下であればそうはならない。所有物として扱うためオレに無闇に手を出すことができないそうだ。
つまりオレは守られている。下で暮らしていたよりも安全だ。
もちろんその安全はアネラが嘘をついていない場合に成り立つものだが、オレをここまで育ててくれたおっさんが信じていいと言っていたので問題はないだろう。あの人がそう言ってなければこんなところに来ていない。
「それはよかった」
「で、オレはそろそろ何かさせられるのか?」
ここに来てから意外なことにまだ家事しかやらされていない。いい加減何かしらやらされそうな気がしている。
「はい。そのことで──」
バンっと雑に食堂の扉が開かれた。
「ご飯持ってきたよー!」
朝とは思えないほど明るい声と共に食堂に入ってきたのはピンク髪のメイド、ニナだ。数少ない使用人の1人で、年齢はオレと同じ17。何年か前から働いているらしいので立場的にはオレの先輩だ。仕事は基本的にニナから教えてもらった。ちなみに彼女も一般人ではない。アネラと同じワルキューレだ。
そんな彼女が押してきた台車の上にはアネラの朝食が乗せられていた。
「どう、このパンケーキ! 映えるでしょー!」
「ええ、とても綺麗です。いただきます」
「はーい、召し上がれ〜」
アネラの朝食は綺麗に盛り付けられたパンケーキ。なかなか美味しそうだ。
「朝から随分と凝ってるな」
「でしょー? ノアっちも食ーべて!」
「ぶっ!?」
台車に乗っていた適当に盛り付けられたパンケーキを口の中に無理やり捩じ込まれた。多分余ったやつだ。
「おいしー?」
「……うまいけど、急に口に入れるなよ」
「えー、でもおなかすいてるでしょ? まだ食べなー?」
「オレは後で食べる時間があるからその時でいいって」
「あれ? でも今日出かけるでしょ?」
「いや出かけないけど」
「出かけますよ」
「は?」
「だよねー」
何故か知らないけど勝手に出かけることにされている。
「どこに?」
「協力してもらうという話だったでしょう? だから今日は私たちが通ってる学園の地下にある研究室で、とりあえずあなたの体について調べてみたいと思っています」
「学園? わざわざそんなとこまで行くのか?」
「はい。魔人という希少な存在について私は詳しく知りたいんです。そのため設備の整った場所で解析をしたい」
「なるほど。で、お前らの学園ならそれができると?」
「可能なはずです。あそこほど設備が豊富な場所はなかなかないですから」
魔人。魔核を取り込み適合した人間のことを表す言葉だそうだ。とはいってもアネラの話ではそういう言葉があっただけで、実際に魔人という存在が確認されたわけではないらしい。つまりオレが1人目なんだと。そりゃまあ確かに貴重だ。
「でもお前らの学校ってアポストルの建てた施設だろ?」
「そこはご心配なく。管理者が私の親族で、あそこは独立しています。本部の方にデータが見られるなんてことはありません」
抜け目はないな。一つ心配なことはあるけど、まあ環境的な話だしどうでもいいか。
「というわけで今日は一緒に登校してもらいます」
「わかった。けど、そういや移動はいつもどうやってんだ?」
「車です」
「通学用のバスとか乗んの?」
「生徒のほとんどは寮生活ですし、そんなものありませんよ。この家の車です」
「誰が運転すんの?」
「あたしだよー」
両手を上げてニナがアピールしてきた。やかましい。
「大丈夫なのか、それ。怖くない?」
「え、なにがー?」
「いや、お前の運転とか不安しかないんだけど」
「ちょ、ひど! ニナすごい運転上手なんだからね!」
頬を膨らませてぷんすこしてる。やかましい。
「まあ心配は必要ありません。ふざけてるように見えますがニナは優秀です」
「そうだぞー。ニナは優秀なんだから」
勝ち誇った顔をこっちに向けてきたけど、ふざけてるように見えるのところはもしかしたら聞こえていないのかもしれない。
「ま、いいや。安全運転でよろしく頼む」
「おまかせー!」
てなわけでオレはアネラの通う学園に行くことになった。
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