第15話 真の契約
「くそが」
いつの間にか校舎の壁に叩きつけられている。頭潰された後にぶっ飛ばされたらしい。
「あー、だる」
体が重い。何回殺されただろうか。あと何回まで許されるんだろうか。
死が、近づいてきている。
「大人しくそれを受け入れるわけにはいかないんだけどな……」
どうしたものか。
オレの言葉に明確な効果があるのはC級まで。つまりオレは拳でモナークを殺さなければならない。まあ無理だ。
「腹立ってきた」
純粋にあいつが強すぎる。流石に人間300人分で作られた魔物なだけあって近づくことすら許されない。正直絶望的な状況だ。ちょっと理不尽じゃないだろうか。
「どうやら思いの外早く終わりそうですね」
「このまま、殺していいの?」
「ええ。魔核は残るはずですからお気になさらず」
「気にしろよなぁ」
歩いてくる3体の魔物。オレを脅威として認識している様子はない。
「まだやる気があるんですね」
「こちとら死ぬわけにはいかないんでね」
オレ自身に大した価値があるわけじゃないが、簡単に捨てていい命ではない。オレは生きなければならない。背負ってるものがある。
「……なんで、死んじゃいけないの?」
「っ……! 聞きながら腕をもぎ取るな」
触れられてもないのに左腕が消えた。わけがわからない。どんな能力だよ。
肩から血が吹き出たが再生はすぐに完了したが、また体がだるくなった。体力が減っているのを実感する。
「どうして?」
「うるせぇな。ただオレだけの命じゃないから死ねないだけだ」
「面倒だね、人間って。なんで誰かのこと考えて生きないといけないの?」
モナークの質問に答えてやったのに、会話にオルタが割り込んできた。しかも続けて口にしたのはオレにもよくわからない疑問。
「知るかよ、んなこと。感情悪いんだ、感情が」
感情……心だ。
心に刻まれ、心が動かす。
そう、心なんだ。
「……そうだよなぁ。心なんてなければこんなことにならなかったんだ。あーあ、でもあるんだから仕方ねぇよなぁ」
心は消えない。心は魂にこびりついているから。
だから、どうしようもないんだ。
オレはここでこいつらを殺して生きなければならない。ここで死ぬわけにはいかない。
「王を相手にまだ戦いますか」
「関係ねぇ」
「ほう、関係ない」
「なんだろうがぶっ殺──」
衝撃。それを感じた次の瞬間にはオレは壁を突き破って校舎の中に倒れていた。
「……あと2回、良くて3回ってとこか」
虚勢を張って頑張ろうとしていたが、これは謝る準備をしないといけないかもしれない。立つことすらだるい。
正直なところいつかはこうなる気はしてたんだ。限界があることはわかってた。でもわかってたからと言って諦められないだろ。
「ふっ、そうだな……」
奇跡はあるんだ。
戦う。戦ってやる。
「──思いの外、苦戦してるようですね」
魔物ではない人間がそこにいた。その周囲には20の小さな刃物が浮遊していて、手には真っ白な銃型魔器が握られている。
「悪いな、お前の学校ボロボロだ」
「気にする必要はありません。あとで直せばいいだけです」
アネラがいた。泣いてた時の表情はどこへ消えたのか。初めて会った時……いや、あの時とは比にならないほどの決意を強く感じる。
「先程はご迷惑をおかけしました。トゥルナのおかげで死ねない理由が見つかったので私も戦闘に参加します」
「死ねないなら逃げるべきだったろ」
「ここで逃げたら私はアネラ・フォルティナウスではなくなります」
「…………」
変なことを言う奴だ。でも、悪くはない。
「状況を教えていただきますか?」
「さっき殺されたワルキューレたちを使って新しい魔物が作られた。それにオレがボコされてる。以上だ。時間がないから魔物が作られたことについての質問はなしな」
「……わかりました。では勝算はありますか?」
「今のままだと正直ない」
「この魔器をあなたが使っても?」
銃型ではあるが今アネラが持っているのは前回とは別の魔器だ。触れなくても強力なのはわかる。だが強力すぎる。
「オレが魔器の力を自由に使えるのはB級までだ。A級は使えない。多分拒絶される」
オレが魔器を使えているのはC級以下の魔物に命令できていたのと同じ原理だ。B級はともかくAは間違いなく無理だと思われる。
「今のままをどうすれば変えることができますか?」
諦めるという選択肢はないらしい。あくまでも可能性を探ろうとしている。
いい目だ。
やりたくはなかったけど、そんな目を向けられたら口にしないわけにもいかない。
「一つだけ方法がある」
「教えてください」
即答だ。
「お前の血をオレによこせ」
「血、ですか?」
「ああ。お前の血を飲めばなんとかなる」
「それだけでいいんですか?」
「そうだ。少し…………いや、フェアじゃないな」
今からやろうとしているのはオレが助かる方法だ。アネラの安全を絶対的に保証するためのものではない。ならそれは公平なものではなくなってしまう。
「契約だ。アネラ・フォルティナウス」
「契約……?」
「ただの契約じゃない。説明を省いて端的に言うと、内容が必ず履行しないとしないと死ぬような特殊な契約だ。オレはお前から血をもらう。だからお前もオレに何かを要求しろ」
「何故? 血を与えただけで状況を変えられるならそんな契約はいらないのでは?」
「助けてもらう側だからな。オレだけにメリットがあるのはダメだ」
「私も助かるわけですし、私は気にしませんが……」
「オレが気に食わないから条件を考えろ」
面倒だが気持ちの問題だ。
「……わかりました。では、私はあなたに血を与えます。その代わり、あなたは──私の下僕になってください」
「はぁ? 今と同じじゃねぇか」
「正式にです。あなたは今後私の命令に絶対従ってもらいます。私の下僕としてこれから生きてください」
「結構重いな……」
「はい、私はわがままなので。よくわかりませんが絶対的な契約ならちょうどよかった。私はあなたが欲しい」
思っていたのと違ったがまあ別にいい。
「ならそれで行こう、ご主人様」
──久しぶり……ああ、2度目の契約だ。
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