第16話 敵討ち

 「何故追わないんですか?」


 標的は壁を突き破って建物の中にいる。気配が動いている様子はないが、もう一つの気配が標的と接触したのまでは3体ともわかっていた。しかし、今回彼を狩る役目を任された魔物はトドメを刺しに行くことなく立ち止まったままだ。

 その理由が『R」のカードを授かった魔物は理解できなかった。だから尋ねた。


 「……気になる、から」

 「気になる?」

 「そう、気になる」


 『A』の魔物の力によって作られた体に、『M』のカードを取り込ませたことによって生まれた魔物。特殊な生まれ方をしたいわば魔物もどきのような個体であり、その影響もあってか不安定な様子だ。とはいえここまで標的を追い込んでいる。このままこの魔物に任せるのが間違いない。そう判断してむとAの魔物は大人しく待つことにした。どうせ標的が勝つことはできないのだから。


 「きた」


 Mの魔物が口にした通り、穴から人影が一つ現れた。先ほどまで何度も何度も殺されていたあの──


 「──なに?」


 違う。


 「なんなんですか、それは」


 出てきた生物の形は人型。しかし、頭部が人間のそれではない。赤黒く、目も鼻も耳もない。まるで魔物だ。

 自分たちと同じ人の形をした魔物が、そこにはいた。


 「なんだろうな」

 「……魔核を取り込んだ人間は魔物の姿にもなれるんですね。知らなかった情報だ。しかし、所詮は真似事。本当の王には敵わない。モナークさん、お願いします」


 AとRの魔物は違和感を感じていた。

 果たして目の前にいる生物は先ほどまで標的だった人間と同じ個体なのかと。だが、危機感はない。新たな魔物の力は強力なものだ。負ける未来は想像ができない。


 「まあ本物と偽物じゃそりゃ差はでるよな」


 しかし、やはり違う。

 新たに王と呼ばれた魔物はそれがわかっていた。最初から。


 「ああ、それが、本当の……」


 突然空から飛来した赤黒い巨大な十字架が王と呼ばれた魔物の体を貫いた。


 「……! いた、い……」

 「お前がオレにやったことだ」

 「これが、殺す……?」

 「正確には痛みだな。そこで死んどけ」


 パチンと指が鳴った。

 瞬間、十字架は赤く輝きだし、その光は突き刺した魔物を飲み込むと間も無く霧散した。


 「き、消えた……?」

 「なにを、したんですか?」


 十字架どころか魔物の存在ごとその場から跡形もなく消え去った。

 残された魔物たちはその現象を理解できていない。できるわけがなかった。


 「……死だけだ。死だけがお前たちに与えられる」


 返答の代わりに向けられたのは冷たい死の眼差し。


 「これ、が、」


 理解した。

 自分たちの目の前にいるのは、言葉一つで魔物たちを従わせることができる魔物たちの王、その1人だと。


 「第四の、王……死の、王」


 人は自分たちの上に立つものを王と呼ぶ。

 それは魔物も同じ。彼らは次元の違う絶対的な力を持った魔物を王と呼び、自分たちを導く者だと崇めた。それが魔物たちの王、人々がS級と称する魔物。


 「王なんていねぇよ、この世には」

 「は? え? ちょ──」


 まるで最初からいたようにAの魔物の前に、王と呼ばれた者が立っていた。直後、彼はその頭部を掴むと魔物を投げ飛ばした。


 「木の根。お前の相手はうちのご主人様だ。じゃあな」


 そう言い残した彼の姿は瞬く間に消えた。

 Rの魔物はあの恐ろしい存在が近くから消失したことにひとまず安堵し、すぐさま思考を切り替える。

 切り札が潰された以上、魂の回収は不可能。何があったかはわからないが、あの器に勝てる未来が想像できない。故に魔物が選んだ選択肢は撤退。Aは助からない可能性は高いけれど仕方がない。


 「逃げるんですか?」


 声の方向、魔物が視線を向けた校舎の穴から人影が新たに一つ。


 「……これはこれは先ほどの小さなワルキューレさんですか」

 「ええ、そうです」

 「先ほどまでと様子が違うようですが、まあいいでしょう。要件をお聞きしても?」

 「あなたを殺します」

 「ほう、復讐というやつですね」


 魔物は考える。このまま逃げるか否かを。

 事前に得ている情報からすると、目の前にいるのはワルキューレの中でも特別な地位の存在。殺す価値はある。


 「お相手になりますよ」


 あの魔人が帰ってくるまでまだ時間はある。そう判断した魔物はここで目の前の少女を殺すことに決めた。


 

******

 


 A級魔器、フェンリル。これは非常に特殊な魔器で、合計100個の刃全てがフェンリルとしてカウントされる。

 使い方は所有者が魔力によって遠隔で動かす。自動ではないため、攻撃するとなると一個一個動きを制御しなければならない。そのため使用難易度が高い。私が同時操作できるのは集中して最大で30ほど。他の行動をしながらとなると20が限界だ。多分100個全てを同時操作できるのはこの世でトゥルナぐらいだと思う。とはいえ20でも十分だ。


 「この程度では貫けませんよ」


 攻撃のため動かしたフェンリルは、ルートに当たることなく地中から突出した木の根に防がれた。やはり私のフェンリルでは貫くのは無理なようだ。一応想定通り。


 「次はその銃ですか。そちらの方は危険かもしれませんね」

 「当たればわかりますよ」


 引き金を引くと、長い銃身から白色の弾丸が射出された。これもルートの操作した木の根によって防がれる。


 「思っていた以上に大した威力ではありませんねぇ。もしやあなたの手に余る武器で、力を出しきれていないのでは?」


 正解だ。私はヨルムンガンドの威力を完全に出すことはできない。しかし、出ないのは威力だけ。ヨルムンガンドの根本的な能力自体は働く。


 「油断するとすぐに死にますよ」

 「っ……!?」


 被弾したところを起点として木の根が塵となって消滅し始めた。それを見たルートはすぐさま左足を切断する判断を下す。早い判断だ。


 「何を……」

 「やはり木の根は最終的にあなたにつながるんですね。相性がいい」

 「……! なるほど。ある程度はわかりました」


 特A級魔器、ヨルムンガンド。

 この魔器は命中後に能力を発揮する。簡単に言うと弾丸は命中後、対象の体内を破壊しながら核を目掛けて再度動き始める。人間の場合は心臓を、魔物の場合は魔核が最終地点。つまりは当たった時点でどこの部位だろうが死に近づく。


 「ですが私は再生できる」


 切断したルートの足は元に戻った。


 「無限ではないでしょう?」

 「…………」


 ルートは魔核に至るまでの経路を丸ごと切り離した。効果的な対処法ではあるが、それには限界があるはずだ。


 「難儀ですが弾丸は避けなければならないようだ」

 「避けられませんよ。そのためにわざわざ扱いにくい魔器を持ってきたんですから」


 ルートを囲うようにしてフェンリルを飛ばす。そして再び引き金を引いた。

 今回は避ける判断をしたようだ。A級相当なら私のヨルムンガンド程度の弾速なら避けられるだろう。最初は。


 「この程度──」

 「反射」


 弾丸は案の定避けられた。しかし、避けられた先で浮遊していたフェンリルの一つにぶつかり反射。弾丸はルートの右腕に命中した。


 「なっ……!」


 また即座に切断。そして少し間を置いてから再生。体は元の通りだ。だが、余裕の態度ではなくなった。


 「あなたは私の弾丸を避けられない」


 元々フェンリルは攻撃のために持ってきたわけではない。ヨルムンガンドの弾丸を反射させるために持ってきた。普通の弾丸ならそんなうまく反射するわけがないが、ヨルムンガンドの弾丸は魔力の塊のようなものだ。そのおかげでフェンリルに流した私の魔力と反発させることができる。

 私は当たるまで何度でも弾丸を反射させる。避けることは不可能だ。


 「……認識を改めます。あなたは脅威だ。しかし、問答無用で連射してこないということはその魔器の使用に限界があるのでは?」

 「どうでしょう」


 あと2発だ。ヨルムンガンドが撃てるのはあと2発だけ。ルートの再生限界よりもおそらく少ない。ルートを殺すためには切り離せない魔核付近を狙う必要がある。


 「まあもし限りがあったとしても残念ながら残弾はわかりませんから……こちらから仕掛けます」


 地面から突出する2本の木の根による攻撃と共に、ルート本体も距離を詰めてきた。

 一番嫌な選択肢を選ばれてしまった。

 ヨルムンガンドはただ引き金を引けばいいだけではない。私の魔力を喰わせて稼働させなければならない。ヨルムンガンドに拒絶されているのか、これがなかなか難しい作業で停止した状態でなければ私はこれを行えない。ルートの攻撃を躱しながらは無理だ。


 「おや、思ったよりも効果的なようだ」


 躱した。だが余裕はない。当然だ。相手はおそらくA級。魔器が使えなければ私はただの格下でしかないんだ。

 完全な回避を永遠に行うことはできない。もしできたとしてもこのまま近づかれたままでは攻撃ができない。だが、ヨルムンガンドを持ち出した時点でこれを想定していないわけがない。


 「フェンリル!」


 フェンリルには私の魔力が流れている。魔力は変幻自在の力だ。圧縮、そして一気に拡散させれば衝撃波を生み出せる。


 「く……!」


 距離は離した。

 あとは撃つだけだ。


 「これで……」

 「ギヒッ、残念。下ですよ」

 「……!?」


 地面を突き破り、四方から鋭利な木の根が私を襲ってきた。

 フェンリルは全てルートの方に向かわせている。つまり避けるしかないわけだけれど、無理だ。これは避けられない。もう受けるしかない。死なないことを祈って引き金を引く。私に残された選択肢はそれだけだ。


 「なに!?」


 覚悟を決めた瞬間、4つの木の根をフェンリルが切り裂いた。私のフェンリルではない。となるとこれを操っているのは彼女しかいない。どうやら見守ってくれてたらしい。


 「……ありがとう」


 助けられてしまった。彼女のことだから今のも聞こえてそうだけど、あとでちゃんとお礼を言おう。

 でもその前に、私が終わらせる。


 「あなたはとりあえず死んでください」

 「いいえ! 死にませんよ!!」


 今度は自分を囲うように木の根を出現させた。確かにそれならどこかに当たってもそこを切り離せば魔核には届かない。

 けど隙間はある。


 「拒否権はありません」


 1回、2回、3回、4回と複数回弾丸を反射させ軌道修正。そして弾丸はルート展開した木の根の防御の隙間をすり抜けて──防がれた。


 「ギヒヒ!! 残念でしたねぇ! これで切り離してしまえばその魔器の──」



 「これで終わりです」



 弾丸を反射させていたのは軌道を修正するため、そしてヨルムンガンドを再稼働させる時間を稼ぐためだ。

 ルートは被弾した木の根を自分の身を守るために切断した。そのためそれがあったはずの箇所に今大きな穴が空いている。終わりだ。引き金を再び引いた。

 間も無く銃口から吐き出された最後の弾丸は、ルートの防御を抜けて彼の胸の辺りにあっけなく着弾した。


 「ば、バカな……! 私は……!!」


 弾丸はルートの体内を破壊しながら魔核まで辿り着き、そして破壊する。


 「私、は……ここ、で……い」


 ルートの胸に大きな穴が空き、その場に倒れた。動く気配はない。


 「ふぅ……」


 息を吐き出す。

 終わったんだ。A級に勝てた。叔母さまの敵を、撃てた。


 「……ノアさんを待ちましょう」


 休憩だ。ヨルムンガンドに魔力を吸われすぎた。

 待っていよう。あの人ならきっと大丈夫だ。

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