第17話 責任

 「なんで、なんで近づけない!」


 オルタは接近してくるがオレに触れることができずにいた。


 「魔物にとっては活動するための血液、ワルキューレにとっては魔物を殺すためのエネルギー、それを魔力と呼ぶ。んで、お前がさっきから止められてる透明な壁も魔力によって作られたものだ。お前は順当に育ったわけじゃないから知らないんだろうが、魔力はいろんな使い方ができる。身体能力を上げたり、今みたいに壁を作ったり、こんな風に槍にしたり、な」

 「……!」


 生成した赤黒い槍をオルタ目掛けて放つ。それはオルタの腹部に突き刺さった。


 「あぁぁぁぁ!!! 熱いぃぃ……!!」


 刺さった魔力の槍をへし折った。流石はA級相当ってところだ。


 「魔物もワルキューレも魔力がどれだけうまく扱えるかが強さに直結するわけだ。お前はそこが雑だな。身体能力の強化は一応できてるけど他がダメだ」

 「くそ!」


 オルタが地面に触れると周囲の地形が歪んだ。そしてまるで爆発でも起こったかのように土煙が舞い上がる。視界が奪われてしまった。

 思っていた以上こいつが『変化』させられる規模は大きいらしい。


 「触れた! これで……」


 いつの間にか背後に回っていたオルタがオレの背中に触れていた。


 「これ、で……?」

 「触らないと発動しないなんて面倒な能力だな」

 「なん、なんで変化しない!?」


 腕を掴まれた時のように、体が破裂するようなことはなかった。無事だ。


 「お前の能力については大体わかってる。触れたものを粘土みたいに弄れるんだろ? でもいzれる存在の限界がある。今のオレはお前が弄れるほど柔らかくない。お前が触れようが形は変わらない」

 「そ、そんなはずは……」

 「あるんだよ。お前の能力はオレに効かない」


 魔力を纏わせた足で蹴り飛ばす。なかなかいいダメージが入ったようだ。顔が歪んでいてわかりやすい。


 「これが、王の力……! クソ! 人間の分際で」

 「王の力、ねぇ……。お前らさ、オレの魔核取ってって何がしたいんだ? 無意味だぞ」

 「教えるわけない」

 「あっそ。なら用済みだな。向こうも終わりそうだしそろそろいいだろ」


 何か情報を吐いてくれるかと思って殺さないでおいたがもう意味はなさそうだ。


 「と、そうだ。これしとかないとな」


 俺たちを囲うように赤黒い壁を出現させた。魔力によって作り上げたものだ。これで邪魔は入らないし、出ることもできない。


 「逃げれないように念の為の壁だ。お前は確実にここで殺す」

 「……私そんな恨み買うことした?」

 「いや全然。オレは別にお前に恨みなんてないぞ」


 オルタに対して恨みなんてない。いやまあさっきボコボコにされたのは腹立ったけどそれだけだ。殺したいとまではいかなかった。


 「ただ…………いや、そうだな。ある種恨みの話か」

 「はぁ……?」

 「能力的にお前だろ? 校舎にいた人間魔物に変えたの。器を変化させられるなら魔物なんて簡単に作れるしな」

 「だったら何?」

 「そいつらと仲が良かった奴がいたんだ。お前が殺した女の人間だ。ほら、オレに頭投げてきたやつ」

 「あー、親しかった?」

 「会って2日だ。親しくはない。けどあいつが悪人じゃないことは知ってる」


 犯されそうになったけど。


 「爆発する直前にあいつの表情が見えたんだ。納得して死ぬ人間の顔じゃなかった。で、考えた。死ぬ時あいつがどんな気持ちだったのか。恐怖だとか、後悔だとか、悲しみだとかそういうのを抱いてのかって。オレはどう足掻いても完全に死ねないからわからないんだよ」


 そう、オレはいつも見送る側なんだ。だから死ぬ時の気持ちなんてわからない。


 「でもそんなオレでもわかるぞ。あいつが友人を魔物にしたテメェを絶対に許さないってことはな。だから恨みの話だ」

 「か、代わりに私を殺すってこと?」


 オルタは困惑しているようだ。確かに魔物にオレの思考はよくわからないだろう。普通の人間にだって理解されないかもしれない。


 「──死者に手はない。死者に足はない。死者に声はない。死者に未来はない。残るのは意思だけだ。正直面倒なんだが知っちまった以上は仕方ない。何もわからないまま殺されたあいつの復讐はオレがする」


 意思は死者が残せる唯一のもの。けれど意思を継ぐものは必ずしも存在するわけではない。そして、いなければただ消えていくだけ。

 運び手が必要なんだ。


 「……気持ち悪い。なんで人間はそんなに自分以外のことを考える?」

 「1人じゃ生きてかないからな、人間は」

 「やっぱり、気持ち悪い。……気持ち悪いなぁ!!」


 オルタはまた地面に手を当てた。すると槍のように変形した地面の一部がオレ目掛けて突き出てきた。

 オレは変化させられない。ならオレではないものを変形させ、それを使って攻撃する。いい発想だ。それ以外にオルタがオレを殺す方法はない。

 槍はオレの頭部に突き刺さった。右目が潰れて視界が悪い。でもそれだけだ。オレを殺すには至らない。この程度では足りない。

 そんなこともうわかってるはずだ。なのに攻撃してきた。


 「なに怒ってんだ」

 「お前気持ち悪いんだよ!! お前だけじゃない! 人間全員、この世界も! 何もかも気持ち悪い!! 気持ち悪いから壊したんだ!! それの何が悪い?! なんで私が殺されなきゃならないんだよ!!」

 「…………」


 何が悪い。そう問われてもオレに返せる言葉はなかった。正直オレはオルタを悪だとは断言できない。オレはそんな立場にいる存在ではない。けどこいつが死ぬ理由については教えてやることはできる。


 「……オレがお前を殺すのはあいつの復讐を果たしてやるためで、お前が死ぬのはお前の責任だ」

 「私の、責任……?」

 「単純な話だ。お前は殺しをしたから殺される。原因はお前の行いにある」


 理不尽な死というものは存在する。だが、これはそうじゃない。ディナンもそうだ。あいつも別に理不尽に殺されたわけではない。あいつは魔物を殺すワルキューレだから殺された。ちゃんとした因果関係がある。


 「そんなの──」

 「お前が納得できるできないは関係ない。ここで死ね」


 話すことはもうない。終わらせる。


 「受け取れ。大して痛みはない」

 「なんだ、これは……」


 周囲を囲う壁に出現した無数の赤い瞳がオルタを凝視する。準備は整った。


 「い、嫌だ……!」


 救いはない。


 「あいつも嫌だっただろうな」


 終わりは平等に訪れる。


 「嫌だぁぁぁぁぁ!!!」


 

 「──死を」



 叫び声がピタッと止み、オルタはその場に頽れた。

 絶命している。魔核を砕いたから確実だ。


 「さて」


 見た目以上に静かに終わった。

 オルタを殺したところでオレには何も思うところはないのでさっさと次に移ろう。


 「……先に向こう行くか」


 気持ち悪い壁を消し、頭部を元の状態に戻してから歩き出す。

 目的地は悩んだがニナの方に先に行くことにした。ワルキューレだから腕がなくなったところで死んではないだろうけど、ずっと放置してるわけにもいかない。

 拾って早く治療を受けさせてやろう。


 「結構働いたってのにまだ休めないかもな」


 被害の規模からして、他にもやることはありそうだ。要因はオレにも少なからずあるだろうし、ある程度は手伝ってやろう。

 でもそれより先にやらないといけないこともある。ニナを回収した後にさっきの──


 「誰だテメェ」


 足を止めた。

 進行方向にいつの間にか黒いコートの人物がいたからだ。顔はフードを被ってるせいで見えないが体格からして男だとは思う。

 魔物かどうかは……わからない。魔物の気配は間違いなくしている。だが、何故だかこいつが魔物であると断言ができない。


 「あ?」


 黒コートはオレを指差す。何かと思っていると口を開いた。


 「──次だ。王の力、頂くぞ」


 発したのは耳に残る低い声。それが聞こえて間も無く黒コートの姿は影に溶けるようにして消えた。


 「なんなんだよ」


 主犯か、使いっぱしりか。

 どちらにせよ殺しておきたかったが仕方ない。あれはおそらく無理だった。

 とりあえずあれがオレの今の敵と見て良さそうだ。となれば対応は難しいことではない。殺す。ただそれだけだ。

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