第18話 死者との約束
生物は魂と器で構成されている。
死を迎えた場合、器はその場に残り、魂は外界へと導かれる。この世のルールだ。この世界に限らずどの世界もおそらくそうだろう。
器と魂、どちらが重要かで言えば魂だ。器はただの入れ物でしかないが、魂にはその生物の記憶や感情などその生物の全てが保管されている。つまり生物の本質は魂にある。
とはいえそんなことを知っている者はほとんどいない。人間からしてみれば重要なのは器の方だ。だから墓というものが建てられるんだろう。
理解はできる。でなければあの時にオレは校長の死体を木の根から下さなかった。
「多いな」
「311人分ですから」
歩いているのは墓地。ルートたちの襲撃によって命を落とした者たちの墓が並んでいる。
結局生き残りはオレを含めて、アネラ、トゥルナ、ニナの4人。多くの命が消えた。
「ノアさん。あなたは人の死には慣れていますか?」
「見慣れてはいるな」
「そうですか。私は……慣れていません。死を目にしたのは今回で二度目ですが、やはりダメです。こうやって知らない人のお墓を見るだけでも苦しくなってしまいます。だから墓地は嫌いです」
「好きな奴なんているか?」
「それはそうですね」
墓地なんて暗い場所好きな奴はいないだろう。
「ですが人々はそんな墓地に死者を弔いに訪れる。正直なところこれも私はあまり好きではありません。だって墓の前で何をしたところで死者に思いが届くとは思えませんから」
「でもそういう場所だろ。弔うことに意味がないと思ってるならなんで来たんだよ」
「勘違いです。弔いは無意味ではないです。生者にとっての意味のある行動だとは思っています。だから今日は生者である自分自身のために来ました」
自分自身のため、か。こいつはやっぱり変な奴だな。あまりいないタイプの人間だ。
「オレを連れて来たのは?」
オレがここに来たのは自分の意思ではない。アネラに呼ばれたから来ただけだ。
「……見届けもらおうかと思ったんです」
「何を?」
「ここ数日で十分悲しんだので、私は今日から切り替えてまた先に進んでいこうと思っています。その姿を是非見て覚えておいてもらいたいんです。そしてもし私が立ち止まったら今日のことを思い出させて怒ってください。お願いします」
「なんでオレにやらせるんだ?」
「私にそんなことしてくれる人が身近にいませんから。やってくれそうなのはあなただけです」
「命令か?」
「命令なら聞いてくれるんですか?」
「ああ」
「なら命令です」
「わかった。見届けよう」
命令をされれば拒否権はない。オレはアネラの下僕だ。
「下僕である限りは、だけどな」
「それでもいいですよ。……死なないでいてくれれば、それでいいんです」
「…………」
傷はやはりあるらしい。しかも深そうだ。残念ながらオレはその傷を癒す言葉を知らない。オレに言えることなんて一つだけだ。
「死なねぇよ。死ねない体だからな」
死なない。それだけは絶対に保証できる。
「……ふふっ、安心感がありますね。あなたはきっと最後まで見届けてくれる」
ここに来て初めてアネラが笑った……気がする。横を歩いている奴の顔なんて見てない。だが声は笑っているように聞こえた。
******
「死者に思いは届かない、か。まあその通りだな。無意味だ」
そこは大地の端。覗くと下の階層の大地が見える。
思えばこうやって歯車の端から下を見るのは久々だ。前は奈落しか見えなかったというのにあの時とは随分変わった。
「オレのこれも無意味なのか?」
周りには誰もいない。オレの言葉はここにいない者へ向けられたものだ。実際はここにいないどころかこの世界にもういないんだが。
「ま、いいか」
どちらでもいい。届いていればいいなぐらいに思ってる。
「……結構経ったよな、あれから」
思い出すのは過去。これまでの軌跡。
全てが変わったあの日から、何年も経って何もかもが変わった。
「思い描いてたのとはだいぶ違うものになりそうだけど平穏に暮らせそうだよ」
当然のようにベッドで寝て飯まで毎日食えてる。昔より断然良い生活だ。
「あとは魔物さえどうにかできれば完璧だな」
完全な平穏まであと少し。アポストルはアネラのおかげで考慮する必要はない。オレを狙う魔物だけが平穏を脅かす障害だ。
「安心してくれ。ちゃんとお前の夢は実現させるよ」
平穏、ただの日常、普通の人間としての生活。
ゴミみたいな下層で、あいつが望んでいたものだ。でもあいつは望むだけで終わってしまった。だからオレがそれを叶える。あいつの……ノア・グランデの意思をオレは運ぶ。あいつの体をもらった者として。
「お前のこの体で、必ず」
これは契約、そして約束でもある。
それをオレは守る。絶対に。
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