第19話 教師になってください
死は常に身近にある。
ただ私がそこにいるだけで周り人が死んでいく。
だから1人が好き。1人なら誰も死なないから。誰も悲しまないから。誰も苦しまないから。私は1人でいる。
嫌なんだ。誰も……誰も私は殺したくない。
1人でいい。もう、1人がいい。
******
「なんでしょうか、ご主人様」
執務室に呼ばれたので足を運んだ。事後処理ばかりで止まっていた解析の方をそろそろ再開するんだろうか、と思っていたところでアネラが口にしたのは全く違う話だった。
「明後日から学園を再開させます」
「あ、そう。……は? 学園って言ったか?」
「はい。言いました」
生徒はほとんど死んでる。だというのにどうやって再開させるというのか。
「この階層にある他の学園も襲撃を受けた。これは説明しましたよね?」
「ああ。結構死んだらしいな」
この階層には4つのワルキューレを育成する学園が存在しているのだが、今回の襲撃はオレたちのいた学園だけでなく他の3つの学園も受けていたらしい。被害は甚大だったとは聞いている。
「そうです。生徒も教員もかなりの人数が命を落としました。ですが生き残りもいます。その生き残った人たちを私たちのゼピュロス学園に向かい入れることになりました」
「合併するとこまではわかるんだが、なんでオレらのとこなんだ?」
「これを見ていただけるとわかるかと」
手に持った端末の画面をアネラが指でスライドさせると、3枚の画像が何もない空間に浮かび上がった。
瓦礫の山、紫色に染まった校舎、そしてまるで隕石でも落ちたかのようなクレーター。
「他の学園の画像か?」
「そうですね。木の根に無茶苦茶にされましたが、実は私たちのところが建物的な被害は一番少なかったようです」
「この紫のやつは? 大して壊れてるようには見えないけど」
「そこは見た目通り毒に汚染されているようで、人が近づけないらしいです」
「なるほど」
これなら確かにあの学園が一番マシだな。
「校舎の修繕と生徒教員の移動が今日の時点で完了したので、明後日からいよいよ再開していくことになりました」
「ほーん。で? オレへの話はなんなんだ?」
正直学園の運営が再開されようがオレにはあまり関係がない。それはアネラもわかってるだろうし話は別にあるはずだ。
「学園が使えるようになったから研究室も使えるって話か?」
「あ、いえ、それもあるんですが呼んだ要件は別です。実は教師になってほしくて」
「はぁ?」
またうちのご主人様が訳のわからないことを言い始めた。
「教員の数が足りないんですよ。というわけでぜひ教師として授業をしてもらいたい」
「待て待て。オレがワルキューレに何教えんだよ」
「魔物学ですね。魔物に詳しいんでしょう? それなら任せられるかと」
「いや詳しいけども……。そもそもワルキューレの学校で男の教師っていいのかよ」
「前例はないと思いますけど、ダメな理由も別にないですよ。アポストルの総裁だって男性ですし気にする必要はありません」
「あのな……いや、どうせ曲げないな。もういいや。わかった。やってやるよ」
アネラは言い出したことを曲げない。オレがここで何を言ったところでおそらく無駄だ。受け入れる他にない。
「よかったです。詳しい話は明日しますね」
「はいはい。最後に一応言っとくけど人に物を教えられる自信ないぞ、オレ」
単純に教師としての経験がオレにはない。教師をやらせられることに関してはもう諦めたからいいとして、そもそも授業が成り立つのか不安だ。
「ならヴィレッタに話を聞いてみてください。教師としての経験があったはずなので参考になると思います」
「ヴィレッタか……」
「嫌ですか?」
「嫌というか怖い」
メイド長のヴィレッタ。結構歳を食ってる婆さんで常にニコニコしている。一見ただのいい人だが相当厳しい人だ。掃除とかが甘いと普通に暴力を振るってくる。
「あなたにも怖いものがあるんですね」
「なんかあの人はダメなんだよ。よくわかんないけど」
ヴィレッタに対しては根本的なところに苦手意識がある。不思議な話だ。
「それは我慢してもらうとして、もう一つ要件があります」
「なんだ?」
「あなたの後ろのその方についてです」
と言って指をさした先、執務室の扉の前には拘束具で両腕を塞がれた少女がいた。
「バタバタしていたので放置していましたが、いい加減処遇を決めようかと」
この少女はモナークと呼ばれていた魔物だ。あの時オレはこいつを殺さずに別の場所に飛ばしていたので生きている。ここにいる理由は単純にオレが連れてきたからだ。ここ以外に置いとける場所がなかったので仕方なかった。
「まず確認します。あなたが管理しているその魔物は、先日の襲撃の時に現れた個体ですよね?」
「ああ、あってる。誰も殺してなかったし、敵の正体を知るために生きた個体が欲しかったから連れてきた」
後者は正直建前でこいつを生かした理由は前者の方が大きい。モナークは生まれたばかりで何も理解していなかった。死が何を意味するかさえも。
要するにこいつは無垢なだけで完全な悪ではないと判断した。人を襲うことのない魔物になれる可能性は十分にある。なので拾った。
お世話係は当然オレだ。面倒だったけど拾ってきた以上はその責任がある。というわけでここ最近は商人としての仕事にプラスして、モナークの世話をしていた。大人しく言うことを聞いてくれるため問題は特に起こることなく今に至っている。
「最初は正気を疑いましたが、ここ最近の動向を聞く限りでは拘束具を付けてる状態での安全は確認されているようなのでとりあえず殺すことはしません」
「痛いこと、されないの?」
「されないらしいぞ。ご主人様に感謝しろ」
「ありが、とう? ご主人様」
「……ええ」
間があった。それも当然だろう。アネラは魔物に身近な人間を殺されている。色々思うところがあるはずだ。
「扱いはオレと同じ感じになるのか?」
「アポストルに存在を明かさないという点では同じですね。しかし、純粋な魔物となるとバレた時に言い訳がしにくいのでちょっとどうするか悩んでます。何かいい案あったりしませんか?」
「ねぇな。けど、こいつ限りなく人間に近いしそもそもバレないと思うぞ」
「魔力の感知はされるでしょう?」
「下層から拾ってきたワルキューレ適性者とか言っとけばいいんじゃないか? 第八階層なら戸籍なくても別に不思議に思われないだろ」
アポストルについて詳しくないのでオレが出せる案はこれくらいだ。適当に言ったが一応考慮してるような仕草をしている。
「わかりました。ひとまずそれについてはあとで考えるとして話を戻します。殺さないということになりましたが、研究対象にする上でまだ確認しなければならないことがあるので。能力については結局わかりましたか?」
「本人がわかってないから断言はできないけど、多分空間の支配だ。視界内の空間を自由に操れる」
「危険度は?」
「規模は正直やってみないとわかんないな。けど少なくとも空間ごと敵を握りつぶしたりできるから人間程度なら簡単に殺せるはずだ」
「誰も、殺さないよ?」
「やるやらないじゃなくて、できるできないの話だ。いい子だから少し黙っとけ」
「はーい」
戦う気なんてモナークには微塵もないようだが、こいつの能力自体は強力だ。触れる必要すらなく敵を殺せる。オレもなす術がなかった。
「でもとりあえず手の自由さえ奪っとけばお前でも十分無力化できると思うぞ」
「手を拘束しておけば能力の使用はできないんですか?」
「できない」
別に手なんて重要じゃないはずだ。実際モナークは手を使わずにオレの体を潰していた。でもこいつは手を拘束されている今の状態で能力の使用ができない。おそらくだけど、こいつなんとなくぐらいの感覚で能力使ってるのが要因だ。手を拘束され自由を奪われてるって状態が精神的な枷になって、その風のおかげで能力が使えないんだと思われる。
「ふむ……。わかりました。では手を拘束し、あなたが同行した状態ならば外出させれますね。研究室にも連れて行けます。解析も明後日から始めてしまいましょう」
「同行者はオレで確定なのか?」
「当然です。世話係も引き続きお願いします」
「はいはい」
モナークの扱いは決まった。用事もこれ以上はないようだったのでオレたちは執務室を後にした。
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