第14話 死ねない理由
C級以下のワルキューレは魔器の携帯が禁止されている。彼女たちは必要に応じて配属されている支部の武器庫から量産型の魔器を持ち出す。
まだ正式ではない私たちのような学生のワルキューレもルールとしては同じだ。C級以下は訓練以外での魔器の持ち出しが禁止されている。
けれど私はB級。魔器の持ち出しは許可されている。が、ワルキューレの魔器の使用に関してルールがもう一つある。それは自分のランクより上の魔器は所持使用が原則禁止というもの。
フォルティナウス家には代々伝わる魔器の一つに特殊で強力なA級魔器があるのだが、私はこの規則が理由でそれを使用することができない。A級だった叔母さまは既に引退し、現在A級であるトゥルナは養子でフォルティナウスの血が流れていないため所持ができても使用ができない。
つまり使用者がいないのだ。そのため現在そのA級魔器は保管されている。保管場所はこの学校。学生たちの訓練用魔器が保管されている武器庫の最奥にあるフォルティナウス家以外に入ることのできない扉の先。今私がいる場所だ。
「ん、やっと来た」
壁に寄りかかった状態のトゥルナが部屋の中にいた。予想外だ。
「どうしてここに?」
「最初は生存者を助けるつもりだったんだけどねぇ。なーんかみんな死んじゃってたみたいだったからさ。これ、取りに来たんでしょ」
そう言うトゥルナの腕の中には、銃身が異常に長い真っ白な拳銃型魔器が抱かれている。
「特A級魔器、ヨルムンガンド。魔物がこれが目的に来たとは思えなかったけど、完全に否定はできないから守ってたんだ」
「なぜ持ち運ばなかったんですか?」
「アネラが取りに来る気がしてたからに決まってんじゃん。勘が当たってよかったよ」
トゥルナは魔器を差し出してきた。
私がここにきた理由をこのヨルムンガンドを使うためだ。だというのに、
「何かあった?」
私の手は魔器に触れられなかった。
「……叔母さまが死んでしまいました」
「そっか」
「驚かないんですか?」
「なんとなくそんな気がしてたからねぇ。仕方ないよ」
仕方ない? 本当にそうだっただろうか。あれは本当に仕方なかった?
「あれ、自分のせいとか思ってる感じ?」
「私を庇って死んでしまったんです」
「あの人らしいね」
「私が油断してなければ……私に力があれば、どうにかなっていたはずなんです」
「たらればの話は個人的に不毛だと思うんだけどねぇ。で、これを受け取らない理由は結局なんなの?」
「これを使ったところであの魔物に勝てるかわかりません。それに、戦ったところで意味があるのかわかりません」
トゥルナは何も言わずに続きを促すように私を見ていた。
「私はもう二度と大切な人を目の前で失わない、そう決意して強くなるために生きてきました。ですがまた同じことが起こった。これまでの努力はなんの意味もなかったんです。家族同然であるあなたやニナ、ヴィレッタも私は今回のような状況になった時にきっと助けることができない。同じ結果になる。だからここで魔器を手にして、魔物たちと戦って生き残ったところで意味のないことにしか思えないんです」
「なるほど? まあ言わんとしてることはわかったよ。要は自信がないわけだ」
「……そう、ですね」
自信。確かにそれがあれば私はこの魔器を手にすることができている。だがそんなものあるわけがない。私は何もできなかったのだから。
「ふーむ……。なんでそんな状態でここに来たの? 戦う意味がないって思ってるならここに来る必要がなくない?」
「戦わなければならない気がしたんです……」
叔母さまが死んでしまった時点で私に戦意はなかった。ノアさんが去って、静かな部屋にただ1人残されてもそのまま。でも、寝かされた叔母さまの亡骸を目にした時は違った。
私は戦わないければならない。そう思った。そして、気づけば私の足は武器庫へと向かっていた。
変だ。無意味なのに、なんで私の体は戦おうとしてるんだろう。
「戦わないといけない、か。不思議な話だけど、確かにアネラは戦った方がいいのかもしれないねぇ」
「? どういうこと、ですか?」
「アネラが戦わなかったら全部無意味になっちゃうじゃん?」
わからないと言うのが顔に出ていたのか、言葉を整理するような間を置いてからトゥルナは言葉を続ける。
「アネラはどうして今生きてるの?」
「助けられたからです。お母様とお父様、そして……叔母さまに」
「うん。そう。つまりはアネラを生かすために3人は死んでいったわけだ。で、ここでアネラが戦わずただ死んでいったら、3人の死が無意味になると思わない?」
「……!」
「アネラの今が無意味だとしても、アネラが生きてるだけで無意味にならないことがあると思うんだよねぇ。よくわかんないけど」
「…………」
生き残った意味があるのか、わからなかった。わからないまま、もう二度と同じような思いをしないために生きていた。
でも、そうか。
少なくとも生きてるだけで、3人の死は無意味にならない。
「お、やる気でた?」
トゥルナの差し出した魔器を受け取った。
ヨルムンガンドの魔核が私の血に呼応しているのを感じる。久々だ。
「……はい。死ぬわけにはいかなくなりましたから」
吹っ切れたわけではない。叔母さまの死の瞬間の光景は私の記憶に深く刻まれている。あの時の自分の無力さへの負の感情はまだ残っている。
けど、それでも、あの人たちの死を無意味にするわけにはいがない。私は生きなければならない。
「一応生きるってだけが目的なら逃げるって選択肢もあるよ? ノアくんが戦ってるみたいだから多分バレずにいけると思うけど」
「叔母さまが助けたのは自分の使用人を置いて無様に逃げるような私ではないです」
「ふふっ、そうそう。それでいい。ボクの知ってるアネラ・フォルティナウスだ」
あの人に助けが必要かどうかはわからないけど、いかなければならない。ここで自分だけ逃げると言う選択肢はありえない。そして死ぬなんてことも許されない。
「フェンリルの権限を五分の一譲渡してください」
「もちろんいいけど、それだと20だけになるけどいいの? 全部持ってったら?」
「私はあなたのような脳みそをしていないので同時操作は20が限界です」
特A級魔器、ヨルムンガンド。A級魔器、フェンリル。フォルティナウス家で受け継がれてきた中でも強力な2つの魔器。
現在一つしか存在しないS級魔器を除けば、どちらも最上位の魔器だ。
B級の私ではその力を最大限発揮することはできないが使用自体はできる。
この2つを装備した状態ならば、A級の魔物にも勝てる可能性がある。
「トゥルナはこれからどうしますか?」
「念のため研究室に戻ろうかなぁ。ないとは思うけどデータ取られたら嫌だし」
「わかりました。それでは私は行きます。ご迷惑をおかけしました」
「いいよ別に。頑張ってきてくれ当主様」
「はい。ありがとうございます。叔母さまの仇をとってきます」
トゥルナがいなかったら私はこの武器庫の扉すら開けられなかったかもしれない。
感謝を口にして、私は魔物を倒しに向かった。
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