第13話 300人の

 「不快だな」


 悲しいとかそういうのはない。単純に気分が悪い。


 「初めて会ったのに不快とか言われたー。不快」


 オルタと呼ばれていた女型の魔物は距離を詰めてくる。ルートのように遠距離で戦う感じではないらしい。


 「とりあえずその頭渡せ」

 「えー、いいよ」


 放られたディナンの頭部。それは受け止めようとした直前で爆散し、オレの視界を真っ赤に埋め尽くした。


 「はい、捕まえた」


 直後、視界が見えなくなっていることを利用し、間合いに入ってきたオルタにオレは左腕を掴まれる。間も無くして掴まれた箇所が突然膨張して爆発した。


 「うーん、少しだけ」


 すぐさま距離を取る。爆発した腕はすぐに再生したが、思っていた以上に時間がかかった。だいたい7秒ぐらいだ。


 「いけそうですか?」

 「わかんない。でも、確かにそんなに強くはないかな?」

 「…………」


 殺せるか殺せないか話してる2体をよそに、オレは再生して腕を眺めていた。そして、視線を落とし次はディナンの頭部が爆散したことによってできた血溜まりを見る。


 「……これがディナンか」


 原型はない。あるのはただの肉片と血だけ。これからディナンの姿は想像できないな。


 「お前ら結局なんなんだ」

 「なにって魔物ですよ、魔物」

 「そんな見てわかること聞いてんじゃねぇんだよ。お前らみたいな固有能力持った魔物は希少だ。ポンポン生まれてくるわけがない。誰が作って誰が動かしてるんだ」


 能力を持っている魔物との遭遇はオルタで3体目になる。能力持ちは稀有な存在だ。バグという表現が的確だろう。そんなバグは何度も発生するものじゃない。というか発生していいものじゃない。けれどそれはあくまで自然発生の場合だ。故意に生み出されてるのなら話は変わってくる。そもそも故意に生み出されるって状況がわけわからないんだが、オレとしては自然発生よりかはそっちの方が納得できる。こいつらは誰かに生み出された可能性が高いと思う。


 「残念ながらお答えしかねますね。メリットがない」

 「あっそ。だと思った」

 「あなたが王の魂を差し出すのなら話しても構いませんよ?」

 「しつけぇな」

 「これは私なりの優しさなんですよ。無闇にあなたを殺したくないんです。ただ殺すのでは血に飢えた野良の魔物と同じですからね」

 「なんでオレを殺せると思ってるんだよ」


 こいつからは自信が感じられる。ただ傲慢という感じでもない。


 「ふむ。先ほど言ったようにあなたの魔核は強力です。第四の王の力で最も厄介なのはその不死性。どれだけの傷を負っても第四の王の体は元に戻る。ですが異常なまでの再生能力に代償がないわけがない。人間であるあなたにそれが払い続けることができますか? できないはずだ。第四の王の不死性は第四の王が魔物であるが故に成立していたのだから。あなたは殺され続ければやがて再生できなくなる」

 「……なるほど」


 こいつは思っていた以上にオレのことを知っているらしい。確かにオレの体が再生される際には体力を持っていかれる。体力がなくなった場合はおそらくルートの言った通りオレは再生できなって終わるはずだ。


 「でも欠陥があるだろ。お前たちがオレを殺し続けることができると思ってんのか?」


 オルタの方は警戒した方が良さそうな気はしている。けど結局オルタの能力がどれだけ特殊でも、こいつらにオレを殺し続けるなんてことはできるとは思えない。


 「我々がここに選ばれたのはあなたを殺して第四の王の魂を回収するため。しかし、別に我々があなたを殺す必要はないと思いませんか?」

 「は?」


 オレがルートの言葉の意味を理解する前に、背後から大きな音が鼓膜を揺らす。振り返ると校舎なに突き刺さっていた黒い木の根たちがまるで生きているかのように動き出しているのが見えた。


 「これはなかなか大量の予感がしますね」


 先端が赤く染まった木の根たちは、やがて一ヶ所に集まると黒い球体となり、そこから新たに伸びた木の根がルートが掲げた手に突き刺さる。そしてそれを辿るようにして黒い球体はルートの頭上へと移動した。


 「これ、なんだと思います?」

 「魔力だな」

 「そう、正解です。これは我々の体に流れ、あなた方の守護者であるワルキューレも利用している力──魔力です。私が先ほど殺した人間たちから抽出しました。約300人ほどですかね。膨大な量だ」

 「その魔力でオレを殺せると?」

 「大体そうですね。正確にはこれであなたを殺し続けるものを生み出す、ですが」


 ゆっくりと下降してきた球体にオルタが触れた。瞬間、球体の形が歪み始めた。


 「さぁ、新たな王を誕生させましょう」

 「うん」


 黒い球体はその姿を変えていく。

 最終的に出来上がったのは女の形を模した真っ黒な魔物だった。


 「やっぱり女になった」

 「ですね。最後にこれを」


 どこからか取り出した『M』と記されたカードを、ルートが新たな魔物の体に差し込んだ。不思議なことにそのカードは魔物の体に吸い込まれいく。カードが体の中に完全に消えると、魔物の真っ黒な黒い肌がまるで塗装が剥げていくようにポロポロと剥がれていった。

 結果、そこに新たに現れたのは髪の長い10歳前後ほどに見える少女だった。

 オルタと同じように見た目は人間だ。だがこいつも違う。根本的に人ではない。


 「おはようございます。新たな王よ」

 「……ワタシ、は?」

 「あなたの名はモナーク。我々の王です」

 「なぜ、ここに……?」

 「我々が呼び出しました。詳しい説明は後で行います。まずはあなたの正面にいる人間を殺してください」

 「人間……?」


 新たな魔物、モナークの真紅の瞳がオレの姿を捉えた。綺麗な目だ。けど、それだけ。感情が感じられない。生きているようにも思えない。まるで死体だ。


 「……どう、やるの?」

 「本能のままに。自分に問えば自ずとわかってくるはずですよ。あなたには既に刻まれているのですから」


 パッとしない。そういう様子だ。だが、モナークはそのままこちらへと一歩踏み出した。一応やる気らしい。

 面倒だな。強さは正直未知数。だが、ルートとオルタよりも強いとは思う。なにせ、ほとんどがC級以下とはいえ、300人ほどのワルキューレから魔力を集めてできた個体だ。弱いわけがない。


 「……わかった」

 「くっ……!?」


 突然右足に痛みを感じ、バランスを取れなくなったオレはその場に手をつく。わけがわからないまま右足を見てみると、まるで握りつぶされたかのようにぐちゃぐちゃになっているのが確認できた。

 モナークの能力だ。それ以外に考えられない。今度は時間を有さずすぐに再生できたが、やばいかもしれない。攻撃を攻撃として認識できなかった。いくら再生しようとも、このままだと一方的に殺され続けることになる。


 「じゃあ、誰か知らないけど、死んで?」

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